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しおりを挟む 少しは期待していた。
勇者なのだから言葉に力があるのではないかと。
カランカランと音をたてて剣が落ちていくことを想像した。
けれど襲う沈黙。
何言ってんだ。集まる視線がそう言っているような気がしていたたまれなくなる。
凍りつきそうになったとき誰かがカノンの手を引いた。
振り返ると同時にぐいっと引っ張られ、意思もなく足が動く。
手首を掴んでいる腕をたどって見上げると映る黒髪。その後ろ姿に見覚えがある。
「スウェン、ちょっとなに」
「馬鹿みたいなのはお前だ。そんな煽らせるようなこと言って自分の正体も明かして、ただですまされると思っているのか?」
馬鹿みたいに剣振って倒すのは魔物だけでいい、とは確かに言ったが、それをとって馬鹿扱いされる筋合いはない。
「でもこのままじゃ……戦いが繰り返される。スウェンだって一緒に戦いを終わらせてくれるって言ったじゃない」
「戦いは終わらない。終わるわけないだろ……?」
ぴきっと何かが亀裂するような音がカノンの脳で鳴った。
「ばっかなのはスウェンじゃない! 戦いを終わらせたいとか思ってるくせにそうやって終わるわけないって戦いに賛同して。そんなの終わるわけないでしょ!」
力強く掴むスウェンの手をカノンは振り払おうとしながら、狂ったように叫ぶ。
「ばか! 馬鹿スウェン。……ばかばっかり。……私もバカみたい。知らない世界、一人で真面目に変えようとして」
……もういっそのこと消えてしまいたい。
その言葉通り疲れたように俯く。
「逆に勇者がさ、いなくなったら平和になるってことはないのかな?」
震える声。
スウェンはどんなことを思うだろうか。
「勇者を公開処刑にしてさ、もう平和になりましょう戦いはやめましょうって宗教的なの行って。そこまでやっても無理かな? 勇者ってそんなに大きい存在じゃないのかな?」
止めて、くれるだろうか。
愛想尽かして「勝手にしろ」とスウェンなら言うだろうか。
「あ、そっか。私女だから勇者として機能してないんだ。じゃあ私何のためにここにいるんだろう?」
自嘲の笑いを浮かべた。ははっと偽りの笑い声。
「戦いは終わらない。そうだよね、だってーー」
そう言ってカノンは顔を上げる。
「私みたいに泣いている人がいんないんだもん。皆、スウェンみたいに怒ったような顔してるんだもん」
なぜか涙が出た。そんな自分に驚きながらあることを思い出す。
『勇者は異世界の者。ーー異世界の者を殺しては災いが起こる。ーー異世界の者の涙は破滅を招く」
後者が本当ならもうこの世界は終わっているのではないか。
終わっていないどころか何も変哲もない。勇者なんてものは何も力がないものなんだと思い知る。
「カノン……」
ぼやけた視界に映るスウェンはとても苦しそうな顔をしているように見えた。
破滅を招くって、涙を見た者の心臓を止めるなんてものなんじゃないか。一瞬そう焦ったが、伸びてくる手が自分を労ろうとしているものに見えて、余裕があるところを見るとそんなんじゃないんだと安心して、拒絶するように再び俯く。
「こんなに寂しくて怖い思いして、私は一体何のためにいるんだろう。私、一度死んでるみたいなんだ。今まで忘れてたけど現実世界では猫として生まれ変わる予定だった。飼い猫として主人にとびっきり可愛がられて主人の家族にも可愛がられて、人間の子供とは一緒の立場で遊ぶのが夢だった。……少しくらい幸せになりたかった」
現実世界のカノンは、事故にあってから体が弱くなってそれからずっと病院にいた。
病院に週に何度も来てくれる両親たちはいつも変わらず笑顔だった。何ヶ月も続いてさすがに疲れが出ているのは顔色を伺ってわかった。
動けない。何もできない。そんな自分を大事にするのは何でだろう。意味なんてあるんだろうか。
おかしなことを考え、自分の瞳から光がなくなっていくのがわかった。
ある日、セーラー服に着替えて一人で外に出た。看護師には嘘をついて外出届けを出してある、両親が待っていると言って。
炎天下だった。行くあてもなくただ歩いて歩いて、喉が渇いて見つけた公園で水でも飲もうとした。けれど水道にたどり着く前に心臓発作を起こしてそのまま。
熱いアスファルト。ああ死ぬんだって思った。
猫ならいるだけで周りを幸せにできる。喋らずともそこにいるだけで必要とされる。そんな猫になりたいと願った。
「現実世界で生まれ変わる前にこうやって召喚されて意味も無く散っていく。私が私として生き返った意味がなかったことは残念だな」
諦めたようにカノンは呟く。
スウェンを視界に入れず味方陣の方へ行けば、迷わず馬の横へ行き乗っている男に「退いて」と言う。
たじろいでいる男に「勇者の言うことが聞けない?」と畳み掛けると静かに退いてくれた。
馬に乗る訓練は王国で受けた。乗って走らせることくらいはできる。
「どこに行く」
「追いかけてこないで!」
手綱を大きく振って走られた。
自分の命でこの戦いをやめさせる、やめさせてみせる。
スウェンの呼び止める声なんか聞かずにカノンは敵陣へ突っ走った。
