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3 なんだコウモリか
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「敦也がいないと、ひまだなー」
ランドセルを机に放り投げ、颯太はベッドの上に寝そべった。
「前はもっと、遊べるヤツ、いっぱいいたのにな」
学年が上がるにつれ、学校の友達はスポーツ少年団に入ったり、塾や習い事に忙しくなったりしていった。
颯太にとって、サッカーも野球も遊びでやる分には楽しかった。だが、どこかのスポーツ少年団に所属するほど好きってわけじゃない。
だからといって、別に運動オンチなわけでもない。
走るのは人一倍速いし、体育の授業ではどの球技もそれなりにこなす。ただ、何かルールのようなものにしばられて体を動かすのが好きではないのだ。
どこにも発散できないエネルギーが、体の中でくすぶっている。
メチャクチャに体を動かしたい。叫びたい。何かを思い切りやりたい。その気持ちはあるのに、それが何なのかが颯太にはまだわからないのだ。それがもどかしい。
颯太はベッドから起き上がり、机に向かった。ランドセルの中から赤いノートを取り出す。
毎日楽しく遊んで暮らしたい、そう書こうかと考えたが思い直した。
「ばかばかしい」
椅子に座ったまま、ノートを後ろのベッドに放り投げる。
「イタッ」
後ろから、声がした。
小さな女の子みたいな声だ。
颯太の心臓が、ドクドクと激しい音を立てる。
一人っ子の颯太には、もちろん妹なんていない。
お母さんもお父さんもまだ仕事から帰ってきていないし、この家にいるのは颯太一人きりのはずだ。
今のは、きっと気のせいだ。空耳だ。
ヒュン。
颯太の耳のすぐわきを、何かがかすめていった。
パサリ。
机の上に落ちたのは、さっきベッドに投げたはずのノート。
赤い色が、血を連想させる。
颯太は息をのんだ。
「もう、イッタイなぁ」
また聞こえた。いや、空耳だ。
「わーわーわー。聞こえない、何も聞こえないし」
颯太は、両手で耳をパタパタと叩いた。
「ギャー、髪とかひっぱるな。わーそんなにひっぱったら、抜けるだろ」
思わず颯太は立ち上がり、後ろを振り向いてしまった。
颯太の肩の辺りにいた何か黒いものが、ベッドの方へ飛んでいく。
背中にはコウモリの翼のような羽が、パタパタと動いている。
「なんだ、コウモリか。さ、勉強でもしよっと」
机に向かおうとする颯太に、それが叫んだ。
「コウモリが部屋の中に入ってきたら、もっと驚くでしょー!」
腰に手をあてているのは、小さな女の子……のようなもの。
レースたっぷりの黒いワンピースに、足元は黒のブーツ。ロングヘアの頭には、黒い小さなツノのようなものが2本生えている。
羽とツノを取ったら、生意気そうだけど可愛い人間の女の子。あともう少し、いや、かなり大きく成長すればだけど。
颯太はそれを、じっと観察して言った。
「もしかして、怒ってる? 大きさは、コウモリくらいだよね。背中に生えているのも、コウモリの翼だよね? コウモリじゃなかったら、いったい何?」
「コウモリが、しゃべれ、ま、す、か?」
女の子の目が、グッとつりあがる。
「コウモリはしゃべれないよねー。なに、その当り前な質問。あっ、物置の上に、フンとか落とさないでね。かーちゃん、コウモリのフンがいっぱいだって、困ってたからさぁ」
女の子がベッドから飛び立ち、机の上に舞い降りた。
「あ、靴はいたまま」
颯太の言葉をさえぎるように、女の子が、ダンッと机を右足で蹴った。
颯太は、思わず後ずさる。
「フン、ですって? え?」
「あ、失礼。ウンチって言った方がよかった? それともウンコ?」
「もう! レディに向かって、何なのよ」
ダンダンッと、女の子が激しく机を蹴る。
「ごめん、ごめん。お大のお便様をお出しにならない……」
「キーッ! そういう問題じゃないでしょ!」
女の子はおしりのあたりから出た黒い紐のようなもので、ぴしゃりと机を打った。紐の先には、ハートをさかさまにしたみたいな形のトゲがついている。
「ゲッ、なにそれムチ? 武器までも持ってんのかよ、最近のコウモリは」
颯太は大げさに肩をすくめて見せた。
「はぁ~? このかわいい尻尾がムチですって? 大体わたしが、コウモリに見える? わたしはね」
「いや、言わなくていいから。おれ、そういうものと知り合いになりたくないし」
颯太は、両手を顔の前で激しく振った。
「そういうわけにはいかないの。あなた、わたしの姿、見たんだから」
「でたーっ! 必殺、み~た~な~」
颯太は、幽霊のように両手を顔の前にたらした。
「えっ、何が出たのよ」
女の子が、キョロキョロと辺りを見渡す。
「勝手に現れて、見たもなにもないだろ。ホラーは、映画の中だけにしてくれよ」
「何もいないじゃない」
女の子が再び颯太をにらむ。
「あっそうだ!」
颯太はパチンと手をならした。
「ねぇ、君。君の正体は、幸運を運んでくれる、座敷童ってことにしておこうよ」
「ざ、ざしきわらしー? わたしが?」
颯太は大きくうなずいて、椅子に腰かけた。
「じゃ、そういうことで。おれ、勉強するから」
