演じる家族

ことは

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 美波が折りたたみ式の鏡を、ぱっと開いて、
「何か、目にゴミ入ったー」
と、目を瞬かせている。

「美波!」

 未来が小さく叫ぶと、美波が息を飲んだ。

 ごめん、と言いながら鏡をスカートのポケットにしまおうとする。

「それ、可愛い。見せて」

 春子が、美波の持っている鏡をじっと見ている。

 美波は、困った顔を未来に向けてきた。

 美波は必要以上にのろのろとした速度で、今度は鏡を鞄にしまおうとした。そうすれば、春子には気づかれまい、とでもいうように。

「見せて」

 春子の口調が厳しくなった。命令にさからうな、そう言っているようだった。

 春子が美波の方へ手を差し出す。

 鏡を持つ美波の手が、宙に浮いたまま、迷っている。

 未来は、説明不足だったことを後悔した。

 春子に鏡を見せてはいけない、とは言っておいたが、その理由については二人に話していなかった。

 春子に鏡を見せることの重大性に、美波が気づいているかどうかはわからない。

 今なら、鏡を奪おうと思えばできる。

 だが、その行為によって、春子を逆上させてしまうことは目に見えていた。

 どっちに転んでも、おそらく、アウト、だ。

 渡してはいけない、絶対にだめ。未来は言いたかったが、美波が恐る恐る春子に鏡を差し出すのを、どうすることもできずにただ見ていた。

「これ、すごく可愛いね。キラキラしてる」

 春子は鏡を閉じたまま、たくさんの小さなシールを貼り付けてデコレーションされた、外側を見ていた。

「それ、自分でやったんだ。デコ……デコレーションすることね、得意なの」

「えっ! すごい。こんなの自分で作れるの? すごく大変じゃない?」

「そんなことないよ。100円ショップでシール買ってきて、デザイン考えたら30分くらいでできるよ」

 春子は鏡を裏返したりして、じっくり見ている。

 いつ、開くのかと、未来はハラハラして見守った。

「ありがとう」

 しばらくして春子は、鏡を開くことなく、美波に返した。

「そうだ。今度、ハルちゃんの持ち物に、デコしてあげよっか? なんか、小物とかある?」

 春子は首をかしげた。

「何にもないなぁ……、あっそうだ。ノート」

 春子は枕の下から、あの小さなノートを出して、美波に見せた。

「あっ、このノート、未来と一緒に買ったやつだー」

 美波が、無邪気に言う。

 春子の視線が、未来の戸惑った視線とからむ。

「これ、未来ちゃんのだったんだ……」

 春子の手から、ノートが床に落ちる。

 未来は、すぐに拾って春子に返そうとした。

「わたし、使ってないから。ハルちゃん使ってくれてかまわないよ」

 春子は手を出さない。

 布団の上で、両手を固く握り締めている。

「何で言ってくれなかったの? わたし、これじゃまるで、泥棒みたいじゃない」

 未来は、胃がキリキリ痛んできた。

「デコ、どうする?」

 美波が、申し訳なさそうに春子に聞く。

「やめる」

 その返事が、再び沈黙を呼ぶ。

 美波が自分の失敗に責任を感じてか、妙に明るい声を出した。

「ハルちゃん、ずっと寝ているから、体のあちこちが痛くなったりしない?」

「何でわかるの? 本当にそうなの。わかってくれて嬉しい」

 春子は、すぐに機嫌を直したようだ。

「寝たきりの田舎のおばあちゃんがね、いつもそう言っているから」

 春子は、ふーん、と言ったきり、また黙ってしまった。

 それから未来と美波が話題を振っても、へぇ、とか、そう、くらいしか返事をしなかった。

 しかたがないので、未来と美波は学校の話で盛り上がった。恵理も、時々返事をするくらいで、話題には入ってこない。

「恵理ちゃんって、本当におとなしいね」

 未来が言うと、恵理は、
「ごめんね、わたし、何だか話についていけなくて」
と、うつむいた。

「謝ることなんかないよー、来てくれただけでも嬉しいもん。ねぇハルちゃん?」

 部屋から一瞬、音という音が消えた。

「帰って」

 春子が低く唸るように言った。

「え。みんな、せっかく来てくれたのに……」

「帰ってって言っているでしょ! わたしを田舎のおばあちゃんなんかと一緒にしないで!」

「わたしは、そんなつもりで言ったんじゃ……」

 美波が震える声で訂正した。

「うるさい! あんたたち、本当にうるさいのよ! 自分たちがどれだけ幸せか見せつけて。そんなの、見たくない。今日来てくれたのだって、どうせわたしに同情しているんでしょ!」

 春子は、三人を順番に睨みつけて言った。

「帰って」

 茜色の陽射しはいつの間にか消え失せ、暗い影が部屋を覆っていた。
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