34 / 45
4幽霊
4-7
しおりを挟む
「では、始めます。美波と未来ちゃんは、座ってリラックスしていてください」
恵理は突然、何か崇高な力が宿ったかのように、高く透明感のある声で歌うように話した。
美波と未来は言われたとおり、床に座る。
恵理だけが、春子のベッドの前に立っている。
恵理がゆっくりと両手を上げていき、頭上で合わせた。その手を顔の高さまで降ろす。
恵理は念仏を唱えるように、口の中でブツブツと何か言っている。
春子は真剣な顔をして恵理を見ている。
美波は、春子と恵理を交互に見ながら、自分の出るタイミングを見計らっているようだ。
恵理の声が途切れた。
2秒後、恵理が、大きく息を吸う。
「ハルちゃんにまとわりついている女の子の魂よ。ここへ降りてこい」
低い、感情を抑えた声で、恵理が言った。
美波が、うっと唸って頭を抑え床に伏せる。
幕が開き、観客の拍手が聞こえてきそうだった。
スポットライトが美波を照らし出す。
今、舞台が始まろうとしているその時。
甲高い悲鳴をあげて、恵理が倒れた。
「恵理ちゃん、大丈夫?」
未来が驚いて恵理の背中に手をかけると、美波も演技をやめて、心配そうに恵理の様子を覗きこんだ。
恵理は荒い呼吸をしながら、ウーウーと低い唸り声を上げている。
突然恵理がカッと顔を上げ、目を見開いた。
「わたしを呼んだのは誰だ」
恵理が、ぞっとするような声を出した。
未来の腕に鳥肌が立つ。
「やるじゃん、恵理ちゃん。作戦変更ってわけね」
美波がささやくと、恵理がかすかにうなずいたように見えた。
「あなたは誰?」
美波が聞くと、恵理が立ち上がった。がらんどうの目で、足元をふらつかせている。
「おまえこそ、名を名乗れ」
恵理がゆっくりと低い声で言う。
「わたしは川瀬美波だけど」
「おまえに用はないっ」
恵理が叫ぶ。
「おまえは誰だ」
恵理が未来の方へ向きを変える。
「永野未来です」
「おまえも違う」
恵理が春子を見る。春子は真っ青な顔をしていた。
未来は、春子を怯えさせてしまったことに気づいて、不安になった。
この計画はとても危険なものだったのかもしれない、と後悔し始めていた。
だが、始めてしまったものは、無事除霊を済ませてしまうほかなかった。
今騙されたと気づいたら、春子はどれほど怒るだろうか。
未来は恵理の腕をひっぱり、自分の方に近づけた。
耳元で、
「早めに終わらせて」
と、ささやく。
春子は唇を震わせながら、恵理に聞いた。
「あなた、わたしの命を狙っているんでしょ?」
「違う!」
恵理が吐き出すように言った。頭を両手で押さえた。違う、違う、違う、違う、と言いながら部屋中を転げまわる。
恵理が美波の鞄を手に取り投げ飛ばす。壁にあたって中のものが散らばった。
恵理が美波の方へよろける。美波がおおげさに驚いて、床に座り込む。
春子の呼吸が乱れている。完全に恐怖に支配されている。これ以上お芝居を続けるのは危険だ。
「恵理、除霊してあげてっ」
未来が、早口で叫ぶように言った。
除霊するはずの巫女がとりつかれたのではどうしようもないと思ったが、この際何でもありだ。とりつかれたまま、追い払ってもらうほかない。
恵理が、うわーっと声を張り上げた。
「もうわたしは、二度とハルちゃんの前には現れない。約束する」
春子を見て言うと、恵理はバタリ、とその場に崩れ落ちた。
「恵理、恵理っ」
美波が恵理の肩を揺すった。
「あれ? わたし、どうしたの?」
恵理が、辺りを見渡す。
「幽霊が恵理ちゃんにとりついちゃったの。でも、もうハルちゃんの前には現れないって約束していなくなったよ」
美波がにっこり笑うと、恵理が不思議そうな顔をした。
恵理は少し考えるようにしばらく黙った後、
「除霊、うまくいったのね?」
と、つぶやくように言った。
「うん。ハルちゃん、よかったね」
未来が、春子に明るい笑顔を向けた。
「恵理ちゃん、どうもありがとう」
春子は、ぎこちない笑顔を恵理に向けた。
顔色はよくなったものの、どこか浮かない表情なのが、未来は気になった。
「これで、ハルちゃんも安心だね。やっぱり恵理ちゃんの力はすごいなぁ」
美波は言いながら、散らかった鞄の中身を集めている。
「ちょっと、やりすぎな幽霊だったけどね」
美波は、さりげなく文句を言うのも忘れない。
春子が、ひっと息をのんだ。
「どうかした? まさか、女の子の幽霊、また来たの?」
未来が聞くと、春子は首を振った。
「女の子じゃない。おばあさんよ。そこの窓際に立っているわ。みんなにも見えるでしょ?」
未来と美波と恵理が、窓際を振り向く。
「誰もいないよ」
美波が答えた。
「そんなはずないよ。ほら、こっちを見ているじゃない。こんなに寒い時期に、どうして半袖のブラウスなんて着ているのかしら」
