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二十三、桜のしたで
しおりを挟む春の宮は、至宝を守る為にある場所。
龍王が心を砕き、大切に、そして心穏やかに過ごせるように。そのことに特化している。
そんな春の宮で、レティシアナは微笑みを浮かべて、龍王と桜の下に並び立つ。
「旦那さまは、よくここで木登りしていますわね」
「うん! ここの上で、レティシアナを見つけるのが大好きだからね」
「まあ」
嬉しくて仕方ないと、レティシアナは笑う。
少しずつ膨らむお腹に、あなたのお父さまはやんちゃねと語り掛ける。
「子供には、木登り、砂場遊び、なんでも教えたいなあ」
「ふふ、旦那さまに似てしまいますね」
「俺に似たら、困るかな」
龍王はふへへと笑って言う。
それはとても困っているようには見えない。
「いたずらされても、うまく叱れる自信ないもの」
「あら、皆さんを驚かしている自覚があったのですね」
「あ、ないよ、そんなの。ないったら、ない」
龍王は慌てて言うが、実際服を泥だらけにして洗濯をする下女を泣かせたのは、一度や二度ではない。
いつまでも子供のような龍王。
だけど、そんな彼が愛しくて仕方ない。
「元気に産まれるんだよ」
そう言って笑う龍王は、幸せそのものの顔をしていた。
一度、龍王がカイトについて語ったことがある。
レティシアナは、外部の話を聞く機会がないので、それは本当に特別なことだったのだろう。
「彼は、各国の騎士団を纏める立場についたよ。今回の危機で、日頃から結束力を高めることが大事だと説得したんだ」
龍王は、彼は軸がしっかりしていると感心していた。
「何をすれば、守れるのか。真剣に考えたんだろうね。目的がハッキリしてるし、意思も強い。俺と彼は複雑な間柄だけど、好きだなあ」
誰を守りたいのかは、言わなかった。
それこそが答えだけど、レティシアナは言及しない。
未来は交差しない関係になったけれど、龍王の言うように強い彼ならば幸せな未来を歩めるだろう。
きっと、カイトについて知ることは二度とない。
それでいい。
自分たちの道は、自分たちで考え進むべきなのだから。
春の宮に桜が舞う。
ひらり、ひらり。薄い桃色の花びらを、赤い目が見つめる。
「うーんんん」
真剣に悩み、桜の木を見上げた。
「ちちうえー、うえにいきたいのー」
「だーめー」
「えー!!」
木の上からする父親の声に、頬を膨らます。
さらさらの金色の髪に、赤いルビーの目を持つ幼子はぴょんぴょんと跳ねた。
「ぼくも! ぼくも!」
「いや、お前には木登りはまだ早いよ。父上もすぐ降りるからさあ」
「ちちうえがしたにくるなら、いいよ!」
「本当に可愛いよねえ」
するすると木の上から器用に降りてきた父親に、息子はわっと抱きついた。
「ちちうえー」
「おー、よしよし」
すぐさま息子を抱き上げ、父親――龍王は歩き出す。
息子は父親に頬ずりし、嬉しそうだ。
「母上が、あっちで散歩していたから行こうっか」
「わーい!」
きゃっきゃと無邪気に喜ぶ息子を見て、龍王はへらりと笑う。
「大好きだよ」
「ぼくも、すき!」
うふふふと照れ笑いする息子。
あまりの可愛さに龍王は呻くのを我慢する。
「あっ、ははうえ! ははうえ!」
息子が指差す先には、日傘を差すレティシアナ。
柔らかな微笑みを見て、龍王の胸が高鳴った。
いつまでも、愛情は薄れず、ずっと龍王を幸せにしてくれる。
「幸せだなあ」
息子と一緒に、愛しい至宝のもとへと向かう。
彼女もまた、龍王と同じ愛情に満ちた笑みを浮かべ待っている。
今日も春の宮は、笑い声で満たされている。
【あとがき】
最後までお読みくださり、ありがとうございました。
この物語は、「選択」をテーマにしております。
少しでも楽しんで頂けましたら、幸いでごさいます。
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