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海賊は囚われのお姫様をご要望
23.蘇りし記憶
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『じゃあ、今ここで死んどくか』
母に近寄った男の右手にはナイフをが握られていた。そのナイフは何の躊躇いもなく母の体に突き刺された。表現できない鈍い音が響き渡る。現実として受け止められない光景が目の前でおこった。
赤い血が、鋭く光る刃物。
薄暗い小さな所から見ていた幼きユリウスは声をなくした。声にならない悲鳴をあげそうだった。
膝から崩れ落ち、腹部を押さえる手からは赤い液体がポタポタと。何事もなかったかのように立ち去る男たちは何がしたかったのか、本当にわけがわからなかった。
声を漏らせまいと口を覆っていた両手がぶるぶると震える。
ーーバタン
ドアの閉まった音。
海賊たちはもういなくなった。
『お母さまっ』
小さな空間から抜け出し、すぐに母の元へ駆け寄る。母の息はまだあった。よかったと思った。
でもそれは、短く、儚き刻。
『お母さま……』
『ユリウス』
心配して掛けた声は、仰向けに倒れている母の声によって遮られた。それは弱々しく、いつもの母と違う。
『ごめんなさいね』
謝られた意味が分からなかった。どうして謝るの? ユリウスの頭の中は疑問符だらけだった。
『お外にもあまり連れて行ってあげられなくて、いつもお城の中で、退屈だったでしょ』
(ーーううん。お母さまがいればお城の中でも楽しいよ)
涙に耐えることに必死で、伝えたいことが声にならず、その代わりにと首を横に何度も振った。どうかこの気持ちがお母さまに伝わりますようにと。
『ごめんなさいね』
(ーー謝らないで、謝らないでよ。お母さまは私を想ってくれた、大事に想ってくれた。それだけで、それだけで十分だよ)
『本当はもっとお外に連れて行って、綺麗な景色とか海を見せてやりたかったんだけど……』
海は見たことがなかった。ただ母に、海の水はしょっぱいとだけ教えてもらっていた記憶があった。
ーーもう無理ね
そう、悲しそうな声で母は告げる。
何が、無理なの?ねえ、何が無理なの?
問いかけを忘れるくらいに、静かにまつ毛を伏せた母はまるで人形のように美しかった。
『ユリウス、大きくなったらあの空へ飛びなさい。あの自由な空へ』
愛おしそうに頬に右手が添えられる。その暖かい瞳と柔らかい表情に迎えられていた。
『お母さま、それってどういう……』
どういう意味ですか? そう訊き終える前に、左頬に添えていた母の手は離された。スっと刹那の如く。
『お母さま……お母さまっ』
母との数回目の外出。二人で普通に楽しみたいからと騎士を付けずに外出した結果が、これだ。
(ーーいや……いやっ……)
息を引き取った。そんなこと、いくら子供のユリウスにでも分かった。だから生き返ってくれないか、また暖かい微笑みをくれないか、そんな叶いもしない望みをしながら母のことを時間も忘れ呆然と見つめていた。お母さま、と無我夢中で呼んだ。
それでも母は動かなかった。機械のように再起動するなんてことはなかった。
(もっと伝えたいことあるんだよ。もっと話したいことあるんだよ。
もっと一緒に同じことして同じ感情を感じたいよ)
それでも、一番の本音は。
もっと必要とされたい、だった。
相手に必要とされ、相手を必要とする。それによって居場所ができ、お互いが共存する。母の死を目の前にした幼きユリウスは、どこかでそう歪んだ思想を持った。だから母の死は自分の死をも意味するものだった。母意外に自分を想う人間がいないと孤立していたユリウスは、これを機に、生の意味を知ろうとする心を無くした。
幼き頃の記憶。
思い出してしまった。
瞳を開ければ涙がそのままベッドに流れる。
母は不慮の事故なんかで死んでいない。殺されたんだ、海賊に。
(目の前で母が殺されるところを私は見た)
ユリウスだけは何としても守ろうとした母の咄嗟な行動。
