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魔法召いのブレェス

再会と召喚獣①

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 住民のいない見通しのいい野原で魔物撃滅は行われていた。
 出撃命令では魔物を消滅させることを目的としたものが大半である。その時近くに魔物に襲われている村を発見すればその体制で向かい迅速に対処する、考えられた効率のいい巡回法だ。

 疲労した者がいればリキは駆け寄ってその者の側で応戦を試みた。傷を治す役割である治癒隊はいるが体力を気にする者はいないのである。
 戦闘終わりに生徒を回復魔法で治癒させることが治癒隊の真の役割で、戦闘中に中に入って回復させることは自己の判断。魔物と戦っている際中に回復だけしかできない者が近くにきたら邪魔になるのは当然だ。治癒隊の四~五名の者もそういったことを考えて行動しなければいけない。
 その点、リキは回復魔法以外にも攻撃魔法や防御魔法も使えるから制限のない自由な行動ができる。それゆえ他の者のサポートにまわった。

 地に片足をつく男子生徒に駆け寄り様子を窺う。上下に肩を動かし乱れた呼吸をしている、ただ単に疲れているようだ。
 そんな彼を元気づけようとしたリキの身に、前から鋭い角の生えた牛のような魔物が凄まじい足音をたて突進した。
 交戦中の生徒の声、肉の塊を斬るような物音、破裂音のする魔法、武器使いの放つ銃声。何体もの魔物に対して不協和音が生じ、それに加え似たようないくつもの足音が地響きとなっていて迫る足音に気づかなかった。

「ーー前っ……」

 おもむろに顔を上げた男子生徒が驚愕の顔をし、薄い声を出す。
 リキが前を向いた時にはすでに目の前には魔物。至近距離での鋭い角と恐ろしい顔面の効果か、まるでスローモーションのように瞳に映る。
 時間が止まったかのような光景の中に映り込んだ誰か。左手にする盾で激突を防ぎ衝撃まで受け止めた。牛の突進にこうも重圧的に抑えにいくことができるのは防御に特化した者。
 その後ろ姿には見覚えがあった。
 金髪で華奢な作りをしたされどちゃんと筋肉も平均的に備わっており、ファウンズより少し低い身長。でも頼りになりそうな背中。

「リキちゃん、久しぶりだね」

 顔だけ向けた彼はやはり、シルビア・シルフォン。
 優しい音色の声。
 学園に入ったばかりのリキに初めて声をかけた生徒だ。
 そのときシルビアは回復魔法の相棒<パートナー>を求めていて、そのときのリキには魔法自体が使えなくて、その一度きり会うことも姿を目にすることもなかった。



 目的地まで着く間に気づかずにいたのはシルビアが最後尾についていて、リキがもうひとつの列の前列にいたから。
 最後尾にいたシルビアは暇そうにしつつも長髪の女の後ろ姿が目に入った。何か感じとるものがあったのか目を離さずにいると、獣の声が聞こえたのか遠方を見つめた彼女の横顔を見て胸の内に現れた。
 リキ・ユナテッド。
 名前しか知らなかった。
 一度対面したが顔と名前を一致させたきり。クラスもどこなのか知らず。それよりも学園に留まるのかどうかも知らなかった。

 魔法が使えないと言っていたリキ。それなら武器を選択することもできるが、細身で一見弱々しそうなリキには無理だと思った。
 だからもうこの学園にはいない……と。
 一度しか対話しなかったけど良い子だとなんとなく感じてた。ぎこちなくも言葉を返してくれて。初対面で初めての場所で環境が急に変わって怖かっただろうに。そんな彼女に回復魔法使えるんだよね、と詰め寄って困らせたのはシルビアなのだが。
 最初は警戒して恐る恐る目をやっていた感じで、でもすぐにちゃんと目を合わせてくれるようになって、真っ直ぐと見てくれた。



 出撃命令を受けた二人は役目を終え、学園へと戻ってきた。
 教室に移動するまでの間、リキはこれまでの経緯を話した。戦闘中に魔法が使えるようになったこと、友達もできてこの学園に慣れてきたこと。
 良かったね、とシルビアは暖かい眼差しで言った。

