ドラゴンハンター

第一章 ドラゴンハンター01 戸井圭吾

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　圭吾は結衣のことが心配で全然寝つけなかったのに、結局明け方になって、電池が切れたように眠りに落ちた。

　朝起きると、朝ごはんの時間をとっくに過ぎていた。圭吾は転がるようにして階段をおり、リビングに行った。

　食卓についているのは、結衣一人だけだった。牛乳をおいしそうに飲んでいる。

　リビングの窓からは、お母さんが外で洗濯物を干しているのが見えた。

「ごちそうさまー」

　結衣の元気な声に、ほっとする。

「結衣、大丈夫？」

　圭吾は、結衣の両腕をつかんだ。

「大丈夫じゃないよ」

　結衣が、泣き出しそうな顔をする。

「痛いの？」

「痛いよ、お兄ちゃん。そんなに腕、強くつかんだら」

「ごめん、ごめん。そうじゃなくて、お腹痛いとか、気持ち悪いとか、ないの？」

「ないよー。結衣、いっつも、元気、元気だもーん」

　そう言って結衣は、跳びはねた。

　何度も跳びはねる結衣の口から、大きなゲップが出た。

　圭吾は目をみはった。

　ゲップと一緒に、鮮やかな火花が散ったのだ。

　１回だけではない。まるで線香花火のように、結衣の口元でバチン、バチンと火花がはじける。

（大変なことになった！）

　どうすればいい？　どうすれば。圭吾は頭をフル回転させた。

「結衣、病院に行こう」

　圭吾は、他には選択肢がないように思えた。

　今日は日曜日だ。当番医にかかるしかない。

「なんで？」

　当然の問いだった。

「あのな、昨日の夜、小さなドラゴンが結衣の口の中に入ってしまったんだ」

　なんだか嘘っぽい話だな、言いながら圭吾は思った。

「は？」

「今、結衣のお腹の中にはドラゴンがいるんだよ」

　真剣に言えば言うほど、嘘っぽい。

　結衣が、圭吾をじっと見つめている。

「結衣も、病院に行ったほうがいいと思う」

　そう言って、結衣は目に涙をためた。

　やっぱり結衣は、まだ幼稚園児だ。圭吾の話を素直に信じてくれた。

「大丈夫、お兄ちゃんがついているから」

　結衣の目から、ポロポロと涙がこぼれる。

「お母さんに言ってくるね。お兄ちゃん、頭がおかしくなったから、病院に連れて行こうって」

　リビングを飛び出そうとする結衣の腕を、圭吾がつかんだ。

「ごめん、ごめん。今の全部、嘘だ。ちょっと結衣を驚かそうと思っただけなんだ。冗談なんだよ」

　圭吾は今、病人にされるわけにはいかなかった。

　結衣でさえ信じてくれないのだ。お母さんやお父さんが、圭吾の話を信じてくれるはずがない。

　ましてや医者が、『お腹のドラゴンが原因ですね。お薬を出しましょう』なんて言うはずがないじゃないか。

　作戦変更だ。

（いったい誰が、ぼくの話を信じてくれる？）

　答えはひとつしかなかった。

　ペットショップに行って、あの女の人を探し出すのだ。

「お兄ちゃん、朝ごはん食べないの？」

　結衣が涙をふきながら言った。

　すっかり冷めてしまったベーコンエッグトーストとゆで卵、サラダ。圭吾はそれらを牛乳で流し込むようにして急いで食べた。

「今からショッピングセンターに行ってくるから、お母さんに言っておいて」

「ずるーい。結衣も行くー」

　結衣が地団太を踏んだ。足が床に触れる瞬間に白い火花が散る。辺りが暗ければ、もっと閃光が目立つかもしれない。

「助ける方法がわかったら、必ず迎えにくるから」

「誰を助けるの？」

　結衣が不審そうな顔をする。

「誰って……」

　これ以上はしゃべらない方がよさそうだ。

「とにかく、お母さんに言っておいて」

　圭吾は一度自分の部屋に戻った。パジャマから黒いＴシャツとハーフ丈のカーゴパンツに着替える。パンツのボタンを留めながら階段を下りる。

「お兄ちゃんずるーい！」

　悲鳴のような結衣の声を振り切り、圭吾は玄関から外に飛び出した。

　自転車に乗り、全速力でペダルをこぐ。太陽の熱がジリジリと腕を焼く。

（早く行かなくちゃ）

　手遅れになる前に。

　泣いた顔。笑い顔。すねた顔。おどけた顔。結衣の色んな表情が、圭吾の頭に浮かんでくる。

　可愛らしい結衣の寝顔が、大きな火花とともに弾け飛ぶ。考えないようにしようとしても、嫌な想像が圭吾の頭の中を支配しようとする。

（誰か助けてくれ！）

　圭吾はペダルをこぐ脚に力をこめた。