見つらないような場所に隠されたユリウスは、自分だけが囮になろうという母の想いも知らずにその姿を、安全な場所から眺めていた。
逃げも隠れもせず、海賊たちに屈することなく堂々とする母の姿をただただ眺め、男たちの一つ一つの言動に怯えていた。
全て母に向けられているものだとわかっていたが、それでも怖かった。
何もできない。そう思う以上に、早くこの現状が過ぎ去ればと思っていた。心配はしていたが、まさか母が殺されるなどと思いもしていなかった。
母の死を前に、涙がボロボロと溢れ出た。
ーーああ……お母さまは亡くなってしまった。私のことをわかってくれる人はもう誰もいなくなってしまった。そして、親と呼べる者も。
現実を受け止めると、喪失感さえ生まれた。
(お父さまが断固として私を外に出そうとしなかった理由。それは私もお母さまのようにならないためだったんだ)
今更ながら、父の思いを知る。
***
「ユリウスー」
ばたばたと聞こえてくる足音。
甲板に佇む彼女の元へ駆け寄ると、ナギはわざと明るい声を出す。
「早くいこ。みんな待ってるよ」
ミサトに断って昼食を外したユリウス。何があったのか、ナギは知らずに食事をとっていたが、緊迫としたどこか陰気な空気は感じていた。だからこそ、食事が終わり次第ユリウスのそばにいたと思われるトーマに聞いたが、苦痛に顔を歪ませた彼は何も口にせずに立ち去った。
「ええ、今行くわ」
なぜだかお城にいるときの言葉使いが口をついて出る。
ずっと、普通にと思って接してきたのに。できるだけ普通に飾り気のない態度をと思って、ちゃんと自分をつくりだしたはずなのに。
ばちっと合う瞳。彼は目を丸くしたまま、まじまじと見つめてくる。
敬語で答えたことがそんなにおかしかっただろうか。お城ではこれが当たり前なのだけれど。
何がおもしろくて表情が緩むのか、心の中でふっと息をつく。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
答えた瞬間、先ほど思い出したものがフラッシュバックする。
あの時、小さな空間から見えていた海賊たち。その他に、なぜか自分と同じくらいの子供がいたような気がする。これは気のせいか。
考え込むような顔をするユリウスを、心配そうな眼差しで見つめるナギ。
「……」
トーマたちに何があったのか皆は知っていたようで、レイに聞くとすぐにそれはわかった。
お前はこいつ(ユリウス)と船に戻ってろ、とゼクスに言われ早々に言うことを聞いたため現場は見れなかったが、トーマが人を刺したと。原因はわからないけど、ナイフで人を傷つけたと。
トーマが人を殺した。
信じられなかった。
あの温厚なトーマが。
口は悪いけど、態度こそ大きいけど不良っぽいけど、何よりそんなことはしそうになかったから。したくないと思っているような人間に見えていたから。
ユリウスはどう思っているだろう。と、目の前にいる彼女を見ては、知らないフリをするナギは複雑な顔をする。
◇
薄暗い甲板には二人の姿。
夕食後を終え、トーマはユリウスを呼び止めた。話がある、と。
「あいつ、まだ息してた」
気まずさに顔を伏せたまま、気まずそうに話をする。
「だから死なないうちにレイたちに手当てしてもらった」
トーマにナイフで刺された男は死んではいなかった。レイが息を確かめた時、男の息はまだあった。何とか早急に処置をとり、男は命を取り留めたのだ。
一通り話を聞いててっきりトーマが人を殺したと思ったナギは、それを報告された時、曇っていた表情が晴れた。人を傷つけてしまったという事実はなくならないが、人を殺したという異事は消えたから。
「……うん」
どうしてあんなことをしたのか問うことなく、ユリウスはただ聞き入れる。
どちらも合わせる顔がないのか、顔を伏せたまま淡々と。
「トーマが人を殺しちゃったんじゃないかって、怖かった」
「ごめん。……でも、海賊は皆そんなもんだから」
「トーマは違うよ」
意外にも凛とした声に動揺を隠せない。
「普通の海賊が、人の命を簡単に手にかけるような人たちなら、トーマたちは違う。優しくて、いい人」