「ここにいるってわかったらなんか安心したな。リキちゃんがこの学園にいるんだって」

 クラスを案内したリキは、教室と廊下の境界線であるドアのところでシルビアを見上げる。
 その表情は本当に暖かみのあるもので、茶色を帯びた黄色の瞳を見つめていると暖色の効果か、不思議と心がぽかぽかと暖まるような気におちいる。
 心の暖かさが表面に溢れでているのだ。

「このキラキラしたやつは誰だぴょん」
「この小動物なにリキちゃん、どうして喋れるの、というよりいつからいたの」

 肩にいる兎という小動物にシルビアの目が釘付けになる。
 肩に乗っているということを珍妙に思っているわけではない。兎のその小ささと人と同じように喋ることを怪奇に思っているのだ。
 片手に乗れる大きさからすると明らか兎の子供だがそんなふうには見えない。声がしたのは気のせいか。
 いや、気のせいではない。

「私は召喚獣だぴょん」
「兎の召喚獣……」
「力を与えることができるぴょん」
「力……って、なんの?」
「私を傍においておけば必殺技を使えるようになるぴょん。それに炎属性が通常攻撃にプラスされるぴょん」

 シルビアはとりあえず、へえと納得をする。
 もう動物が喋るなんて驚いていられない。内心、兎と喋っていることにドキドキだが召喚獣とあればなんでもありなんだろう。
 召喚獣を間近に見たことのないシルビアにとって召喚獣と会話を交わす行為は初体験だった。

「これは俺のだから無理だけど。スイリュウってやつもファウンズについてる、水属性の召喚獣。俺より先に必殺技使いやがった」

 ムギュっと後ろから兎(ラピ)を鷲掴みにしたのは赤髪のロキ・ウォンズ。
 兎のラピは、何すんだぴょんと反抗したそうだがどうやら鷲掴みにされているせいで上手く抗えない様子。

 リキの召喚獣は今のところ、決まった相手にしかつかないという習性がある。だから決まった者にしか必殺技は使えないしプラス属性も付かない。
 つかれる条件つまり、力を与えてもらえる相手は召喚獣が好いた者に限られている。

 スイリュウに限ってはもうファウンズ・キルにぞっこんだ。ファウンズ以外につくのはありえないほどに慕っている。なぜそこまで好いているのか、纏う空気が似ているからとしか思いつかない。
 どちらも無口で感情のなさそうな瞳にはいつも別の何かが宿っている。それは凡人にはわからない何か。それに気づいて召喚獣スイリュウはつこうとしたのか。

 召喚した当初からスイリュウはファウンズの元に寄り、ドラゴンと戦う力となった。
 召喚される前から召喚獣は、どの人の力になりたいという思念があるのだろうか。

 ロキとラピについては相性が良いのか悪いのか、未だ不明。
 ラピの力がロキに与えられるということは良いのだろうが、必殺技を使えない点としてどこか悪いところがあるのだろう。
 必殺技を使うにはスイリュウとファウンズのように目に見えない何かで繋がっていなくてはいけないのか。空気の中に糸を存在させるように。

 ファウンズは必殺技を使うコツとして「一方的な思いは通じない」と言っていた。ロキにぎゃんぎゃん騒がれて仕方なく適当に発言したものかもしれないが、奥深さを感じる。
 一方的というのはロキが必殺技を使いたいという気持ちで、それに対してラピは全く興味がないということなのか。
 だとしたらラピがロキに必殺技を使わせたいと強く思った時に必殺技は発動する、ということになる。果たしてそんな日がくるのか。

「なんかよくわからないけど……」

 ラピから召喚獣の特性を聞きそれとなく理解しつつ、ロキから召喚獣の個個人の話をされ理解を深めたかと思いきや、そうではない。情報が交錯し頭がまわらなくなってしまった。
 それでもひとつだけ、わかることーーお願いしたいことがある。

