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魔法召いのブレェス
クラウスという男
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サラビエルの後ろ姿が見えなくなった頃。
立ち去る前にと黒ドラゴンのデスタンはファウンズに近寄った。前触れもなく過去の話をし始める。
「ファウンズ。お前の父は勇敢だった。私にとっては命の恩人だ、感謝する。本人には言えなかったからな」
ファウンズにとってはとても興味深い話。
初めてデスタンがクラウスと出会ったのは、彼が森の中の自分のテリトリーに一人でやって来たときだった。
デスタンへ向けられた第一声が『赤い子ドラゴンは預かった』。
こいつは何を言ってるんだ? となったデスタンだったが、続けて赤い子ドラゴンの特徴を言ってのけるクラウスの発言は真実味を帯びていた。
なぜ? 目的は?
訊ねればクラウスは『返してほしければ俺たちについて来い』と。
彼が一人ではないことがわかった。
それではまだ答えになっていないとデスタンが言い返せば、学園まで大人しくついてくれば子ドラゴンには危害を加えない、とはっきり言った。
『約束だな』
心の中を読むように見つめれば、真っ直ぐとした目でクラウスは見つめ返してくる。嘘など言っていないーーそう訴えている目だ。
それを信じてデスタンはクラウスたちについていくことにした。後ろについていくわけではなく、周りを囲われ連行される形で学園まで向かった。
デスタンが学園に進むはずの石橋の半分あたりから何人もの人が集っていた。進めずに止まる。学園の者たちだろう。誰もが警戒態勢なところを見れば厳重に注意されているのだとわかる。
『このドラゴンは学園で預かるということでいいな』
『どのくらい監禁しとくつもりだ?』
『少なくとも一年』
会話を交わす見知らぬ男二人をデスタンは怪訝そうに見た。
『どういうことだ?』
ドラゴンが喋ったことに驚く一同を無視し、デスタンはクラウスに顔を向ける。
『ここに大人しく来れば我の子を返してくれるんじゃなかったのか?』
気まずそうにするクラウスのかわりに別の者が口を挟む。
『ドラゴンが喋るなんて聞いていないぞ』
『我の方こそ監禁されるなんて聞いていない』
すかさず言い返せば、またクラウスに真実を求めるような目を向ける。
『我の子はどこだ? クラウス』
『ここにはいない』
『なんだと……。なら我は戻る』
ここだ。
ここで。
『ここで帰すわけないだろ。サラビエル、拘束しろ』
『しかし……』
『早くしろ』
立場の偉い者に命令されサラビエルは呪縛魔法を黒ドラゴンに向けて放った。
『やめろ!』とクラウスの声がした気がしたがもう遅かった。
『なんだこれは』
デスタンの首に絡まる黒い鎖。それは普通の鎖とは違って徐々に首を絞めつけていった。苦しみながら吐いた火玉によって石橋の手すりが崩れる。
それを見ていたクラウスはサラビエルに命令した者に振り返った。
『こんなことをするなんて聞いていない!』
『我々の方こそドラゴンが喋るなんて聞いていない。クラウスといったか、お前は知っていたようだな。ドラゴンなぞに名前なんかで呼ばれて』
そんなことはどうでもいい。と言うかのようにクラウスは、攻撃を受けているデスタンの前に立った。
最初に危害を与えたのはこちらのほうだ。なのにまるで自分の身を守るためにドラゴンに敵対しているかのような。
そんな現状に怒りを覚えクラウスはドラゴンの味方をする。
自身が壊した石橋の手すりがないところにデスタンは後退しながら足を踏み外した。
気づいたクラウスはとっさに追いかけるように自らに落ちた。ほんの少し飛ぶまでに数秒時間があったが迷いはないように見える。
『……すまない』
鎖を断ち切るときクラウスは謝罪を口にした。
こうなってしまったことにドラゴンに謝ったのか、はたまた子ドラゴンについて謝ったのか。それとも落ちる前に見たファウンズに、かの行為を謝ったのか。
デスタンが意識を手放す前に聞こえたのはその一言と、鎖と剣の衝突する音だった。
目覚めたデスタンの横には意識不明のクラウスが横たわっていた。
『我を助けたのはお前か?』
死んでいる、そう確信した。
『人とは哀れなものだな』
残酷で脆い。正義感があって美しくても、それで終えてしまう。
「お前の父を死なせてしまった。すまない」
デスタンは己のことを守って亡くなってしまったクラウスのことをファウンズに謝った。あの時にクラウスが命を落とした原因は自分にあったから。
「あの人ならあんたにしがみつくなりして死を回避できたはずだ。なのにそれをしなかった。できたのにしなかった。サラビエルやお前に責任はない」
まるでそれが本当のことのように、冷淡と。
「あやつが、彼が死を選んだと言うのか?」
「そうだ」
「なぜそう言い切れる?」
「あの人は死を望んでいた。俺がそうさせたんだ。あの人は、……父さんは俺の存在に苦しんでいた」