ナギは初対面の自分にも優しいしてくれた。ミサトだって、何もできずにいる自分を丁寧に扱ってくれた。イヴァンもレイも。ゼクスはーー……ゼクスも、助けてくれた。
「特にトーマはこんな私を助けてくれた命の恩人だから」
「……」
いつもと違う笑み。弱々しく、今にも消えてしまいそうな笑み。なぜかは知らないが、心がぎゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
「もう、誰かを傷つけないで。勝手で不躾なお願いかもしれないけど、自分の身や皆を守る時以外、あんな必要以上に誰かを傷つけないで」
ユリウスから発さられる言葉一つ一つが胸に沁みる。今の彼には突き刺さるような言葉。だが、自分以上に苦しそうな顔をしているユリウスが、想って言ってくれているということぐらいわかる。それと別の理由も含めて。
「あの海賊にも家族はきっといるはずだから、想われていない人なんていないから。必要以上に傷つければトーマの心も傷つくから」
いつもより心をさらけ出している。どうしてなのか、トーマは考えもしなかった。
「だから、もうーー」
震える声。ぼやける景色。
(誰かが傷ついているのを見ると、お母さまの事を思い出す)
もう実際に思い出してしまったのだが、あの光景を思い出すたび、心が痛んだ。
傷つく人は必ずいる。だから本当に。
『誰かを殺そうとしないで』
か細く口にすれば、涙がこぼれた。運悪く母の死に際を思い出してしまったから、醜態を晒うことに繋がった。
だがどうしようもない。涙の止め方がわからないのだから。ずっと、あの日以来涙を流したことがなかったから。ずっと、あの日以来時間が止まっていたかのような生活が送られてきたから。
記憶をなくしてから今日まで、別の時間を過ごしてきた。だが今日からは、針の止まった時計へと戻る。
「ユリウス……」
まるで過去で止まっていた時計の針が動き出すように、涙が溢れ出てくる。
止めようとしても止まらない。
「ごめん」
自分の涙に戸惑っているようなユリウスを抱きしめては、ごめんな、と何度も謝った。
母に近寄った男の右手にはナイフをが握られていた。そのナイフは何の躊躇いもなく母の体に突き刺された。表現できない鈍い音が響き渡る。現実として受け止められない光景が目の前でおこった。
赤い血が、鋭く光る刃物。
薄暗い小さな所から見ていた幼きユリウスは声をなくした。声にならない悲鳴をあげそうだった。
膝から崩れ落ち、腹部を押さえる手からは赤い液体がポタポタと。何事もなかったかのように立ち去る男たちは何がしたかったのか、本当にわけがわからなかった。
声を漏らせまいと口を覆っていた両手がぶるぶると震える。
ーーバタン
ドアの閉まった音。
海賊たちはもういなくなった。
『お母さまっ』
小さな空間から抜け出し、すぐに母の元へ駆け寄る。母の息はまだあった。よかったと思った。
でもそれは、短く、儚き刻。
『お母さま……』
『ユリウス』
心配して掛けた声は、仰向けに倒れている母の声によって遮られた。それは弱々しく、いつもの母と違う。
『ごめんなさいね』
謝られた意味が分からなかった。どうして謝るの? ユリウスの頭の中は疑問符だらけだった。
『お外にもあまり連れて行ってあげられなくて、いつもお城の中で、退屈だったでしょ』
(ーーううん。お母さまがいればお城の中でも楽しいよ)
涙に耐えることに必死で、伝えたいことが声にならず、その代わりにと首を横に何度も振った。どうかこの気持ちがお母さまに伝わりますようにと。
『ごめんなさいね』
(ーー謝らないで、謝らないでよ。お母さまは私を想ってくれた、大事に想ってくれた。それだけで、それだけで十分だよ)
『本当はもっとお外に連れて行って、綺麗な景色とか海を見せてやりたかったんだけど……』
海は見たことがなかった。ただ母に、海の水はしょっぱいとだけ教えてもらっていた記憶があった。
ーーもう無理ね
そう、悲しそうな声で母は告げる。
何が、無理なの?ねえ、何が無理なの?