ガラにもなく勉強だなんて、目の前のノートを開いたのが間違いだった。
ランドセルを机に放り投げ、颯太はベッドの上に寝そべった。
「前はもっと、遊べるヤツ、いっぱいいたのにな」
学年が上がるにつれ、学校の友達はスポーツ少年団に入ったり、塾や習い事に忙しくなったりしていった。
颯太にとって、サッカーも野球も遊びでやる分には楽しかった。だが、どこかのスポーツ少年団に所属するほど好きってわけじゃない。
だからといって、別に運動オンチなわけでもない。
走るのは人一倍速いし、体育の授業ではどの球技もそれなりにこなす。ただ、何かルールのようなものにしばられて体を動かすのが好きではないのだ。
どこにも発散できないエネルギーが、体の中でくすぶっている。
メチャクチャに体を動かしたい。叫びたい。何かを思い切りやりたい。その気持ちはあるのに、それが何なのかが颯太にはまだわからないのだ。それがもどかしい。
颯太はベッドから起き上がり、机に向かった。ランドセルの中から赤いノートを取り出す。
毎日楽しく遊んで暮らしたい、そう書こうかと考えたが思い直した。
「ばかばかしい」
椅子に座ったまま、ノートを後ろのベッドに放り投げる。
「イタッ」
後ろから、声がした。
小さな女の子みたいな声だ。
颯太の心臓が、ドクドクと激しい音を立てる。
一人っ子の颯太には、もちろん妹なんていない。
お母さんもお父さんもまだ仕事から帰ってきていないし、この家にいるのは颯太一人きりのはずだ。
今のは、きっと気のせいだ。空耳だ。
ヒュン。
颯太の耳のすぐわきを、何かがかすめていった。
パサリ。
机の上に落ちたのは、さっきベッドに投げたはずのノート。
赤い色が、血を連想させる。
颯太は息をのんだ。
「もう、イッタイなぁ」
また聞こえた。いや、空耳だ。
「わーわーわー。聞こえない、何も聞こえないし」
颯太は、両手で耳をパタパタと叩いた。
「ギャー、髪とかひっぱるな。わーそんなにひっぱったら、抜けるだろ」
思わず颯太は立ち上がり、後ろを振り向いてしまった。
颯太の肩の辺りにいた何か黒いものが、ベッドの方へ飛んでいく。
背中にはコウモリの翼のような羽が、パタパタと動いている。
「なんだ、コウモリか。さ、勉強でもしよっと」
机に向かおうとする颯太に、それが叫んだ。
「コウモリが部屋の中に入ってきたら、もっと驚くでしょー!」
腰に手をあてているのは、小さな女の子……のようなもの。
レースたっぷりの黒いワンピースに、足元は黒のブーツ。ロングヘアの頭には、黒い小さなツノのようなものが2本生えている。
羽とツノを取ったら、生意気そうだけど可愛い人間の女の子。あともう少し、いや、かなり大きく成長すればだけど。
颯太はそれを、じっと観察して言った。
「もしかして、怒ってる? 大きさは、コウモリくらいだよね。背中に生えているのも、コウモリの翼だよね? コウモリじゃなかったら、いったい何?」
「コウモリが、しゃべれ、ま、す、か?」
女の子の目が、グッとつりあがる。
「コウモリはしゃべれないよねー。なに、その当り前な質問。あっ、物置の上に、フンとか落とさないでね。かーちゃん、コウモリのフンがいっぱいだって、困ってたからさぁ」
女の子がベッドから飛び立ち、机の上に舞い降りた。
「あ、靴はいたまま」
颯太の言葉をさえぎるように、女の子が、ダンッと机を右足で蹴った。
颯太は、思わず後ずさる。
「フン、ですって? え?」
「あ、失礼。ウンチって言った方がよかった? それともウンコ?」
「もう! レディに向かって、何なのよ」
ダンダンッと、女の子が激しく机を蹴る。
「ごめん、ごめん。お大のお便様をお出しにならない……」
「キーッ! そういう問題じゃないでしょ!」
女の子はおしりのあたりから出た黒い紐のようなもので、ぴしゃりと机を打った。紐の先には、ハートをさかさまにしたみたいな形のトゲがついている。
「ゲッ、なにそれムチ? 武器までも持ってんのかよ、最近のコウモリは」
颯太は大げさに肩をすくめて見せた。
「はぁ~? このかわいい尻尾がムチですって? 大体わたしが、コウモリに見える? わたしはね」
「いや、言わなくていいから。おれ、そういうものと知り合いになりたくないし」
颯太は、両手を顔の前で激しく振った。
「そういうわけにはいかないの。あなた、わたしの姿、見たんだから」
「でたーっ! 必殺、み~た~な~」
颯太は、幽霊のように両手を顔の前にたらした。
「えっ、何が出たのよ」
女の子が、キョロキョロと辺りを見渡す。
「勝手に現れて、見たもなにもないだろ。ホラーは、映画の中だけにしてくれよ」
「何もいないじゃない」
女の子が再び颯太をにらむ。
「あっそうだ!」
颯太はパチンと手をならした。
「ねぇ、君。君の正体は、幸運を運んでくれる、座敷童ってことにしておこうよ」
「ざ、ざしきわらしー? わたしが?」
颯太は大きくうなずいて、椅子に腰かけた。
「じゃ、そういうことで。おれ、勉強するから」
ガラにもなく勉強だなんて、目の前のノートを開いたのが間違いだった。
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