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魔法召いのブレェス

ドラゴン探し ー中止ー

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 純白のドラゴンにリキは学園に送り戻された。サラビエル講師に一匹のドラゴンが了承したと報告するためのと、もう辺りが暗くなってくる時間なのできりがいいということで切り上げることとなった。
「あとは少し自分だけで探してみる。見つけたら一緒にいこう。ーー明日もよろしく」
 純白のドラゴンはそう言い残し羽ばたいていった。別れた後もドラゴンを探そうというのだろう。とてもやる気の感じられる。きっと誰よりも人間とドラゴンの共存する世界をつくりあげたかったに違いない。だからリキも全力でそのことに取り組もうと思った。


 まず、サラビエル講師にドラゴンとのことを伝える。そのため一番に会おう思っていたのだが、それより先にリキが目にしたのは庭園に集う四人の姿。教室に行くまでの通路の横にあり、必ず通るところである。ガゼボの左の椅子の手前にロキ、その奥にはシルビア。右の椅子にはファウンズが座っており、ユークはガゼボから少し離れた左側に立っている。何か話し合っているのか、気になってリキは近づいた。
「おかえり」
 ユークはリキと目が合うと少し驚いた顔をしつつもすぐに穏やかな表情へと変えた。気がついた他三名の目がリキを捉える。まさかの無表情のままの沈黙、ここにいるとは実感できていない様子。
「リキちゃんおかえり!」
「……おかえり」
 はっとしたシルビアが慌ててユークと同じことを言うのでロキも続けて言ったが、未だリキの存在を信じきれていないよう。ファウンズに関してはいつもの平然とした態度で、目だけでおかえりと伝えている。
「ただいま」
 嬉しくてリキは自然と笑った。迎えられているようで嬉しかった。おかえり、と言われるのは幼き頃以来だったから。なんだか新鮮だった。帰るべき場所があるという実感。
「大丈夫だった? リキちゃん」
 シルビアが聞くとリキは頷く。
 続けて近くに来たユークが口を開く。
「ドラゴンと出会えた?」
「彼の知っているドラゴンさんと出会いました」
「どんな感じだった?」
「彼とは長い付き合いのようで、少し悲しくも暖かいドラゴンさんだった」
「これからもそんなことを繰り返し続けていくのか? あと何体いる」
 最後の番となったファウンズが現実的なことを言う。誰もが気になっていることなのか、発言したファウンズを見てから全員の視線がリキへと注がれる。
「わかりません。彼が言うには数体いるだろうということで」
「えっ、数体しかいないの?」
 ユークが驚いた表情(カオ)をする。
「フツー数十体とか数百体とかいるもんじゃないの」
「普通のドラゴンは数十体ほどいるようで」
「普通のドラゴンっていうのは、喋れないドラゴンのことだったりする?」
 リキが頷くと、よっしゃとロキは拳をつくる。
「喋るドラゴンがふつーなわけねーもん。なんか喋るのが普通って空気になりつつあったけど」
「逆を言うと、普通のドラゴンはやっぱり喋れないの?」
 何がそんなに嬉しいのか。ユークはロキから視線を外す。
「言語に触れてこなかったもの、もう不要なものだと思って言葉を忘れてしまったものーーそんなドラゴンがいるみたい」
「早く出会ってあげられたら良かったのにね」
 ロキとは逆に残念がってるシルビア。心優しいとユークは胸打たれる。
「まだ遅くはないよ。言葉を忘れてしまったものは一度言葉を覚えたんだから思い出すのは簡単だろうし、言語に触れてこなかったものには言葉を教え続ければいいだけのことだよ」
「そうだね!」
「ドラゴンが皆喋ったら気持ちわりーだろ」
 せっかくシルビアが明るさを取り戻したというのに、ロキはぼそっと余計なとをこぼす。
「それ、ラピが喋ってるの気持ち悪いって言ってるのと同じになるけど?」
「なんだぴょん!?」
「……!? なんだぴょんはこっちのセリフだよ! 空気だったやつがいきなり喋るな! つか、いつからそこに……」
 いつの間にかガゼボの机の上にいたラピ。大変驚いたような顔をしているが、驚いたのはロキのほうである。
「喋るなと言われれば喋るぴょん。喋ってと言われても喋るぴょん」
「結局どっちでも喋るんかい」
 なぜラピが堂々としているのかわからない。主人であるリキにもそういうところは理解できないのである。
 クスッと笑われた気がしてユークのほうを見ると、やはり笑っていた。
「……なんだよその爽快顔」
「コントみてるみたいで」
「コントじゃねえよ。お前に見せるためにやってるわけじゃねえから」
「“なんだぴょんはこっちのセリフだよ”ーーって……。言ってみてよ」
「……」
 失言である。つい動揺したためラピの発言通り言ってしまっただけである。ユークが上手(うわて)なのは今わかったことではない。さすがは三つ年上のことだけある。人を辱めるのが上手い。
「俺、男で一番好きなのシルビアだわ」
「ゲイ発言きた。シルビアお前気をつけろよーーった」
「ゲイじゃねえよ。人としてだから、勝手に変な解釈されると困るな」
 にこやかな顔、なのに少し陰っている。背後から見た目よりも強烈なチョップを頭にくらったロキは、もうユークのことをからかうのは控えようと思った。シルビアは不思議そうに二人の行動を見ている。