問いかけを忘れるくらいに、静かにまつ毛を伏せた母はまるで人形のように美しかった。
『ユリウス、大きくなったらあの空へ飛びなさい。あの自由な空へ』
愛おしそうに頬に右手が添えられる。その暖かい瞳と柔らかい表情に迎えられていた。
『お母さま、それってどういう……』
どういう意味ですか? そう訊き終える前に、左頬に添えていた母の手は離された。スっと刹那の如く。
『お母さま……お母さまっ』
母との数回目の外出。二人で普通に楽しみたいからと騎士を付けずに外出した結果が、これだ。
(ーーいや……いやっ……)
息を引き取った。そんなこと、いくら子供のユリウスにでも分かった。だから生き返ってくれないか、また暖かい微笑みをくれないか、そんな叶いもしない望みをしながら母のことを時間も忘れ呆然と見つめていた。お母さま、と無我夢中で呼んだ。
それでも母は動かなかった。機械のように再起動するなんてことはなかった。
(もっと伝えたいことあるんだよ。もっと話したいことあるんだよ。
もっと一緒に同じことして同じ感情を感じたいよ)
それでも、一番の本音は。
もっと必要とされたい、だった。
相手に必要とされ、相手を必要とする。それによって居場所ができ、お互いが共存する。母の死を目の前にした幼きユリウスは、どこかでそう歪んだ思想を持った。だから母の死は自分の死をも意味するものだった。母意外に自分を想う人間がいないと孤立していたユリウスは、これを機に、生の意味を知ろうとする心を無くした。
幼き頃の記憶。
思い出してしまった。
瞳を開ければ涙がそのままベッドに流れる。
母は不慮の事故なんかで死んでいない。殺されたんだ、海賊に。
(目の前で母が殺されるところを私は見た)
ユリウスだけは何としても守ろうとした母の咄嗟な行動。
見つらないような場所に隠されたユリウスは、自分だけが囮になろうという母の想いも知らずにその姿を、安全な場所から眺めていた。
逃げも隠れもせず、海賊たちに屈することなく堂々とする母の姿をただただ眺め、男たちの一つ一つの言動に怯えていた。
全て母に向けられているものだとわかっていたが、それでも怖かった。
何もできない。そう思う以上に、早くこの現状が過ぎ去ればと思っていた。心配はしていたが、まさか母が殺されるなどと思いもしていなかった。
母の死を前に、涙がボロボロと溢れ出た。
ーーああ……お母さまは亡くなってしまった。私のことをわかってくれる人はもう誰もいなくなってしまった。そして、親と呼べる者も。
現実を受け止めると、喪失感さえ生まれた。
(お父さまが断固として私を外に出そうとしなかった理由。それは私もお母さまのようにならないためだったんだ)
今更ながら、父の思いを知る。
***
「ユリウスー」
ばたばたと聞こえてくる足音。
甲板に佇む彼女の元へ駆け寄ると、ナギはわざと明るい声を出す。
「早くいこ。みんな待ってるよ」
ミサトに断って昼食を外したユリウス。何があったのか、ナギは知らずに食事をとっていたが、緊迫としたどこか陰気な空気は感じていた。だからこそ、食事が終わり次第ユリウスのそばにいたと思われるトーマに聞いたが、苦痛に顔を歪ませた彼は何も口にせずに立ち去った。
「ええ、今行くわ」
なぜだかお城にいるときの言葉使いが口をついて出る。
ずっと、普通にと思って接してきたのに。できるだけ普通に飾り気のない態度をと思って、ちゃんと自分をつくりだしたはずなのに。
ばちっと合う瞳。彼は目を丸くしたまま、まじまじと見つめてくる。
敬語で答えたことがそんなにおかしかっただろうか。お城ではこれが当たり前なのだけれど。
何がおもしろくて表情が緩むのか、心の中でふっと息をつく。
「どうしたの?」
「何でもないよ」
答えた瞬間、先ほど思い出したものがフラッシュバックする。
あの時、小さな空間から見えていた海賊たち。その他に、なぜか自分と同じくらいの子供がいたような気がする。これは気のせいか。
考え込むような顔をするユリウスを、心配そうな眼差しで見つめるナギ。