未来はピンと来た。先日行方不明になってこの家に迷い込んできたおばあさんのことだ。
「その人、茶色いブラウスに黒いズボン? 頭は真っ白?」
「そうよ。未来ちゃんにも幽霊が見えるのね」
「そのおばあちゃん、幽霊じゃないよ。生きているもの。きっと生霊よ」
未来が言うと、春子がかぶりを振った。
「死んでいるわ。間違いない。お別れを言いに来たって言っているもの。ありがとうって言っているわ。あっ、待って」
春子が腕を伸ばした。
「……いっちゃったわ」
春子の目は、涙で潤んでいるように見えた。
恵理は突然、何か崇高な力が宿ったかのように、高く透明感のある声で歌うように話した。
美波と未来は言われたとおり、床に座る。
恵理だけが、春子のベッドの前に立っている。
恵理がゆっくりと両手を上げていき、頭上で合わせた。その手を顔の高さまで降ろす。
恵理は念仏を唱えるように、口の中でブツブツと何か言っている。
春子は真剣な顔をして恵理を見ている。
美波は、春子と恵理を交互に見ながら、自分の出るタイミングを見計らっているようだ。
恵理の声が途切れた。
2秒後、恵理が、大きく息を吸う。
「ハルちゃんにまとわりついている女の子の魂よ。ここへ降りてこい」
低い、感情を抑えた声で、恵理が言った。
美波が、うっと唸って頭を抑え床に伏せる。
幕が開き、観客の拍手が聞こえてきそうだった。
スポットライトが美波を照らし出す。
今、舞台が始まろうとしているその時。
甲高い悲鳴をあげて、恵理が倒れた。
「恵理ちゃん、大丈夫?」
未来が驚いて恵理の背中に手をかけると、美波も演技をやめて、心配そうに恵理の様子を覗きこんだ。
恵理は荒い呼吸をしながら、ウーウーと低い唸り声を上げている。
突然恵理がカッと顔を上げ、目を見開いた。
「わたしを呼んだのは誰だ」
恵理が、ぞっとするような声を出した。
未来の腕に鳥肌が立つ。
「やるじゃん、恵理ちゃん。作戦変更ってわけね」
美波がささやくと、恵理がかすかにうなずいたように見えた。
「あなたは誰?」
美波が聞くと、恵理が立ち上がった。がらんどうの目で、足元をふらつかせている。
「おまえこそ、名を名乗れ」
恵理がゆっくりと低い声で言う。
「わたしは川瀬美波だけど」
「おまえに用はないっ」
恵理が叫ぶ。
「おまえは誰だ」
恵理が未来の方へ向きを変える。
「永野未来です」
「おまえも違う」
恵理が春子を見る。春子は真っ青な顔をしていた。
未来は、春子を怯えさせてしまったことに気づいて、不安になった。
この計画はとても危険なものだったのかもしれない、と後悔し始めていた。
だが、始めてしまったものは、無事除霊を済ませてしまうほかなかった。
今騙されたと気づいたら、春子はどれほど怒るだろうか。
未来は恵理の腕をひっぱり、自分の方に近づけた。
耳元で、
「早めに終わらせて」
と、ささやく。
春子は唇を震わせながら、恵理に聞いた。
「あなた、わたしの命を狙っているんでしょ?」
「違う!」
恵理が吐き出すように言った。頭を両手で押さえた。違う、違う、違う、違う、と言いながら部屋中を転げまわる。
恵理が美波の鞄を手に取り投げ飛ばす。壁にあたって中のものが散らばった。
恵理が美波の方へよろける。美波がおおげさに驚いて、床に座り込む。
春子の呼吸が乱れている。完全に恐怖に支配されている。これ以上お芝居を続けるのは危険だ。
「恵理、除霊してあげてっ」
未来が、早口で叫ぶように言った。
除霊するはずの巫女がとりつかれたのではどうしようもないと思ったが、この際何でもありだ。とりつかれたまま、追い払ってもらうほかない。
恵理が、うわーっと声を張り上げた。
「もうわたしは、二度とハルちゃんの前には現れない。約束する」
春子を見て言うと、恵理はバタリ、とその場に崩れ落ちた。
「恵理、恵理っ」
美波が恵理の肩を揺すった。
「あれ? わたし、どうしたの?」
恵理が、辺りを見渡す。
「幽霊が恵理ちゃんにとりついちゃったの。でも、もうハルちゃんの前には現れないって約束していなくなったよ」
美波がにっこり笑うと、恵理が不思議そうな顔をした。
恵理は少し考えるようにしばらく黙った後、
「除霊、うまくいったのね?」
と、つぶやくように言った。
「うん。ハルちゃん、よかったね」
未来が、春子に明るい笑顔を向けた。
「恵理ちゃん、どうもありがとう」
春子は、ぎこちない笑顔を恵理に向けた。
顔色はよくなったものの、どこか浮かない表情なのが、未来は気になった。
「これで、ハルちゃんも安心だね。やっぱり恵理ちゃんの力はすごいなぁ」
美波は言いながら、散らかった鞄の中身を集めている。
「ちょっと、やりすぎな幽霊だったけどね」
