幸せな脇役

文月ゆうり

文字の大きさ
上 下
3 / 14

第三話 お嬢様のおもてなし

しおりを挟む
 波乱に満ちた同居生活が、幕を上げた。
 自分なりのおもてなしをすると宣言したお嬢様は何を思ってか、手伝いの村の人達を皆帰してしまった。
 私達と特務騎士達以外誰も居ないお屋敷で、既に用意されていた夕食を静かに食し。夜が明け、今に至る。
 私は、朝起きると直ぐに庭に出て、庭にある花壇の手入れをしている。日課である。
「……」
 しかし、今日はいつもと少し違う。
 クリフ様だ。クリフ様が、花壇の手入れを手伝って下さっている。
 私が雑草を引っこ抜いていると、無言で近付いてきて、そのまま私と同じように雑草を抜き始めたのだ。
「手伝ってくださるのですか?」
 と尋ねれば。
「ジーン様が、同年同士、仲良くしろと、命令した、から」
 という答えが返ってきた。
 確かに昨晩。静かな夕食のあと、ジーン様が私とクリフ様に向けて話しを振られた。
「貴方達は、歳も同じですし。仲良くしてくださいね」と。
 そうか。クリフ様にしてみたら、あれは命令になるのかと、私は驚いた。そして、律儀に守るクリフ様は案外素直な方なのかもしれないと思った。
「あっ、その草は薬草なので抜かないでください」
「分かった」
 と、割りと無音が多い中、私達は静かな時間を過ごしていた。
 しかし、そんな時間は長くは続かなかった。
「う、わああああ……っ!」
 という、男性の悲鳴がしたのだ。直後に、ドッタンという重い音もした。
 何事かと、私は立ち上がったが。クリフ様は、草を抜きながら動じた様子もなく、ポツリと呟かれた。
「多分、ジャスティ様の、悲鳴」
「た、大変じゃないですか!」
 ジャスティ様は、大事なお客様だ。そんな方に何かあれば大変だ!
 あわあわと、慌てふためく私をクリフ様は不思議そうに見ている。貴方は何で、そんなに落ち着いてられるんですか。
「ジャスティは、強い方ですから大丈夫ですよ」
 後方から、穏やかな声がした。ジーン様だ。
「お、おはようございま、す……?」
 私は慌てて、朝の挨拶を口にしたのだけれど、途中で疑問符が付いてしまった。
 だ、だって!
 振り向いた先のジーン様の姿が!
 ピンクのエプロンと同色のほっかむりを装着してて、箒と塵取りを装備していたのだもの! 驚きすぎて、一瞬お似合いですよと口走りそうになってしまった。
「ど、うしたのですか。その格好は……」
「似合って、ます」
 クリフ様が言っちゃった!
「ふふ、ありがとうございます」
 ジーン様は穏やかに笑う。大人の余裕を感じる。流石、特務騎士最年長、二十四歳。因みに、クウリィ様は二十一歳だ。
「このエプロンは、お嬢さんからお借りしたのですよ」
「お嬢様から」
 そう言われれば、確かに見覚えのあるエプロンだ。
「この箒達は、おもてなし、ですよ」
「え……?」
 なんの事か分からない私に、ジーン様は説明してくださった。
 曰く。ジーン様が起床すると、お嬢様が部屋を訪ねてきたそうだ。エプロンと掃除道具持参で。
 そして、笑顔でこう言ったそうだ。
「我が家は、自分のことは自分で、が決まりなの。だから、ジーン様。お掃除お願いしますね」
 我が家の方針に従ってもらう。それが、お嬢様流のおもてなしなのだと言い切ったのだと言う。お嬢様、格好いい。
「ふふ、騎士団でも掃除洗濯は得意な方でしたから、任せてください」
 そうやって笑えるジーン様も、格好いいです。
「ジーン様は、メイド要らずの、騎士だから」
 ポツリと、クリフ様が呟く。
 つまりジーン様は、日頃から騎士団に居るメイドさんに頼らずに生活していたという事か。理想のお婿さんだ!
「クウリィは、村長さんと朝食の準備をしていますよ」
 クウリィ様も、労働中でしたか。
「ジャスティは……、朝に弱い質でして」
 ジーン様は苦笑を浮かべる。
 ジーン様曰く。お嬢様は、クウリィ様にお仕事を任せた後、ジャスティ様を起こしに行かれたそうだ。あれ、嫌な予感がする。
 さっきの悲鳴は、まさか。
 ひんやりとした汗が、私の頬を伝う。まさか、お嬢様?
 私が、確信する前に。ドンッと、庭に面したお屋敷の扉が乱暴に開かれた。びっくりした!
 扉から出てこられたのは、ジャスティ様だ。顔を真っ赤にしている。ご立腹のようだ。
「なんだ、あの女は!」
「ジャスティ、声が大きいですよ」
「煩い!」
 ジーン様が諌めても、怒りは収まらないようだ。
 ジャスティ様は、苛々と庭を行ったり来たりしている。
「あの女、俺をシーツごとひっぺ返したぞ!」
 想像して、私は慌てて口を押さえる。不味い、噴くところだった。
 だって、想像出来ちゃったのだもの。えいやーとシーツを引っ張るお嬢様に、空中に投げ出されるジャスティ様が。あ、不味い。ツボに入りそう。
「……ぷぷっ」
 今の噴き出したの、私じゃないよ。
 クリフ様だ。肩を震わせている。
 私とクリフ様、笑いのツボが同じようだ。更に親近感。でも、今は間が悪かった。
「クリフ、貴様!」
「まあまあ、ジャスティ抑えて」
 激昂するジャスティ様を、ジーン様が宥めて事なきを得た。ジーン様は偉大な方だ。
「すみません」
 クリフ様、謝罪を口にしたけれど、目線は下のままだ。
 たけど、ジャスティ様も落ち着かれたのか、今度は怒鳴らなかった。
「……ふん」
 と、そっぽを向くジャスティ様。そういう行動を見ると十八歳なのだと実感する。
「ジャスティ。起こされたなら、貴方も何か仕事があるのでしょう」
 ジーン様の言葉に、ジャスティ様の眉間の皺が深まる。
「ジャスティ?」
「……野菜の収穫を、頼まれた」
 面白く無さそうに、ジャスティ様は答える。
 野菜ということは、お屋敷自慢の家庭菜園の事だろう。美味しいよ!
「あの女が、先に行っているから、早く来い、と……」
「なら、早く行きなさい」
「しかし……」
 ジャスティ様は渋る。お嬢様の言いなりになるようで、面白く無いのだ。
 だが、そんなことジーン様が許す筈もない。
「ジャスティ。貴方が彼女のおもてなしを承諾したのでしょう?」
 諭すように言われ、ジャスティ様は暫くの無言のあと、呟いた。分かった、と。
「……約束は、守る」
 そう言うと、ジャスティ様は菜園の方へと歩き出す。
 ジャスティ様を見送ると、ジーン様は深くため息を吐く。苦労してるのだと、それだけで分かってしまう。
「ジーン様」
 クリフ様が、ジーン様を呼ぶ。
「なんですか、クリフ」
「僕、は……どうしたら」
 端的なクリフ様の言葉だけど、ジーン様は分かったようだ。
「ああ、貴方はそのまま彼女のお手伝いをしてください」
「はい」
 素直に頷くクリフ様。
 ジーン様は、私へと視線を移す。目が合い、私の心臓がドキンと跳ねる。
「彼のこと、よろしくお願いしますね」
「は、はい!」
 私の返事に満足したのか、ジーン様はにっこり微笑むと、箒と塵取りを持ってお屋敷の方へと歩いていく。
「が、頑張りましょうね!」
 ジーン様にお願いされた高揚感のまま、私はクリフ様に話し掛ける。
「うん」
 クリフ様は、こくりと頷いてくれた。
 そうして私達は、朝食の時間まで花壇の手入れに勤しんだのだった。