「自分の子供の存在に苦しむ親などいないだろう」
「本当の子供でないとしたら?」
「……まさか、血が繋がっていないのか?」
「血は繋がっている。なんというかーー」
そこまで言ってファウンズは話を途切れさせる。
「あんたに話すことでもないな。ただ、あの人は疲れていた、自分を取り巻く環境に。そこに俺がいた。他に関わる人たちもいるが、俺がいなければよかった話なんだ」
デスタンには彼が何を言っているのか理解不能だった。しかしクラウスと同じ父親の身としてそんなことはありえないだろうとは思った。が、ドラゴンである自分がそれを否定をしたところで耳を貸さないだろうと他の可能性を考える。
「何があったかは知らないがそんなことを言うな。彼が何をどう思っていたかなんてわからん。だがお前を生んだ母はそれを聞いたらどう思う。少なからずとも母はお前の味方だろう? 自分で選んでお前を生んだんだ」
サラビエルに聞いたのだ。ファウンズはクラウスの息子で、あのとき石橋にいたのだと。目の前で亡くなる瞬間を見たということになる。
それで深く傷ついているであろうとデスタンは憶測していたが、別のことで心に穴が空いているようだ。
「そう、だな。母は俺のことを愛していると言ってくれていた。まさかドラゴンに励まされる日がくるなんてな」
「お前は彼のことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないからこそ苦しんだ。どうして僕を見てくれないのって思っていたな、あのときの俺は。父さんのはずなのにたまにそう見えなくなる時があって……こわかった」
小さいけれど聞き取った本音だと思える言葉。
意外にもファウンズはデスタンに心を開いているのかもしれない。クラウスが亡くなったあの日、あの場所で同じものを見たという事実があるからなのか。
「俺はこの場所で父である存在をなくしたのを覚えている」
「それは俺もだよ。俺もファウンズと同じ。どこか似ていると思わないか?」
黒ドラゴンが立ち去り、ほどなくして気配がしたがファウンズは振り返らず独り言のように呟いた。
クラウスが落ちる瞬間サラビエルとファウンズはそこにいた。けれどそこにはユークもいた。
あの時に落ちたであろう橋の方を見たまま沈黙が流れる。
ユークはあの後のパーティー会場でファウンズと出会ったことを思い出す。
お互いまだ小さい頃パーティー会場で鉢合わせした。
ファウンズは暗い顔をしていた。自分の父が亡くなったばかりであったから周りなんかどうでもいいというかのように目を伏せていたのだ。
そんな彼をユークはまっすぐと見つめていた。するとファウンズは顔を上げた。それが学園での対面。
立ち去る前にと黒ドラゴンのデスタンはファウンズに近寄った。前触れもなく過去の話をし始める。
「ファウンズ。お前の父は勇敢だった。私にとっては命の恩人だ、感謝する。本人には言えなかったからな」
ファウンズにとってはとても興味深い話。
初めてデスタンがクラウスと出会ったのは、彼が森の中の自分のテリトリーに一人でやって来たときだった。
デスタンへ向けられた第一声が『赤い子ドラゴンは預かった』。
こいつは何を言ってるんだ? となったデスタンだったが、続けて赤い子ドラゴンの特徴を言ってのけるクラウスの発言は真実味を帯びていた。
なぜ? 目的は?
訊ねればクラウスは『返してほしければ俺たちについて来い』と。
彼が一人ではないことがわかった。
それではまだ答えになっていないとデスタンが言い返せば、学園まで大人しくついてくれば子ドラゴンには危害を加えない、とはっきり言った。
『約束だな』
心の中を読むように見つめれば、真っ直ぐとした目でクラウスは見つめ返してくる。嘘など言っていないーーそう訴えている目だ。
それを信じてデスタンはクラウスたちについていくことにした。後ろについていくわけではなく、周りを囲われ連行される形で学園まで向かった。
デスタンが学園に進むはずの石橋の半分あたりから何人もの人が集っていた。進めずに止まる。学園の者たちだろう。誰もが警戒態勢なところを見れば厳重に注意されているのだとわかる。
『このドラゴンは学園で預かるということでいいな』
『どのくらい監禁しとくつもりだ?』
『少なくとも一年』
会話を交わす見知らぬ男二人をデスタンは怪訝そうに見た。
『どういうことだ?』
ドラゴンが喋ったことに驚く一同を無視し、デスタンはクラウスに顔を向ける。
『ここに大人しく来れば我の子を返してくれるんじゃなかったのか?』
気まずそうにするクラウスのかわりに別の者が口を挟む。
『ドラゴンが喋るなんて聞いていないぞ』
『我の方こそ監禁されるなんて聞いていない』
すかさず言い返せば、またクラウスに真実を求めるような目を向ける。
『我の子はどこだ? クラウス』
『ここにはいない』
『なんだと……。なら我は戻る』
ここだ。
ここで。
『ここで帰すわけないだろ。サラビエル、拘束しろ』
『しかし……』
『早くしろ』
立場の偉い者に命令されサラビエルは呪縛魔法を黒ドラゴンに向けて放った。
