小悪魔ノート

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12 ゆかりのノート①

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 敦也と亜美以外に調べていないのは、ゆかりのノートだけだった。家が隣だから、学校が終わってからでもなんとかなると、後回しにしていたのだ。

 ここまで来ると、ゆかりの持っているノートが小悪魔ノートの可能性が高い。こんなことなら、もっと早く調べればよかった。

 いつも元気なゆかりが、小悪魔ノートに奪われてしまうかもしれない。そう考えると、颯太のおでこに冷や汗がにじんだ。

 こんなにゆかりと話したいと思ったことなんて、今まであっただろうか。5時間目終了後の、帰りの会が終わるのが待ち遠しかった。

 颯太の席からは、ゆかりの背中しか見えない。

 ポニーテイルに赤いリボン。まっすぐ前を向いて、背筋を伸ばしている。

 特に、変わったところはなさそうだ。今のところは。

 今日は敦也が日直当番だった。

 今から帰りの会を始めます、と挨拶をして歌を歌う。といういつもの流れ。

「先生の話。先生、お願いします」

 敦也が言ったが、美恵先生は席に座ったままだ。

「先生!」

 敦也が、声を張りあげる。

「え? なに?」

 美恵先生は、今、初めて気がついた様子だ。

「先生の、話です」

 美恵先生が、目をパチパチさせた。

「あっ、ごめんなさい。ちょっといいことがあって、ボーっとしちゃってたわ」

 美恵先生が、顔を赤らめて立ち上がった。

「ではみなさん、明日も元気に学校に来てください」

 それだけ言うと、美恵先生は着席した。

「えっ、それだけ?」

 敦也が、思わずつぶやいたが、美恵先生は心ここにあらずという感じだ。敦也は残念そうだったが、颯太は先生の話が短くて助かった。

 さようならの挨拶の後すぐに、颯太はゆかりの席に走って行った。

「どうしたの、颯太君。そんなに慌てて」

 ゆかりが立ち上がって、目を丸くする。

「早くしないと、帰っちゃうと思って」

「家、隣なんだから、会おうと思えばいつでも会えるじゃん」

「そうだけど……」

 颯太は焦って、何から話していいかわからなくなった。

 ちょっと落ち着いて、とライアも颯太の肩をポンポン叩いている。

「ノートのことなんだけど……」

「何のノート?」

 颯太が答えようとした時、敦也が間に割り込んできた。

 颯太の肩に、腕を回す。ちょっとやめろよ、と颯太は逃げようとしたが、敦也が離してくれない。

 敦也は、意味ありげにニヤニヤした。

「なぁなぁ。美恵ちゃん、ボーっとしちゃってどうしたんだろう。もしかして、恋わずらいってヤツかなぁ」

「誰にだよ?」

 敦也が、照れたように頭をかいている。

「やっぱり、おれが日直やりますなんて、立候補しちゃったのがまずかったかなぁ」

「はぁ? おまえ、立候補したの? なんか順番違うと思ったら」

 颯太は、無理やり敦也の腕を引きはがした。

「美恵ちゃん、給食も喉を通らないみたいで、残してたしなぁ。大丈夫かなぁ」

「よく見てるなー」

 颯太は感心した。

「美恵ちゃん、なにかいいことがあったって、言ってただろ?」

「先生のいいことってなにか、わたし知ってるよ」

 ゆかりが、張り切って言う。

「やっぱりおれのこと? まいるな~」

「なんで敦也君が関係あるの?」

 にやけ顔の敦也に、ゆかりが真顔で聞く。

「またまたぁ。隠さなくてもいいって」

 敦也が近所のおばちゃんがやるみたいに、手をヒラヒラさせた。

「日直に立候補するなんて、なんて男らしいんでしょう、敦也君って。てな感じかな~」

 敦也の声を、ゆかりがさえぎるように言った。

「先生、よりを戻したんだって。別れた彼と」

 ゆかりは口の周りに両手を添えたが、内緒話にしては声が大きい。

「別れた彼って……誰のこと?」

 敦也が、泣きそうな顔をしている。

「まさか、それっておれ……」

「なわけないじゃん!」

 すかさずゆかりがつっこむ。

 失恋決定、とライアがからかうように笑う。

「だから、別れた彼って言ったでしょ。詳しくは知らないけど、きっと王子様みたいに素敵な人よ」

 ゆかりが、お祈りするみたいに胸の前で手を組んだ。

「王子様みたいな人?」

 敦也が目をうるうるさせて聞いた。

 ゆかりが、大きくうなずく。

「だって、先生、ずっと忘れられなかったって言ってたもん。今日の午前中に、先生のスマホにいきなり電話がかかってきて、また付き合いたいって言われたんだって」

 敦也は、口を開けたまま固まってしまっている。

「ゆかりちゃん、どうしてそんなこと知ってるの?」

 颯太が聞いた。

「これよ、これ」

 ゆかりが、ランドセルの中から赤いノートを取り出した。
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