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魔法召いのブレェス

「最低評価」③

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 時々、村を襲う魔物から村を守るため出撃命令を下される。ファウンズがそうだった。ただ単に魔物を駆除するため、前のように険しい箇所を探索しどこにどのような魔物がいるのか、土地などを調査するために指名されるのが大半。あとは生徒の実践を兼ねての魔物駆除。

 ロキによればランクーー演習試験時の力と協力性の評価が高い者ほど選ばれやすいというのだが、今回はその予想と異なった。生徒の中からサラビエル講師が指名したのはルーファースとリキと他、複数の生徒。
 ルーファースといえば最低評価の持ち主として噂が定着されている。力は別として、協力性が話にならないほどのものでとある事件を起こした。編入生であるリキは入りたてというわけではないが実践熟練度は未熟。
 そういった瑕疵(かし)があってか魔物相手に苦戦していた。



「なんでこの俺が……」

 自室のベッドに座るルーファースは屈辱の色を顔に浮かべている。

「油断してたからあんな傷を負ったんだと思います。一人で突っ込んでいくのは危険、そんなこと、考えずともわかることです」
「後方にいたお前がわかったような口聞くんじゃねえよ」
「援護役なので後ろにいました」

 ルーファースの前に立っているリキは浮かない顔をしていた。回復魔法しか使えないと思われていたからなのかサラビエル講師には「後方で傷ついた者を回復しろ」と指示を与えられ、言われた通りにしていたがおきた光景に大人しくしていられなかった。

 戦闘開始早々突出したルーファースは改善命令を下すサラビエル講師の声にさえ耳を貸さず一人で前へ突き進んだ。その罰が当たったのか飛鳥(ひちょう)の降下攻撃をくらったルーファースは一時的に麻痺で動けなくなり他の魔物の攻撃まで受けそうにーー。

 きっと戦うことに夢中になっていたのだろう。だから盲目的になって痛手を負った。

「心配しました」

 危険だとわかっていても傍に駆け寄って行った。サラビエル講師に止められはしたが、迷っている暇があれば多くの痛みを受ける前に救った方がいいと思ったから。
 傍に寄った時にはルーファースは何度か攻撃を受けていて複数の傷があり痛々しく、取り巻いていた魔物たちをラピの力をかりて炎の魔法で葬り去ってから回復を試みた。痛かったに違いない。血を流す傷を治すのは二度目、リキは一瞬動揺してしまった。

「別にお前に助けられなくても死にはしなかった」
「でも痛かったでしょうーー?」
「……馬鹿じゃねえの」

 身体的な痛さなんてどうでもいい。それよりもルーファースは助けられたという屈辱が身に沁みている。
 魔物の中に突っ込んでくるような真似をして駆け寄ってきた彼女は自分の身のことを考えていたのか。痛みを心配してくる限り頭の片隅にもなかっただろう。戦闘で攻撃をくらうのは当たり前のことだ。

「まじウザ。お前みたいなの初めてだわ」

 皮肉な言い草に心情を知ろうとルーファースのことを見つめる。俯いていて表情はわからないが少し怒っているような感じがし、部屋を後にしたほうがいいかと思ったが、ルーファースに手を引っ張られベッドに押し倒された。リキは驚きの色を示す。

「一緒にいるだけで虫唾が走る。調子乗ってんじゃねえぞ」

 掴まれている手首がぐっと握られる。相手の手も震えるほど力強く。

「俺に近づこうとするな」

 狂気に満ちたパープル色の瞳がリキの心奥を凍らせた。




 ……昨日までうまくいっていた、一体何がいけなかったんだろう、嫌味な発言をしてしまったのだろうか。
 リキはルーファースの部屋の前で微かに痛さを感じる左手を目の前にやる、袖に隠れそうになる手首には赤々としたもの。強く握られすぎてうっすら赤くなってしまったのだ。きっと時間が経てばもっと色が濃くなる。

 ルーファースとはあの日以来、戦闘演習で組み続けていて距離も縮まっているものだと思っていた。しかしそれはリキの勘違い。戦闘中の突飛な行動に耐え、少しでも団結力を良くしようとしていたのだが無意味なものになったのだろうか。これで演習試験を共に受けることは自然と破棄となるのかもしれない。

 望んでいない約束だった、それで良いはずなのに。
 なんだか、逃げている……そんな気持ちになる。

 ルーファースの狂気に満ちた目がちらつく。なぜあんなに態度が一変したのかわからない。わからないことだらけで自分が嫌になった。

 手首を押さえ扉の前にいるリキの元へひとつの姿。気配に気づき視線を上げてみればそこにいたのはファウンズ・キルーーどうかしたのかという目をしている。リキは情けない作り笑いを浮かべた。

「どうやら嫌われてしまったようです。何がいけなかったのかわからないんですが、ファウンズさんもそんな時ってありますか?」

 ファウンズは研ぎ澄まされた目で熟視する。答えはノー、あまり深く考えたことはないと。「そうですか……」と言承(ことう)けするリキは少々落ち込んでいるよう。

「あまり深く考える必要はーー」
「あまり深く考える必要はないぴょん!」

 ファウンズの言葉がラピの二倍の声量によって被覆(ひふく)される。

「ご主人様は何も悪いことはしていないぴょん、気負いすることないぴょん。演習中に武器を投げてきたり相棒であるご主人様にわざと攻撃をしかけてきたりする危険人物をリキは戦場で助けたぴょん。自分の身を案じることなく……だから、嫌われたなんて単なる思い違いぴょん」

 ーーあの危険人物がいけないんだぴょん。

 胸臆で消える声。リキが落ち込んだような時には励まそうとした、されどリキは「あっちが悪い」「こっちは悪くない」など区別をつけると複雑そうな顔をする。悟るようになったラピは言葉を選ぶようになったのだが中々難しく、自然と良いと思ったファウンズの台詞を復唱してしまったのだ。言ったことは全てラピの本心に違いない。

「ありがとう、ラピ」

 初めて想いが伝わった。リキの少し晴れた顔を見てラピは思う。

「ファウンズさんも」

 あの声は聞こえていた。ラピが復唱したことで存在がうっすら消えたと思われたもの。元気づけようとして口にした言葉ではないかもしれないが、それでも嬉しかった。それだから、なのかもしれない。
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