演じる家族

ことは

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1地雷

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 家に帰ると、春子はまだ寝ていた。

 寝ている間に、忠義がなるべく音を立てないよう、こっそりとカーテンを替えた。ベージュから淡いピンクに。それだけで部屋の印象が明るくなった。

 未来は小物類を運ぶ。

 星やハートがちりばめられた小さなフロアマットは部屋のセンターに。苺のクッション二つをベッドの足元に。

 ベッドカバーはさすがに後回しにしたが、苺柄の毛布を、寝ている春子の布団の上からそっとかけておく。

 それでも春子はまだ寝ている。

 未来は心配になって、思わず呼吸を確認する。規則正しく、真新しい毛布は上下にリズムを刻んでいる。

 部屋の模様替えが終わってからも、未来は何度も春子の部屋を覗いた。

 3度目。

 春子は目を覚ましていた。寝転んだまま、ぼーっと宙の一点を見つめている。

「ハルちゃん、どう? 気に入ってくれた?」

 未来の声がはずむ。

 ゆっくりと、空気を撫でるようにして、春子の視線が未来に向けられる。

「え? 何のこと?」

「部屋だよ。ハルちゃん寝ている間に、模様替えしたんだよ。」

 春子が、体を起こそうとした。

 未来が、すかさず春子の側に駆け寄る。

 背中に手を添えて、春子が起き上がるのを手伝う。ずっしりとした重さが未来の腕に加わった。

 春子はちらっと部屋を見回しただけで、
「どこを模様替えしたの?」
と首をかしげた。

 未来は、期待が裏切られたことを悟った。

「カーテンとか……」

「前からこうだったじゃない。何か違う?」

「あ、うん。そうだよね。何も変わってないよ。うん。変わってない。私、変なこと言っちゃったみたいだね」

 声がわずかにうわずる。

「何か変。」

 春子が未来を見つめる。

 未来は、春子の射るような目つきに堪えられなくて、視線をそらした。

「わたし、また記憶なくしたんだね」

 未来は、自分が責められているような気がした。

「ごめん」

 本当は謝る必要なんてないのに、春子に対して申し訳ない気持ちでいっぱいになった。

「わたし、怖い。自分が自分でなくなっていくみたいで怖いよ。」

 春子が消え入りそうな声でつぶやく。

「そんなことないよ。ハルちゃんは、ハルちゃんだよ」

 未来は、いつもよりワントーン高い声で精一杯明るく振舞った。

「わかったようなこと言わないでよ!」

 空気を切り裂くような声が、未来の耳に飛び込む。

「わたしの記憶がなくなろうが何だろうが、未来ちゃんにとっては、わたしはわたしかもしれない。そりゃそうだよ。だって、未来ちゃんの記憶がなくなるわけじゃないもの。未来ちゃんの世界が壊れるわけじゃないもの!」

 まずい。春子の気持ちが高ぶっている。未来は何とか抑えようと、必死に落ち着いた声を取り繕う。

「そうだよ。わたしにとってハルちゃんはずっとハルちゃんだよ」

「でも、わたしには未来ちゃんが誰だかわからなくなっちゃうかもしれないんだよ。それだけじゃない。自分のことさえ誰だかわからなくなっちゃうかもしれないんだよ。わたしがわたしでいられるのは、過去の記憶があるからなんだよ。記憶が全部なくなっちゃったらそんなのもう、わたしじゃないよ。この気持ち、未来ちゃんにわかる?」

 未来は答えられなかった。何と答えても、春子の気持ちを逆なでるような気がした。

「わたしね、今確実に覚えていること、ノートに書きとめてあるんだ」

 春子の声に落ち着きが戻った。

 ほっとした未来は、つい手でこぶしをつくっていたことに気づく。指の力をそっと抜いた。

「大切なものはね……」

 春子の言葉が途切れる。

「大切なもの?」

 訊ねる未来に、
「今から言うことは、内緒よ」
と、春子は唇の前で人差し指を立てた。
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