 朝食の席は、またもや無言であった。
 誰一人喋る事なく、食卓の上にある物体を注視している。物体。そう、物体だ。黒く泥々としたものが、朝食用のお皿に鎮座していた。何これ。
 ただ一人、クウリィ様だけが、あははと朗らかな笑い声を上げている。
「ごめーん、皆。失敗しちゃった!」
「し、失敗とかいう段階は、軽く越えているだろう!」
 額に青筋を立てて、クウリィ様を責めるジャスティ様。お気持ち、よく分かります。
 朝の労働を終え、程よくお腹を空かせて朝食の場に来てみれば。テーブルの半分を謎の物体が埋めていたのだ。食べられるの、あれ。うぇっぷ、匂いが凄い。
 残り半分は、マトモな料理なのは旦那様がお作りになった分だろう。
「食材が宙を舞い、炎が吹き荒れる。そんな料理でした」
 と、旦那様が遠い目をしている。
「え、えーと。クウリィ様は、料理が得意だと……」
 お嬢様が、頬をひきつらせて質問する。
 クウリィ様はあっけらかんと笑う。
「得意なんて言ってないよ。料理なら、任せて! って、言っただけ……あだっ!」
「同じ意味だ、馬鹿者!」
 クウリィ様は、ジャスティ様により怒りの鉄槌が下された。なむ。
「……今日のお昼からは、私が料理を担当しますね」
「お願いします、ジーン様」
 疲れたように言うジーン様に、お嬢様が同意する。
 しかし、謎の物体はどうしたらいいのだろう。畑の肥料になったりしないだろうか。
「……お腹、空いた」
 クリフ様の声が、虚しく響いた。