「……」
トーマたちに何があったのか皆は知っていたようで、レイに聞くとすぐにそれはわかった。
お前はこいつ(ユリウス)と船に戻ってろ、とゼクスに言われ早々に言うことを聞いたため現場は見れなかったが、トーマが人を刺したと。原因はわからないけど、ナイフで人を傷つけたと。
トーマが人を殺した。
信じられなかった。
あの温厚なトーマが。
口は悪いけど、態度こそ大きいけど不良っぽいけど、何よりそんなことはしそうになかったから。したくないと思っているような人間に見えていたから。
ユリウスはどう思っているだろう。と、目の前にいる彼女を見ては、知らないフリをするナギは複雑な顔をする。
◇
薄暗い甲板には二人の姿。
夕食後を終え、トーマはユリウスを呼び止めた。話がある、と。
「あいつ、まだ息してた」
気まずさに顔を伏せたまま、気まずそうに話をする。
「だから死なないうちにレイたちに手当てしてもらった」
トーマにナイフで刺された男は死んではいなかった。レイが息を確かめた時、男の息はまだあった。何とか早急に処置をとり、男は命を取り留めたのだ。
一通り話を聞いててっきりトーマが人を殺したと思ったナギは、それを報告された時、曇っていた表情が晴れた。人を傷つけてしまったという事実はなくならないが、人を殺したという異事は消えたから。
「……うん」
どうしてあんなことをしたのか問うことなく、ユリウスはただ聞き入れる。
どちらも合わせる顔がないのか、顔を伏せたまま淡々と。
「トーマが人を殺しちゃったんじゃないかって、怖かった」
「ごめん。……でも、海賊は皆そんなもんだから」
「トーマは違うよ」
意外にも凛とした声に動揺を隠せない。
「普通の海賊が、人の命を簡単に手にかけるような人たちなら、トーマたちは違う。優しくて、いい人」
ナギは初対面の自分にも優しいしてくれた。ミサトだって、何もできずにいる自分を丁寧に扱ってくれた。イヴァンもレイも。ゼクスはーー……ゼクスも、助けてくれた。
「特にトーマはこんな私を助けてくれた命の恩人だから」
「……」
いつもと違う笑み。弱々しく、今にも消えてしまいそうな笑み。なぜかは知らないが、心がぎゅっと締め付けられるような感覚に陥る。
「もう、誰かを傷つけないで。勝手で不躾なお願いかもしれないけど、自分の身や皆を守る時以外、あんな必要以上に誰かを傷つけないで」
ユリウスから発さられる言葉一つ一つが胸に沁みる。今の彼には突き刺さるような言葉。だが、自分以上に苦しそうな顔をしているユリウスが、想って言ってくれているということぐらいわかる。それと別の理由も含めて。
「あの海賊にも家族はきっといるはずだから、想われていない人なんていないから。必要以上に傷つければトーマの心も傷つくから」
いつもより心をさらけ出している。どうしてなのか、トーマは考えもしなかった。
「だから、もうーー」
震える声。ぼやける景色。
(誰かが傷ついているのを見ると、お母さまの事を思い出す)
もう実際に思い出してしまったのだが、あの光景を思い出すたび、心が痛んだ。
傷つく人は必ずいる。だから本当に。
『誰かを殺そうとしないで』
か細く口にすれば、涙がこぼれた。運悪く母の死に際を思い出してしまったから、醜態を晒うことに繋がった。
だがどうしようもない。涙の止め方がわからないのだから。ずっと、あの日以来涙を流したことがなかったから。ずっと、あの日以来時間が止まっていたかのような生活が送られてきたから。
記憶をなくしてから今日まで、別の時間を過ごしてきた。だが今日からは、針の止まった時計へと戻る。
「ユリウス……」
まるで過去で止まっていた時計の針が動き出すように、涙が溢れ出てくる。
止めようとしても止まらない。
「ごめん」
自分の涙に戸惑っているようなユリウスを抱きしめては、ごめんな、と何度も謝った。
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