「じゃあこのこと、サラビエル講師にも伝えてくるね」

 四人と別れサラビエル講師のもとへ向かいドラゴンが同意したことを話すと、サラビエル講師は喜ぶどころかうかない顔をしていた。
「全講師で話し合った結果、生徒であるときにこのようなことを任せるのは良くないと判断した。授業もおろそかになるだろう」
「私は大丈夫です。それより早くこの大事なことをドラゴンさんたちに伝えないと」
「考えてのことだ、リキ・ユナテッド。 自重しろ。ドラゴンにはドラゴンであるあいつが伝えるだろう」
「でも、私がいないと」
 人間がドラゴンを攻撃しないかわり、ドラゴンには魔物の討伐を担ってもらう。そんな交渉に人間が出迎わないというのは信頼に関わる。もし自分たちがドラゴンの立場として、『ドラゴンは人間を攻撃しないだから魔物を倒してくれ』と言っていた、と同じ人間に言われたらどうだろう、疑いもなく信じるだろうか。身を隠しているいるとしたらわざわざ姿を現して魔物を倒しにいくだろうか。魔物を相手にしているうちに交渉相手にでもやられでもしたら本末転倒だ。助かりたくて行動したのに、身を隠していれば助かったなんて馬鹿馬鹿しすぎる。
「お前がいなくとも大丈夫だ。逆にお前がいることで面倒なことにもなりかねない」
 確かにそうかもしれないが、道義というものがある。純白のドラゴンが仲介の労をとってくれるというのに、本人たちがそれをおろそかにしてはどう考えても無作法だ。
「もう一度言う、個人だけでの行動は慎め。卒業したら何でもできるさ、善行も悪行も」
「わかり、ました……」
 納得いかないが頷くしかなかった。学園の決めたことであるのなら、生徒はそれに従うしかない。あと三年ほど、無駄にドラゴンたちに窮屈な思いをさせてしまう。


「あんたたち、なに男四人で集ってるのよ。気持ち悪い」
「あー、ロザントだっけ? リキにいつも構ってもらってる」
「かっ、構ってあげてるのはこっちのほうよ! ……それで、リキと関係のありそうな方々たちは一体何をしているの?」
 偶然ガゼボにいた四人と鉢合わせたロザントはリキとドラゴンのことを聞き、すぐにリキのもとへと向かった。安否がどうかちゃんと確かめたかった。


「まあ、それもそうよね。生徒を危険を承知の上で野放しにするなんてリスク高い。それで死なせたら無責任だとかそれを口実にせめられるだろうし。団体での任務中、助けようとしたが助けられなかったーーの方であれば仕方ないとみなされるだろうけど。それとは話が別だし。まあ良かったじゃない。危険な任務は先延ばしで」
 通路で会ったリキに話を聞いたロザントはつらつらと現実的なことを放つ。学園の生徒である者が、未知のドラゴンと行動を共にするなど危険極まりない。
「でも早く解決作に手をつければそれだけ早く被害がなくなるのに」
 先ほどからリキは浮かない顔をしている。なぜそんなにも自分のことのように気が滅入っているのか、ロザントにはわからなかった。ドラゴンを活用して早く魔物を駆逐したいのか。
  「仕方ないわよ。表向き上安全な範囲で学ばせるところなんだから。それが学園ってもんよ。何も知識もない子供に無意味に死なれちゃ困るのよ。世間的にね」
 学園(の生徒)は平民を守るものであり、生徒は学園(講師)からは守られる者であると扱いとされている。その板挾みにリキは存在する。ドラゴンを救う行為は果たして、いいこととしてみなされるのだろうか。
 講師の見えるところでできないから、ドラゴン計画は中断が決定された。
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