 朝とは違いお昼を無事に終えた私は、村に来ていた。クリフ様は、無言で私の後を付いてくる。
 ふう、今日も風が気持ちいい。小鳥のさえずりが心を穏やかにしてくれる。
 こういう小さな事に気付く事が出来るのは、全てお嬢様のお陰だ。お嬢様は、世界を素敵に彩る事の出来る天才なのだ。
「今から行くお家のお婆さんから、薬を分けてもらうんです」
「……」
 私は、クリフ様に説明しながら歩く。
「あら、おはよう。魔術師様もおはようございます」
「今日も、元気そうだねぇ。魔術師様、この村はどうですかな」
「姉ちゃん! また、お嬢様と一緒に遊んでねー!」
 途中、何人かの村の人と出会い挨拶を交わしていく。皆、元気で何よりです。
 薬を分けてくれるお婆さんも、元気いっぱいでした。私とクリフ様に、おやつとして焼き菓子までくださいました。やったー。
「良かったですね、クリフ様!」
「……」
 嬉しくなってクリフ様に話しかければ、クリフ様は眉間に皺を寄せ手の中にある焼き菓子の袋を見つめている。
 どうしたのだろうか。
「焼き菓子、嫌いでしたか?」
「……違う」
 クリフ様は否定する。ならば、何故焼き菓子を睨み付けているのだろう。
 私は、クリフ様の言葉を待った。
「……皆、おかしい」
「え?」
 クリフ様は俯いたまま、話し出す。
「普通、魔術師なんて、無視するのに……」
 あ! クリフ様の言いたい事が分かり、私はあることを思い出す。
 『予言の乙女』の世界では、魔術師とは未知の力を使う存在として、恐れられているのだ。だから、魔術師達は魔法院という組織を作り、要らぬ争いを避けている。思い出した。村があまりにも長閑過ぎて、それに染まっている私は、その事をすっかり失念していた。
「君達も、そう。僕を、怖がらない」
 クリフ様は顔を上げ、私を見る。その顔は、何だか泣きそうだった。
「変な、ところ」 
 それだけ言って、再び俯いてしまったクリフ様を見て、私は思う。
 村の人達や、お嬢様の優しさがクリフ様の傷付いた心を癒してくれればいい、と。
 そして、まずは私から行動に移そうと思う。
 美味しい焼き菓子を、二人で一緒に食べる事から始めよう。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

公爵令嬢は結婚前日に親友を捨てた男を許せない

有川カナデ
恋愛
シェーラ国公爵令嬢であるエルヴィーラは、隣国の親友であるフェリシアナの結婚式にやってきた。だけれどエルヴィーラが見たのは、恋人に捨てられ酷く傷ついた友の姿で。彼女を捨てたという恋人の話を聞き、エルヴィーラの脳裏にある出来事の思い出が浮かぶ。 魅了魔法は、かけた側だけでなくかけられた側にも責任があった。 「お兄様がお義姉様との婚約を破棄しようとしたのでぶっ飛ばそうとしたらそもそもお兄様はお義姉様にべた惚れでした。」に出てくるエルヴィーラのお話。

【完結】強制力なんて怖くない!

櫻野くるみ
恋愛
公爵令嬢のエラリアは、十歳の時に唐突に前世の記憶を取り戻した。 どうやら自分は以前読んだ小説の、第三王子と結婚するも浮気され、妻の座を奪われた挙句、幽閉される「エラリア」に転生してしまったらしい。 そんな人生は真っ平だと、なんとか未来を変えようとするエラリアだが、物語の強制力が邪魔をして思うように行かず……? 強制力がエグい……と思っていたら、実は強制力では無かったお話。 短編です。 完結しました。 なんだか最後が長くなりましたが、楽しんでいただけたら嬉しいです。

【完結】帰れると聞いたのに……

ウミ
恋愛
 聖女の役割が終わり、いざ帰ろうとしていた主人公がまさかの聖獣にパクリと食べられて帰り損ねたお話し。 ※登場人物※ ・ゆかり:黒目黒髪の和風美人 ・ラグ:聖獣。ヒト化すると銀髪金眼の細マッチョ

