小悪魔ノート

ことは

文字の大きさ
上 下
3 / 22

3 なんだコウモリか

しおりを挟む
「敦也がいないと、ひまだなー」

 ランドセルを机に放り投げ、颯太はベッドの上に寝そべった。

「前はもっと、遊べるヤツ、いっぱいいたのにな」

 学年が上がるにつれ、学校の友達はスポーツ少年団に入ったり、塾や習い事に忙しくなったりしていった。

 颯太にとって、サッカーも野球も遊びでやる分には楽しかった。だが、どこかのスポーツ少年団に所属するほど好きってわけじゃない。

 だからといって、別に運動オンチなわけでもない。

 走るのは人一倍速いし、体育の授業ではどの球技もそれなりにこなす。ただ、何かルールのようなものにしばられて体を動かすのが好きではないのだ。

 どこにも発散できないエネルギーが、体の中でくすぶっている。

 メチャクチャに体を動かしたい。叫びたい。何かを思い切りやりたい。その気持ちはあるのに、それが何なのかが颯太にはまだわからないのだ。それがもどかしい。

 颯太はベッドから起き上がり、机に向かった。ランドセルの中から赤いノートを取り出す。

 毎日楽しく遊んで暮らしたい、そう書こうかと考えたが思い直した。

「ばかばかしい」

 椅子に座ったまま、ノートを後ろのベッドに放り投げる。

「イタッ」

 後ろから、声がした。

 小さな女の子みたいな声だ。

 颯太の心臓が、ドクドクと激しい音を立てる。

 一人っ子の颯太には、もちろん妹なんていない。

 お母さんもお父さんもまだ仕事から帰ってきていないし、この家にいるのは颯太一人きりのはずだ。

 今のは、きっと気のせいだ。空耳だ。

 ヒュン。

 颯太の耳のすぐわきを、何かがかすめていった。

 パサリ。

 机の上に落ちたのは、さっきベッドに投げたはずのノート。

 赤い色が、血を連想させる。

 颯太は息をのんだ。

「もう、イッタイなぁ」

 また聞こえた。いや、空耳だ。

「わーわーわー。聞こえない、何も聞こえないし」

 颯太は、両手で耳をパタパタと叩いた。

「ギャー、髪とかひっぱるな。わーそんなにひっぱったら、抜けるだろ」

 思わず颯太は立ち上がり、後ろを振り向いてしまった。

 颯太の肩の辺りにいた何か黒いものが、ベッドの方へ飛んでいく。

 背中にはコウモリの翼のような羽が、パタパタと動いている。

「なんだ、コウモリか。さ、勉強でもしよっと」

 机に向かおうとする颯太に、それが叫んだ。

「コウモリが部屋の中に入ってきたら、もっと驚くでしょー!」

 腰に手をあてているのは、小さな女の子……のようなもの。

 レースたっぷりの黒いワンピースに、足元は黒のブーツ。ロングヘアの頭には、黒い小さなツノのようなものが2本生えている。

 羽とツノを取ったら、生意気そうだけど可愛い人間の女の子。あともう少し、いや、かなり大きく成長すればだけど。

 颯太はそれを、じっと観察して言った。

「もしかして、怒ってる? 大きさは、コウモリくらいだよね。背中に生えているのも、コウモリの翼だよね? コウモリじゃなかったら、いったい何?」

「コウモリが、しゃべれ、ま、す、か?」

 女の子の目が、グッとつりあがる。

「コウモリはしゃべれないよねー。なに、その当り前な質問。あっ、物置の上に、フンとか落とさないでね。かーちゃん、コウモリのフンがいっぱいだって、困ってたからさぁ」

 女の子がベッドから飛び立ち、机の上に舞い降りた。

「あ、靴はいたまま」

 颯太の言葉をさえぎるように、女の子が、ダンッと机を右足で蹴った。

 颯太は、思わず後ずさる。

「フン、ですって? え?」

「あ、失礼。ウンチって言った方がよかった? それともウンコ?」

「もう! レディに向かって、何なのよ」

 ダンダンッと、女の子が激しく机を蹴る。

「ごめん、ごめん。お大のお便様をお出しにならない……」

