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元ワケあり令嬢と騎士
しおりを挟む「もちろんメルヒルは父に愛されなかった。それどころか弟を産むと決意した母でさえ、メルヒルに母として接することはしなかった。まるで赤の他人みたいに。それでも……」
本人さえ話さなかったこと。
「ごめんね、ってたまに母に言われていたメルヒルは、最初わからなそうにしてたけど、ある日から言われるたび哀しそうな顔をするようになった。たぶん、そのときからわかっていたんだと思う。自分は彼らの子供でいてはいけないと、彼らは自分のことを息子だと一切思っていないと」
こうしてエレノはぺらぺらと話しているわけだけど、私はそれを聞いて何を言うべきなのか。私はこれを聞いていていいのか。
「メルヒルは弟だから家を継ぐことはできない。だけど兄である僕が継ぐことができない状況であれば、弟が家を継ぐしかない。そうなれば父や母はメルヒルを頼りにするしかなくなる」
「だから貴方はそれを演じているの?」
「弟のためっていう理由だけじゃないよ。女性がこわくなってこうなったっていうのも事実。色々考えてこうするのが一番良いと思った」
女性が怖くなって女装するなんて笑える話だ。でもメルヒルが関わってくるとそうではなくなる。
エレノはたぶんきっと自分のためでもあると言いながらそれは口実で、弟のためにやってきていることだ。
でもそれは間違っている。
「ノノちゃん。考えてくれない? メルヒルの花嫁さんになってくれるの」
「ーーできません。私には、決めたことがあるんです。最近やっと、自分の幸せがなんなのか見つけられそうなんです。だから……ごめんなさい」
私にはユーリスがいる。婚約者なんて必要ない。傷を舐め合う存在なんて必要としていない。
「そっか。うん。そうだよね。君は、幸せがなんなのか見つけることさえ大変なんだ。僕が甘えてた、僕がなんとかしなければいけないんだ。ごめんね、関係ないのに」
エレノは呆気なく納得した。こんなにあっさり引き下がると思っていなかったため少し呆然とした。そして小さい怒りがやってくる。
「私にできることならやります。そうでなければ断ります。ただそれだけです」
関係ない。その言い方が、そう言われたことが癇に障った。
だったら最初から関係などなかった。
メルヒルが私を連れ去る行為をしてから関係は始まっていた。いやその前から少し繋がりはあった。それでも自身の心を砕いてまで一緒になるつもりはない。
「もう話は終わった?」
トントンっと控えめに扉をノックしてユーリスは姿を覗かせた。話を聞いていたのだろう。
私が最初に家に入ってユーリスは土地の広さなどを確認していたから、それが終わったということか。
それならもう今はここにいる必要はない。
「ユーリス、行くよ」
「いいよ。僕が出て行くから。ここは君たちの家だろう?」
一瞬、驚きはしもののエレノは自然とした振る舞いで扉の方へ来て私たちの間を通り過ぎ去ろうとする。
本当に彼は周りの状況を人の心を全て飲み込みそれを抱える人なのだろう。あまり関係のない人の意見も自身の主張を簡単になかったかのようにして。
その背中を見て心苦しくなった。
「私にできることはありますか?」
「だったら、もしメルヒルが君たちの側にいくことがあったとするなら快く迎え入れてほしい」
優しすぎるのはその人にとって大きな負担となる。
だから私は優しさなど必要ないと思った。それを持てる余裕などないと。
エレノの笑みがユーリスの笑みと重なって見えて、似た人なのかとユーリスも彼のように負担をおっているのだと考えさせられた。
私は少しでもユーリスに優しくしなければいけない。
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