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魔法召いのブレェス

再会と召喚獣②

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「シルビア、バトルしようぜ」

 後ろから声をかけられ、振り返ったシルビア・シルフォン。見知った男子生徒が晴れやかな表情をしていた。
 彼は戦闘好きなのか顔を合わせるたび言ってくる。冗談かどうか定かではないが、冗談半分といったところだろう。
 シルビアは戦闘好きな方ではない、嫌いな方だ。
 微笑しながら断ると男子生徒がシルビアの隣の者に視線を移す。

「その女の子と組んでやるってのはどうよ」

 とぼけた顔をするのはリキ。
 皆と仲良くなれたらいいなと言いつつも、歩きながら話したいとシルビアが言うので誘いにのったのである。教室に残っているロキたちは何を思っているか。
 静かな中庭に向かおうとしていた廊下で男子生徒に出くわした。
 考えているような仕草をしていたシルビアはリキの瞳を覗く。

「一回だけ、いい?」

 何が理由で早くも気が変わったのか。



 男子生徒の相棒である女子生徒が魔法攻撃を仕掛ける。
 機敏に反応できずリキとシルビアはまともにくらう。が、次の攻撃は受けまいとリキが防御魔法をはった。
 斜め後ろにいるシルビアも攻撃を受けずにすむ。

 男子生徒が地に剣を刺す。と、そこからいばらが何本か生え、まるで生きもののように素早く動く。
 女子生徒の攻撃魔法に気を取られているうちに、前進した数本のいばらはリキとシルビアに巻きついた。

 近くにいたせいで一つに巻き縛られ、真っ正面に互いが存在する。いばらに包まれた二人は身じろぐがびくともしない。

「ごめん。ちょっとダメージ受けると思うけどーー《|炎の渦(ファイアスワール)》」

 自分らを炎で包み、いばらを燃やそうとする。動けない状態で相手の攻撃を受け続けるよりも、一度の魔法攻撃で解いた方が明らかに良い。
 思惑通りいばらは燃え、二人の拘束は解けた。




「リキちゃん強くてびっくりした。いばらに縛られた時なんか自らを炎で包むなんてことして。あの判断力、俺感嘆したよ」

 シルビアが絶賛を博す。
 口先だけではないとわかる輝々たる表情と饒舌な口ぶり。
 そんなに対したことをしていないと思うリキの横でシルビアだけが些細な興奮状態。

 戦闘(バトル)はシルビアとリキのペアが勝利した。
 シルビアは盾の防御を活かし徐々にダメージを与えていき。リキは攻撃魔法を使って女子生徒の魔法をできるだけ封じ、支援として防御魔法や回復魔法を駆使。

 演習だとしても負けるのはなんとなく悔しい。
 本番で戦闘が役に立つのだと知ってから本気でやるようになった。魔物相手に演習できないから頭脳のある人間相手に挑む。
 自分と同じ頭脳のある人間に勝つには策略と力が相手より長けていなければならない。実戦を重ね自分の実力を知り、向上していく。それが理想。

 最初は魔法とは無縁だと思っていた。
 回復魔法なんて使えないし攻撃魔法なんてもっと使える気がしなかった。
 でも魔法学園に入ることになって。
 きっかけが回復魔法を無意識に使ったところをサラビエル講師に見られたこと。

 初めに出会ったのが今傍にいるシルビア・シルフォン。
 回復魔法使える子を探していると言っていた。

「頑張ったんだね」

 その言葉にリキは微かに瞳孔を開く。
 全てが知られているような、包み込まれるようなそんな気分になったことに自分でも驚いた。
 魔法なんて使えなくて、なのにこんな所に連れてこられて。本当は不安で仕方がなかったのかもしれない。
 でも知っている人なんていなくて誰にも頼れない、って心にシールド張って、心細いとはける場がなかった。

 今になっては魔法も使えるようになり、フウコという友達や彼女の幼馴染であるライハルト、クラスメイトのファウンズやロキがいるので寂しくはない。
 それどころか魔物にどう対抗するか考え始めているところである。