『やめろ!』とクラウスの声がした気がしたがもう遅かった。
『なんだこれは』
デスタンの首に絡まる黒い鎖。それは普通の鎖とは違って徐々に首を絞めつけていった。苦しみながら吐いた火玉によって石橋の手すりが崩れる。
それを見ていたクラウスはサラビエルに命令した者に振り返った。
『こんなことをするなんて聞いていない!』
『我々の方こそドラゴンが喋るなんて聞いていない。クラウスといったか、お前は知っていたようだな。ドラゴンなぞに名前なんかで呼ばれて』
そんなことはどうでもいい。と言うかのようにクラウスは、攻撃を受けているデスタンの前に立った。
最初に危害を与えたのはこちらのほうだ。なのにまるで自分の身を守るためにドラゴンに敵対しているかのような。
そんな現状に怒りを覚えクラウスはドラゴンの味方をする。
自身が壊した石橋の手すりがないところにデスタンは後退しながら足を踏み外した。
気づいたクラウスはとっさに追いかけるように自らに落ちた。ほんの少し飛ぶまでに数秒時間があったが迷いはないように見える。
『……すまない』
鎖を断ち切るときクラウスは謝罪を口にした。
こうなってしまったことにドラゴンに謝ったのか、はたまた子ドラゴンについて謝ったのか。それとも落ちる前に見たファウンズに、かの行為を謝ったのか。
デスタンが意識を手放す前に聞こえたのはその一言と、鎖と剣の衝突する音だった。
目覚めたデスタンの横には意識不明のクラウスが横たわっていた。
『我を助けたのはお前か?』
死んでいる、そう確信した。
『人とは哀れなものだな』
残酷で脆い。正義感があって美しくても、それで終えてしまう。
「お前の父を死なせてしまった。すまない」
デスタンは己のことを守って亡くなってしまったクラウスのことをファウンズに謝った。あの時にクラウスが命を落とした原因は自分にあったから。
「あの人ならあんたにしがみつくなりして死を回避できたはずだ。なのにそれをしなかった。できたのにしなかった。サラビエルやお前に責任はない」
まるでそれが本当のことのように、冷淡と。
「あやつが、彼が死を選んだと言うのか?」
「そうだ」
「なぜそう言い切れる?」
「あの人は死を望んでいた。俺がそうさせたんだ。あの人は、……父さんは俺の存在に苦しんでいた」
「自分の子供の存在に苦しむ親などいないだろう」
「本当の子供でないとしたら?」
「……まさか、血が繋がっていないのか?」
「血は繋がっている。なんというかーー」
そこまで言ってファウンズは話を途切れさせる。
「あんたに話すことでもないな。ただ、あの人は疲れていた、自分を取り巻く環境に。そこに俺がいた。他に関わる人たちもいるが、俺がいなければよかった話なんだ」
デスタンには彼が何を言っているのか理解不能だった。しかしクラウスと同じ父親の身としてそんなことはありえないだろうとは思った。が、ドラゴンである自分がそれを否定をしたところで耳を貸さないだろうと他の可能性を考える。
「何があったかは知らないがそんなことを言うな。彼が何をどう思っていたかなんてわからん。だがお前を生んだ母はそれを聞いたらどう思う。少なからずとも母はお前の味方だろう? 自分で選んでお前を生んだんだ」
サラビエルに聞いたのだ。ファウンズはクラウスの息子で、あのとき石橋にいたのだと。目の前で亡くなる瞬間を見たということになる。
それで深く傷ついているであろうとデスタンは憶測していたが、別のことで心に穴が空いているようだ。
「そう、だな。母は俺のことを愛していると言ってくれていた。まさかドラゴンに励まされる日がくるなんてな」
「お前は彼のことが嫌いなのか?」
「嫌いじゃないからこそ苦しんだ。どうして僕を見てくれないのって思っていたな、あのときの俺は。父さんのはずなのにたまにそう見えなくなる時があって……こわかった」
小さいけれど聞き取った本音だと思える言葉。
意外にもファウンズはデスタンに心を開いているのかもしれない。クラウスが亡くなったあの日、あの場所で同じものを見たという事実があるからなのか。
「俺はこの場所で父である存在をなくしたのを覚えている」
「それは俺もだよ。俺もファウンズと同じ。どこか似ていると思わないか?」
黒ドラゴンが立ち去り、ほどなくして気配がしたがファウンズは振り返らず独り言のように呟いた。
クラウスが落ちる瞬間サラビエルとファウンズはそこにいた。けれどそこにはユークもいた。
あの時に落ちたであろう橋の方を見たまま沈黙が流れる。
ユークはあの後のパーティー会場でファウンズと出会ったことを思い出す。
お互いまだ小さい頃パーティー会場で鉢合わせした。
ファウンズは暗い顔をしていた。自分の父が亡くなったばかりであったから周りなんかどうでもいいというかのように目を伏せていたのだ。
そんな彼をユークはまっすぐと見つめていた。するとファウンズは顔を上げた。それが学園での対面。
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