「俺も召喚獣ほしい! リキちゃん、俺のもよければだして」

 段階なしに、縮めてくる。目をキラッキラッにして。断る余地が見つからない。
 出会った時からこうで一気に距離を縮めてきて、気づく前からすぐ目の前にいた。

 召喚獣から力を与えてもらうにはその召喚獣に好かれることとあともう一つ条件があった。ラピたち召喚獣の主人であるリキと相性度が一定値以上になること。一定以下では無理。
 召喚獣を喚び出した召喚師と召喚獣はどこかで気持ちが繋がっているのだ。
 シルビアとはもう一定値に達していてすでに達成済みだろう。
 一方通行ではだめ。両者ともに歩み寄っているような状態ではないと。

「こいつ誰。この図々しいやつ」

 初めて目にしたやつのくせに、とロキは不満げな顔をしていた。
 今更かと突っ込みたいところだが冷静なものいいに何も言えなくなる。
 癇に障るものの言い方をされているのにも関わらず、シルビアは顔色一つ変えず自己紹介する。
 ここは誰もが嫌な態度を仕返していい場面。それか弱々しい態度か。
 相手のこともわきまえず、自分中心に世界さえ回っているんだという偉そうな態度をとる者に気さくに応じるのは、人類の何万分の何人いるだろうか。

「俺はシルビア・シルフォン。よろしくね」
「僕はライハルト。よろしく」
「……って違うだろ、ここ俺が名乗るとこ」
「私はフウコよ。リキとはセットだから覚えておいて」
「いつからお前らいた」

 ロキはこういう性格だから仕方がない。
 シルビアは全くもって感じていないようだが、淀んだ空気を和ませようと呼ばれてもないのに間に入った二人。とてもさりげない自己紹介、まるで最初からそこにいたかのような錯覚を与えた。ロキは振り返り、半々呆れた様子で問う。
 すでに場になじんでいる感があってなんとも言えない。
 ライハルトとフウコ、この幼馴染セットは予想もしていない時に絡んでくる。特にライハルトの方はいきなりロキのことをモンキー呼ばわり。クラスが同じとはいえ会話を交わすこともそれほどなかったはずなのに。
 そういうところを考えてみれば、急に距離を縮めようとしてくるシルビアとライハルトたちは一緒だと思った。自分の好きな時に好きなように絡んできて仲を縮めてくる。でも一定の距離は保っていて嫌な感じだ。ようは自由気ままだということ。

「ロキくんが妬いているようなところ発見しておもしろそーって思って」
「誰が誰に妬いてるって? そういうノリの悪いジョークやめろよな」

 リキより身長の低いフウコを見下げる。
 わざとらしい言い方。顔を見なくてもわかる、からかっていると。
 それにいつもロキのことを〝ロキくん〟などと呼ばない。フウコは男女問わず誰だって呼び捨てにする。そういうところからして男勝りがにおう。茶色の短髪で少々荒っぽい陽気な喋り方。リキとは違う。違うから友達が成り立っているのか。
 じっと見つめて次の反応を待っていると、前置きもなく破顔した。
 
「にやっ」
「それやめろ。きもい」
 公共の場でさらすものじゃない。
「きもいはないんじゃないの? 友達にむかって」
「誰が友達だ」
「リキの友達は私の友達」

 冗談半分に言うフウコだが複雑な顔をして黙ったところを見ると、ロキはリキのことを友達だと認めているのか。リキの召喚獣に力を与えてもらっていて、頻繁に顔を合わせているのだから友達だと認めざるおえないが。
 そんな会話や今までの成り行きを見て、四人は友達なのだと確定した。

「なんだか面白いお友達だね。仲良くなれたらいいな」

 そうやって王子スマイルを浮かべる。
 どこをどう見たらそんな発言が出てくるのか。
 リキ相手にだけではないとわかったロキはあることが思いつく。
 天然の二文字。
 その確信は他の者たちにも一斉に広まった。
 常に穏やかな表情をしているシルビア。

(こんな愛嬌を振りまくる相手と仲良くなれないわけがない)
 と、フウコ。苦手なタイプではあるが、一種の奇人に見えたとしてもそれはロキと同じだから仕方がない。慣れが必要だ。慣れることには慣れている。
(仲良くなれなかったらこちらに非がありそうだな)
 と、冷静に分析するライハルト。単純に思ったことで、悪い意味ではない。
(あれだ、天然(バカ)だな)
 と、ロキ。この一言に限った。
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