美波は、さりげなく文句を言うのも忘れない。
春子が、ひっと息をのんだ。
「どうかした? まさか、女の子の幽霊、また来たの?」
未来が聞くと、春子は首を振った。
「女の子じゃない。おばあさんよ。そこの窓際に立っているわ。みんなにも見えるでしょ?」
未来と美波と恵理が、窓際を振り向く。
「誰もいないよ」
美波が答えた。
「そんなはずないよ。ほら、こっちを見ているじゃない。こんなに寒い時期に、どうして半袖のブラウスなんて着ているのかしら」
未来はピンと来た。先日行方不明になってこの家に迷い込んできたおばあさんのことだ。
「その人、茶色いブラウスに黒いズボン? 頭は真っ白?」
「そうよ。未来ちゃんにも幽霊が見えるのね」
「そのおばあちゃん、幽霊じゃないよ。生きているもの。きっと生霊よ」
未来が言うと、春子がかぶりを振った。
「死んでいるわ。間違いない。お別れを言いに来たって言っているもの。ありがとうって言っているわ。あっ、待って」
春子が腕を伸ばした。
「……いっちゃったわ」
春子の目は、涙で潤んでいるように見えた。
0
お気に入りに追加
2
あなたにおすすめの小説
小さなことから〜露出〜えみ〜
サイコロ
恋愛
私の露出…
毎日更新していこうと思います
よろしくおねがいします
感想等お待ちしております
取り入れて欲しい内容なども
書いてくださいね
よりみなさんにお近く
考えやすく
ガールズ!ナイトデューティー
高城蓉理
ライト文芸
【第三回アルファポリスライト文芸大賞奨励賞を頂きました。ありがとうございました】
■夜に働く女子たちの、焦れキュンお仕事ラブコメ!
夜行性アラサー仲良し女子四人組が毎日眠い目を擦りながら、恋に仕事に大奮闘するお話です。
■第二部(旧 延長戦っっ)以降は大人向けの会話が増えますので、ご注意下さい。
●神寺 朱美(28)
ペンネームは、神宮寺アケミ。
隔週少女誌キャンディ専属の漫画家で、画力は折り紙つき。夜型生活。
現在執筆中の漫画のタイトルは【恋するリセエンヌ】
水面下でアニメ制作話が進んでいる人気作品を執筆。いつも担当編集者吉岡に叱られながら、苦手なネームを考えている。
●山辺 息吹(28)
某都市水道局 漏水修繕管理課に勤務する技術職公務員。国立大卒のリケジョ。
幹線道路で漏水が起きる度に、夜間工事に立ち会うため夜勤が多い。
●御堂 茜 (27)
関東放送のアナウンサー。
紆余曲折あり現在は同じ建物内の関東放送ラジオ部の深夜レギュラーに出向中。
某有名大学の元ミスキャン。才女。
●遠藤 桜 (30)
某有名チェーン ファミレスの副店長。
ニックネームは、桜ねぇ(さくねぇ)。
若い頃は房総方面でレディースの総長的役割を果たしていたが、あることをきっかけに脱退。
その後上京。ファミレスチェーンのアルバイトから副店長に上り詰めた努力家。
※一部を小説家になろうにも投稿してます
※illustration 鈴木真澄先生@ma_suzuki_mnyt
イケメン彼氏は警察官!甘い夜に私の体は溶けていく。
すずなり。
恋愛
人数合わせで参加した合コン。
そこで私は一人の男の人と出会う。
「俺には分かる。キミはきっと俺を好きになる。」
そんな言葉をかけてきた彼。
でも私には秘密があった。
「キミ・・・目が・・?」
「気持ち悪いでしょ?ごめんなさい・・・。」
ちゃんと私のことを伝えたのに、彼は食い下がる。
「お願いだから俺を好きになって・・・。」
その言葉を聞いてお付き合いが始まる。
「やぁぁっ・・!」
「どこが『や』なんだよ・・・こんなに蜜を溢れさせて・・・。」
激しくなっていく夜の生活。
私の身はもつの!?
※お話の内容は全て想像のものです。現実世界とはなんら関係ありません。
※表現不足は重々承知しております。まだまだ勉強してまいりますので温かい目で見ていただけたら幸いです。
※コメントや感想は受け付けることができません。メンタルが薄氷なもので・・・すみません。
では、お楽しみください。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ママと中学生の僕
キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。
姉と薔薇の日々
ささゆき細雪
ライト文芸
何も残さず思いのままに生きてきた彼女の謎を、堅実な妹が恋人と紐解いていくおはなし。
※二十年以上前に書いた作品なので一部残酷表現、当時の風俗等現在とは異なる描写がございます。その辺りはご了承くださいませ。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる