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3幼なじみ
3-8
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春子は、美波と恵理のことは、全く覚えていなかった。
「友だち連れてくるっていう約束、覚えていてくれたんだね!」
未来が改めて二人を紹介すると、春子は先日と同じように、心から喜んでいる様子だった。
「ハルちゃん、俺のこと、覚えてる?」
翔太が言うと、春子は首をかしげた。
「翔太だよ。中井翔太」
「えっ! 翔君? あの翔君なの? いつもお母さんと一緒に来ていたあの可愛い翔君? すっかり男の子らしくなっちゃって、びっくりだわ。翔君、覚えているわよ、もちろん覚えているわ」
春子は、翔太のことを忘れたわけではなかった。あまりの成長ぶりに、誰だかわからなくなっていただけだった。
「声もずいぶん大人っぽくなっちゃって」
春子が目を輝かせて翔太を眺める。
「未来ちゃんが、翔君連れてきてくれるなんて思ってもいなかったわ」
翔太のことはしっかり覚えているのに、自分がリクエストしたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
「みんな、部活は何をやっているの?」
春子の質問に、美波と恵理は気を悪くすることもなく、一から答えた。
「翔君は?」
「俺はサッカー部」
「へぇ~、かっこいいね。未来ちゃん、こんな素敵な彼氏がいていいなぁ」
「か、かれし!? なんで翔君が彼氏になるのよ」
未来の声が裏返った。
「だって、そうでしょ。翔君、いつも未来ちゃんのこと、お嫁さんにするって言ってたじゃない。ね、翔君?」
春子が、翔太に微笑みかける。
「えー! そうなの? 初耳~」
美波が騒ぐ。
「ちょっと、美波」
「それって、ただの幼なじみじゃないじゃん」
「そうなのよ。未来ちゃんと翔君は、いいなづけってやつなのよ」
春子がなんだか自慢げな顔をする。
「そうよね、翔君?」
「ちょっとハルちゃん、何言い出すの」
未来は体中の血液が、顔に凝縮されていくのがわかった。顔だけが燃えるように熱い。
「悪いけど俺、そんな昔の話、覚えてない」
翔太が顔色ひとつ変えずに言った。
「そ、そうだよね……」
未来は、自分一人熱くなっている顔を早く冷ましたかった。勝手に恥ずかしがって、そのことがもっと恥ずかしかった。
「けど、未来ちゃんは、翔君のことが今でも好きなんでしょ?」
「なんでハルちゃん、さっきからそんなことばっかり言うのよ。わたしが、いつ翔君を好きなんて言った?」
未来の声は苛立っていた。
せっかく春子の頼みを聞いてやったのに、これでは未来をからかうために翔太を呼ばせたようにしか思えない。
「だって、翔君、家に連れてきたじゃない? 好きでもない男の子、普通、連れてくるかなぁ」
「誰のために連れて来たと思っているのよ……」
怒りを含んだ言葉が、未来の口の中で低くつぶやかれた。
苛立ちをこぶしの中に握りしめ、春子には聞こえないようギリギリのところで堪える。
翔太が、未来のこぶしに手をあてた。翔太の大きな手に、ドキっとして、未来は思わず手をひっこめる。
翔太と目が合う。翔太には聞こえていたことを知り、唇をぎゅっと噛みしめる。
「ハルちゃん。未来ちゃんが俺を呼んだのはね……」
だめ。未来は小さな声で、しかし強く翔太に言った。翔太がはっとして、言葉を濁す。
翔太が昔のように、自分のことを未来ちゃんと呼んでくれた。それだけで、未来は涙が出そうになった。
「わたしにも、好きな人、いたのよ」
春子が急にしんみりとした調子で話し出した。
「すごく、すごく、好きだった」
春子はどこか遠くをぼんやりと見つめていて、未来や友だちが同じ部屋にいることを忘れてしまったかのようだった。
「でもね、その人、死んじゃったの」
春子の目から、涙がすーっとこぼれる。
「本当に好きだったんだね」
翔太が、そっと話しかけた。
春子がぱっと翔太の方へ顔を向ける。
「何の話?」
「今、ハルちゃんにも、好きな人がいたって言って……」
「わたし、そんなこと言ってないよ」
「だって」
言い返そうとする翔太を遮って、
「言ってない、言ってない。翔君、またおかしなこと言って、どうしちゃったの? ハルちゃんそんなこと言ってないよ」
と、未来が慌てて言う。
「ハルちゃん、この毛布かわいいね~。苺柄じゃん」
すかさず美波が、話題を変える。
「本当だ。わたしもこういうの、欲しいな~」
恵理がフォローを入れると、春子と三人で雑貨やファッションの話が始まった。春子は話に夢中のようだ。
唖然としている翔太に、未来は小声で謝った。
「昔のことよく覚えているかと思うと、今言ったばかりのこと、忘れちゃうこともあるの。混乱するといけないから、ハルちゃんに話合わせて」
翔太は、小さくうなずいた。
「こっちこそ、ごめん。ちゃんと川瀬から話聞いてたのに」
未来は、初めて美波と恵理を連れて来た日のように、春子が突然怒り出したりしないか心配したが、何事もなく時間が過ぎてほっとした。
「友だち連れてくるっていう約束、覚えていてくれたんだね!」
未来が改めて二人を紹介すると、春子は先日と同じように、心から喜んでいる様子だった。
「ハルちゃん、俺のこと、覚えてる?」
翔太が言うと、春子は首をかしげた。
「翔太だよ。中井翔太」
「えっ! 翔君? あの翔君なの? いつもお母さんと一緒に来ていたあの可愛い翔君? すっかり男の子らしくなっちゃって、びっくりだわ。翔君、覚えているわよ、もちろん覚えているわ」
春子は、翔太のことを忘れたわけではなかった。あまりの成長ぶりに、誰だかわからなくなっていただけだった。
「声もずいぶん大人っぽくなっちゃって」
春子が目を輝かせて翔太を眺める。
「未来ちゃんが、翔君連れてきてくれるなんて思ってもいなかったわ」
翔太のことはしっかり覚えているのに、自分がリクエストしたことは、すっかり忘れてしまったようだ。
「みんな、部活は何をやっているの?」
春子の質問に、美波と恵理は気を悪くすることもなく、一から答えた。
「翔君は?」
「俺はサッカー部」
「へぇ~、かっこいいね。未来ちゃん、こんな素敵な彼氏がいていいなぁ」
「か、かれし!? なんで翔君が彼氏になるのよ」
未来の声が裏返った。
「だって、そうでしょ。翔君、いつも未来ちゃんのこと、お嫁さんにするって言ってたじゃない。ね、翔君?」
春子が、翔太に微笑みかける。
「えー! そうなの? 初耳~」
美波が騒ぐ。
「ちょっと、美波」
「それって、ただの幼なじみじゃないじゃん」
「そうなのよ。未来ちゃんと翔君は、いいなづけってやつなのよ」
春子がなんだか自慢げな顔をする。
「そうよね、翔君?」
「ちょっとハルちゃん、何言い出すの」
未来は体中の血液が、顔に凝縮されていくのがわかった。顔だけが燃えるように熱い。
「悪いけど俺、そんな昔の話、覚えてない」
翔太が顔色ひとつ変えずに言った。
「そ、そうだよね……」
未来は、自分一人熱くなっている顔を早く冷ましたかった。勝手に恥ずかしがって、そのことがもっと恥ずかしかった。
「けど、未来ちゃんは、翔君のことが今でも好きなんでしょ?」
「なんでハルちゃん、さっきからそんなことばっかり言うのよ。わたしが、いつ翔君を好きなんて言った?」
未来の声は苛立っていた。
せっかく春子の頼みを聞いてやったのに、これでは未来をからかうために翔太を呼ばせたようにしか思えない。
「だって、翔君、家に連れてきたじゃない? 好きでもない男の子、普通、連れてくるかなぁ」
「誰のために連れて来たと思っているのよ……」
怒りを含んだ言葉が、未来の口の中で低くつぶやかれた。
苛立ちをこぶしの中に握りしめ、春子には聞こえないようギリギリのところで堪える。
翔太が、未来のこぶしに手をあてた。翔太の大きな手に、ドキっとして、未来は思わず手をひっこめる。
翔太と目が合う。翔太には聞こえていたことを知り、唇をぎゅっと噛みしめる。
「ハルちゃん。未来ちゃんが俺を呼んだのはね……」
だめ。未来は小さな声で、しかし強く翔太に言った。翔太がはっとして、言葉を濁す。
翔太が昔のように、自分のことを未来ちゃんと呼んでくれた。それだけで、未来は涙が出そうになった。
「わたしにも、好きな人、いたのよ」
春子が急にしんみりとした調子で話し出した。
「すごく、すごく、好きだった」
春子はどこか遠くをぼんやりと見つめていて、未来や友だちが同じ部屋にいることを忘れてしまったかのようだった。
「でもね、その人、死んじゃったの」
春子の目から、涙がすーっとこぼれる。
「本当に好きだったんだね」
翔太が、そっと話しかけた。
春子がぱっと翔太の方へ顔を向ける。
「何の話?」
「今、ハルちゃんにも、好きな人がいたって言って……」
「わたし、そんなこと言ってないよ」
「だって」
言い返そうとする翔太を遮って、
「言ってない、言ってない。翔君、またおかしなこと言って、どうしちゃったの? ハルちゃんそんなこと言ってないよ」
と、未来が慌てて言う。
「ハルちゃん、この毛布かわいいね~。苺柄じゃん」
すかさず美波が、話題を変える。
「本当だ。わたしもこういうの、欲しいな~」
恵理がフォローを入れると、春子と三人で雑貨やファッションの話が始まった。春子は話に夢中のようだ。
唖然としている翔太に、未来は小声で謝った。
「昔のことよく覚えているかと思うと、今言ったばかりのこと、忘れちゃうこともあるの。混乱するといけないから、ハルちゃんに話合わせて」
翔太は、小さくうなずいた。
「こっちこそ、ごめん。ちゃんと川瀬から話聞いてたのに」
未来は、初めて美波と恵理を連れて来た日のように、春子が突然怒り出したりしないか心配したが、何事もなく時間が過ぎてほっとした。
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