勇者なのだから言葉に力があるのではないかと。
カランカランと音をたてて剣が落ちていくことを想像した。
けれど襲う沈黙。
何言ってんだ。集まる視線がそう言っているような気がしていたたまれなくなる。
凍りつきそうになったとき誰かがカノンの手を引いた。
振り返ると同時にぐいっと引っ張られ、意思もなく足が動く。
手首を掴んでいる腕をたどって見上げると映る黒髪。その後ろ姿に見覚えがある。
「スウェン、ちょっとなに」
「馬鹿みたいなのはお前だ。そんな煽らせるようなこと言って自分の正体も明かして、ただですまされると思っているのか?」
馬鹿みたいに剣振って倒すのは魔物だけでいい、とは確かに言ったが、それをとって馬鹿扱いされる筋合いはない。
「でもこのままじゃ……戦いが繰り返される。スウェンだって一緒に戦いを終わらせてくれるって言ったじゃない」
「戦いは終わらない。終わるわけないだろ……?」
ぴきっと何かが亀裂するような音がカノンの脳で鳴った。
「ばっかなのはスウェンじゃない! 戦いを終わらせたいとか思ってるくせにそうやって終わるわけないって戦いに賛同して。そんなの終わるわけないでしょ!」
力強く掴むスウェンの手をカノンは振り払おうとしながら、狂ったように叫ぶ。
「ばか! 馬鹿スウェン。……ばかばっかり。……私もバカみたい。知らない世界、一人で真面目に変えようとして」
……もういっそのこと消えてしまいたい。
その言葉通り疲れたように俯く。
「逆に勇者がさ、いなくなったら平和になるってことはないのかな?」
震える声。
スウェンはどんなことを思うだろうか。
「勇者を公開処刑にしてさ、もう平和になりましょう戦いはやめましょうって宗教的なの行って。そこまでやっても無理かな? 勇者ってそんなに大きい存在じゃないのかな?」
止めて、くれるだろうか。
愛想尽かして「勝手にしろ」とスウェンなら言うだろうか。
「あ、そっか。私女だから勇者として機能してないんだ。じゃあ私何のためにここにいるんだろう?」
自嘲の笑いを浮かべた。ははっと偽りの笑い声。
「戦いは終わらない。そうだよね、だってーー」
そう言ってカノンは顔を上げる。
「私みたいに泣いている人がいんないんだもん。皆、スウェンみたいに怒ったような顔してるんだもん」
なぜか涙が出た。そんな自分に驚きながらあることを思い出す。
『勇者は異世界の者。ーー異世界の者を殺しては災いが起こる。ーー異世界の者の涙は破滅を招く」
後者が本当ならもうこの世界は終わっているのではないか。
終わっていないどころか何も変哲もない。勇者なんてものは何も力がないものなんだと思い知る。
「カノン……」
ぼやけた視界に映るスウェンはとても苦しそうな顔をしているように見えた。
破滅を招くって、涙を見た者の心臓を止めるなんてものなんじゃないか。一瞬そう焦ったが、伸びてくる手が自分を労ろうとしているものに見えて、余裕があるところを見るとそんなんじゃないんだと安心して、拒絶するように再び俯く。
「こんなに寂しくて怖い思いして、私は一体何のためにいるんだろう。私、一度死んでるみたいなんだ。今まで忘れてたけど現実世界では猫として生まれ変わる予定だった。飼い猫として主人にとびっきり可愛がられて主人の家族にも可愛がられて、人間の子供とは一緒の立場で遊ぶのが夢だった。……少しくらい幸せになりたかった」
現実世界のカノンは、事故にあってから体が弱くなってそれからずっと病院にいた。
病院に週に何度も来てくれる両親たちはいつも変わらず笑顔だった。何ヶ月も続いてさすがに疲れが出ているのは顔色を伺ってわかった。
動けない。何もできない。そんな自分を大事にするのは何でだろう。意味なんてあるんだろうか。
おかしなことを考え、自分の瞳から光がなくなっていくのがわかった。
ある日、セーラー服に着替えて一人で外に出た。看護師には嘘をついて外出届けを出してある、両親が待っていると言って。
炎天下だった。行くあてもなくただ歩いて歩いて、喉が渇いて見つけた公園で水でも飲もうとした。けれど水道にたどり着く前に心臓発作を起こしてそのまま。
熱いアスファルト。ああ死ぬんだって思った。
猫ならいるだけで周りを幸せにできる。喋らずともそこにいるだけで必要とされる。そんな猫になりたいと願った。
「現実世界で生まれ変わる前にこうやって召喚されて意味も無く散っていく。私が私として生き返った意味がなかったことは残念だな」
諦めたようにカノンは呟く。
スウェンを視界に入れず味方陣の方へ行けば、迷わず馬の横へ行き乗っている男に「退いて」と言う。
たじろいでいる男に「勇者の言うことが聞けない?」と畳み掛けると静かに退いてくれた。
馬に乗る訓練は王国で受けた。乗って走らせることくらいはできる。
「どこに行く」
「追いかけてこないで!」
手綱を大きく振って走られた。
自分の命でこの戦いをやめさせる、やめさせてみせる。
スウェンの呼び止める声なんか聞かずにカノンは敵陣へ突っ走った。
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