少し先の未来が見える侯爵令嬢〜婚約破棄されたはずなのに、いつの間にか王太子様に溺愛されてしまいました。

ウマノホネ
恋愛
侯爵令嬢ユリア・ローレンツは、まさに婚約破棄されようとしていた。しかし、彼女はすでにわかっていた。自分がこれから婚約破棄を宣告されることを。 なぜなら、彼女は少し先の未来をみることができるから。 妹が仕掛けた冤罪により皆から嫌われ、婚約破棄されてしまったユリア。 しかし、全てを諦めて無気力になっていた彼女は、王国一の美青年レオンハルト王太子の命を助けることによって、運命が激変してしまう。 この話は、災難続きでちょっと人生を諦めていた彼女が、一つの出来事をきっかけで、クールだったはずの王太子にいつの間にか溺愛されてしまうというお話です。 *小説家になろう様からの転載です。

【完結】優しくて大好きな夫が私に隠していたこと

恋愛
陽も沈み始めた森の中。 獲物を追っていた寡黙な猟師ローランドは、奥地で偶然見つけた泉で“とんでもない者”と遭遇してしまう。 それは、裸で水浴びをする綺麗な女性だった。 何とかしてその女性を“お嫁さんにしたい”と思い立った彼は、ある行動に出るのだが――。 ※ ・当方気を付けておりますが、誤字脱字を発見されましたらご遠慮なくご指摘願います。 ・★が付く話には性的表現がございます。ご了承下さい。

王宮医務室にお休みはありません。~休日出勤に疲れていたら、結婚前提のお付き合いを希望していたらしい騎士さまとデートをすることになりました。~

石河 翠
恋愛
王宮の医務室に勤める主人公。彼女は、連続する遅番と休日出勤に疲れはてていた。そんなある日、彼女はひそかに片思いをしていた騎士ウィリアムから夕食に誘われる。 食事に向かう途中、彼女は憧れていたお菓子「マリトッツォ」をウィリアムと美味しく食べるのだった。 そして休日出勤の当日。なぜか、彼女は怒り心頭の男になぐりこまれる。なんと、彼女に仕事を押しつけている先輩は、父親には自分が仕事を押しつけられていると話していたらしい。 しかし、そんな先輩にも実は誰にも相談できない事情があったのだ。ピンチに陥る彼女を救ったのは、やはりウィリアム。ふたりの距離は急速に近づいて……。 何事にも真面目で一生懸命な主人公と、誠実な騎士との恋物語。 扉絵は管澤捻さまに描いていただきました。 小説家になろう及びエブリスタにも投稿しております。

溺愛される妻が記憶喪失になるとこうなる

田尾風香
恋愛
***2022/6/21、書き換えました。 お茶会で紅茶を飲んだ途端に頭に痛みを感じて倒れて、次に目を覚ましたら、目の前にイケメンがいました。 「あの、どちら様でしょうか?」 「俺と君は小さい頃からずっと一緒で、幼い頃からの婚約者で、例え死んでも一緒にいようと誓い合って……!」 「旦那様、奥様に記憶がないのをいいことに、嘘を教えませんように」 溺愛される妻は、果たして記憶を取り戻すことができるのか。 ギャグを書いたことはありませんが、ギャグっぽいお話しです。会話が多め。R18ではありませんが、行為後の話がありますので、ご注意下さい。

【完結】冷酷眼鏡とウワサされる副騎士団長様が、一直線に溺愛してきますっ!

楠結衣
恋愛
触ると人の心の声が聞こえてしまう聖女リリアンは、冷酷と噂の副騎士団長のアルバート様に触ってしまう。 (リリアン嬢、かわいい……。耳も小さくて、かわいい。リリアン嬢の耳、舐めたら甘そうだな……いや寧ろ齧りたい……) 遠くで見かけるだけだったアルバート様の思わぬ声にリリアンは激しく動揺してしまう。きっと聞き間違えだったと結論付けた筈が、聖女の試験で必須な魔物についてアルバート様から勉強を教わることに──! (かわいい、好きです、愛してます) (誰にも見せたくない。執務室から出さなくてもいいですよね?) 二人きりの勉強会。アルバート様に触らないように気をつけているのに、リリアンのうっかりで毎回触れられてしまう。甘すぎる声にリリアンのドキドキが止まらない! ところが、ある日、リリアンはアルバート様の声にうっかり反応してしまう。 (まさか。もしかして、心の声が聞こえている?) リリアンの秘密を知ったアルバート様はどうなる? 二人の恋の結末はどうなっちゃうの?! 心の声が聞こえる聖女リリアンと変態あまあまな声がダダ漏れなアルバート様の、甘すぎるハッピーエンドラブストーリー。 ✳︎表紙イラストは、さらさらしるな。様の作品です。 ✳︎小説家になろうにも投稿しています♪

処理中です...