 小さくて大きなところに気づけるシルビア・シルフォンはいい人なのだと思う。無意識に発言したとしても、自分にとって小さいことで相手にとって大きなことを口にできるのはすごい。

 魔法が使えるようになって、頑張ったねと褒めてくれる人はいなかった。学園に慣れてきたことに褒めてくれる人もいなかった。大人だからという理由もあるが。
 皆、普通にしてきたことだから。
 リキにとっての難問ーーそれを皆は成長するとともに解いてきた。空いている門をただ通ってきたようなものだ。それに追いつけるように成長を急ぐのは精神的にも疲れる。
 閉じている門は何度叩いても開きもしないし砕けもしない。門外で中のことを予測し勉強するだけ。
 それでも必要な情報は備わっている。
 こうして門内にいる人が接してくれるから。

「新たな召喚獣を感知したぴょん」

 シルビア・シルフォンは、些細なことだが大事なことに突き、自分でも知らなかった気持ちを気づかせてくれる、そんな人なのかもしれない。
 そう見做(みな)した途端、肩に乗っていたラピが急に喋り出した。
 何かを察したかのようにどこかを真っ直ぐ見て。そんなラピをシルビアも見つめている。

「リキ。召喚魔法を使うぴょん」
「え、こんなところで?」

 人影のある廊下である。すぐ傍にいるわけではないが迷惑にならないか。

「どこかいってもいいぴょん?」
「どこかって、召喚獣ってどこか行くの?」
「そんな現実味のある話はいいから早く召喚獣を喚びさましてあげるぴょん」

 現実味のある話かどうかはおいておくとして単なる脅しだったようだ。ラピにしては珍しい。
 ご主人様に対しては従順な兎の召喚獣ラピが、ご主人様であるリキに脅しをかけた。
 それほど急いでいるのだろう。

「召喚魔法ーー」

 念じ、出会ったことのない召喚獣を喚びさます。
 それは不思議と成功するものだ。
 地に現れた召喚獣はリキたちを見上げる。
 ラピの三、四倍ほどの大きさをもつ召喚獣は耳の生えた。

「猫……?」
「なにこれカワイイ」

 目をパチクリさせる猫に近づきしゃがみ込んだシルビアはその猫の頭を撫でる。大きな瞳が撫でる相手を探るように見つめている。
 兎の次は竜で今度は猫が召喚獣として現れた。身近なものからかけ離れたものへ、そしてまた身近なものへ。
 気を許せる者と判断したのか猫はシルビアの腕を飛び越え肩へと乗った。突然のことにシルビアは立ち上がり困ったかのように言う。それでも嬉しそうに。

「なんか慣れた?」

 可愛いものは目の保養になる。シルビアの両肩を使って立っている猫は軽量そうだ。
 黄色の毛並みで瞳は黄色がかった茶色。なんだかシルビアと同じ瞳に見える。

「気に入ったと言ってるんだぴょん」
「気持ちわかるの?」
「なんとなくぴょん」

(ああ、やっぱり)
 残念感と納得感。同じ召喚獣だとしても気持ちが伝わるわけがない。
 質問したリキ以外も思う。

「名前とかあるのかな」
「召喚された当初は皆名前がないぴょん」
「じゃあラッキーとかどう?」

 最初から考えていたのかシルビアが猫を見ながらに答える。
(ずいぶんと無難な名前ぴょんね)
 ラピの心情は大人だ。

「あ、でもやっぱりこれはリキちゃんが決めるべきかな。ほら、主(あるじ)だし」
「別にいいよ。その子もシルビアくんに名前決めてほしそうだから」

 そうかなとシルビアが猫を窺う。

「それならラッキーで決まり、っと」

 名前が決まった途端、シルビアの肩から飛び降りたラッキーがリキの目の前に座る。そして瞳を瞑り、微かに頭を下げた気がした。

「よろしくってことかな。ラッキー、これからよろしくね」

 普通の猫ではない行動に戸惑いつつも笑顔を向けた。
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