「キーッ! そういう問題じゃないでしょ!」

 女の子はおしりのあたりから出た黒い紐のようなもので、ぴしゃりと机を打った。紐の先には、ハートをさかさまにしたみたいな形のトゲがついている。

「ゲッ、なにそれムチ? 武器までも持ってんのかよ、最近のコウモリは」

 颯太は大げさに肩をすくめて見せた。

「はぁ~? このかわいい尻尾がムチですって? 大体わたしが、コウモリに見える? わたしはね」

「いや、言わなくていいから。おれ、そういうものと知り合いになりたくないし」

 颯太は、両手を顔の前で激しく振った。

「そういうわけにはいかないの。あなた、わたしの姿、見たんだから」

「でたーっ! 必殺、み~た~な~」

 颯太は、幽霊のように両手を顔の前にたらした。

「えっ、何が出たのよ」

 女の子が、キョロキョロと辺りを見渡す。

「勝手に現れて、見たもなにもないだろ。ホラーは、映画の中だけにしてくれよ」

「何もいないじゃない」

 女の子が再び颯太をにらむ。

「あっそうだ!」

 颯太はパチンと手をならした。

「ねぇ、君。君の正体は、幸運を運んでくれる、座敷童ってことにしておこうよ」

「ざ、ざしきわらしー? わたしが?」

 颯太は大きくうなずいて、椅子に腰かけた。

「じゃ、そういうことで。おれ、勉強するから」

 ガラにもなく勉強だなんて、目の前のノートを開いたのが間違いだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

月夜のさや

蓮恭
ミステリー
 いじめられっ子で喘息持ちの妹の療養の為、父の実家がある田舎へと引っ越した主人公「天野桐人(あまのきりと)」。  夏休み前に引っ越してきた桐人は、ある夜父親と喧嘩をして家出をする。向かう先は近くにある祖母の家。  近道をしようと林の中を通った際に転んでしまった桐人を助けてくれたのは、髪の長い綺麗な顔をした女の子だった。  夏休み中、何度もその女の子に会う為に夜になると林を見張る桐人は、一度だけ女の子と話す機会が持てたのだった。話してみればお互いが孤独な子どもなのだと分かり、親近感を持った桐人は女の子に名前を尋ねた。  彼女の名前は「さや」。  夏休み明けに早速転校生として村の学校で紹介された桐人。さやをクラスで見つけて話しかけるが、桐人に対してまるで初対面のように接する。     さやには『さや』と『紗陽』二つの人格があるのだと気づく桐人。日によって性格も、桐人に対する態度も全く変わるのだった。  その後に起こる事件と、村のおかしな神事……。  さやと紗陽、二人の秘密とは……? ※ こちらは【イヤミス】ジャンルの要素があります。どんでん返し好きな方へ。 「小説家になろう」にも掲載中。  

我慢できないっ

滴石雫
大衆娯楽
我慢できないショートなお話

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

生贄にされた先は、エロエロ神世界

雑煮
恋愛
村の習慣で50年に一度の生贄にされた少女。だが、少女を待っていたのはしではなくどエロい使命だった。

[恥辱]りみの強制おむつ生活

rei
大衆娯楽
中学三年生になる主人公倉持りみが集会中にお漏らしをしてしまい、おむつを当てられる。 保健室の先生におむつを当ててもらうようにお願い、クラスメイトの前でおむつ着用宣言、お漏らしで小学一年生へ落第など恥辱にあふれた作品です。

マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子

ちひろ
恋愛
マッサージ師にそれっぽい理由をつけられて、乳首とクリトリスをいっぱい弄られた後、ちゃっかり手マンされていっぱい潮吹きしながらイッちゃう女の子の話。 Fantiaでは他にもえっちなお話を書いてます。よかったら遊びに来てね。

処理中です...