【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり

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二十一、願い

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 龍王は、一枚の紙を渋面を作り見つめた。
 執務室には、側近と宰相が集まっている。

「うーん。これは、どう判断したものかなあ」

 唸る龍王に、宰相も思案して答える。

「私も、面識がありませんので……」

 龍王が持つ紙には、願いが書かれている。
 英雄となった聖女一行は、各国を巡り、残すは神国のみとなっていた。
 なので先んじて、報奨は何が良いのかと現在東国に一行が滞在している為、王に書状を送ったのだ。
 そして手もとに届けられた聖女の願いが、龍王を戸惑わせている。

「まさか、至宝さまに会いたいと願われるとは……」

 東国の王からは、既に謝罪を受けていた。
 英雄となったカイトから、ひと目レティシアナの姿を目にしたいと願われ、人払いをしたうえでレティシアナの現状を教えた、と。
 その時のカイトが見せた様子は、静かであったとも。

「いや、彼が願うならわかるんだよ。複雑だけど」
「彼の御仁の願いは、我が国の騎士を見たいとありましたね」

 宰相には、カイトの意図はわからなかった。
 だが、龍王は納得したように、あっさりと署名したのだ。

「うんうん、わかるよ。大事なひとがいる国の力量は知っておきたいよね」

 と、深く頷いていた。
 元神官が望んだのは、報奨金だ。
 これも、妥当であると署名。
 残る女性陣は、片方は白紙。残る聖女の願いが、問題であった。
 何故、至宝に会いたいのか。
 目的は何なのか。
 疑問は尽きない。

「うーんんん……」

 龍王は呻き、そして、息を吐き出す。

「よし! 保留!」

 先延ばすことにした。
 側近たちからの呆れた視線が集中するが、無視を決め込んだ。



 それから二日。
 龍王は、王宮の庭でお茶会の用意をしていた。
 真っ白なテーブルクロスの上には、温かい紅茶とチョコレートがたっぷりのドーナッツ。
 二人分の準備がされた場所には、側使えの姿はない。
 テーブルに肘をつき、ふんふんと鼻歌を歌う龍王。
 そんな彼に影が差した。

「ご機嫌だね。兄さん」

 ぱっと、嬉しそうに龍王は顔を上げた。
 視線の先には、赤茶の髪に龍王と同じ色の目をした女性が立っている。

「久しぶり、アニー! 相変わらず可愛いね!」

 龍王の言葉に女性は呆れた眼差しを向け、向かいの席に座る。

「兄さんは家族を褒めないと、死んじゃう病気なの?」
「まさか! 先代は褒めたことないよ!」
「それは、父さんが怖かったからでしょ?」
「……うん」

 先代龍王は、威厳たっぷりで威圧感がすごかった。怖くて怖くて、何度か泣いた。
 龍王はドーナッツを食べる。美味しい。
 きっと先代龍王には、この味はわかるまい。
 母親からの手紙では、先代龍王はチョコレートを気に入っているとあったが、それは息子を和ませる為の冗談だと龍王は思っている。

「んー、さすが王宮の茶葉。香りが違うね」

 アニーは満足げに笑う。
 聖女たちと旅したと聞いていたが、元気そうで安心した。

「結婚するんだって?」

 龍王の問いかけに、アニーは微笑んだ。
 淑やかな笑みに、やはりアニーはアニーだと実感する。
 龍王が王宮に来た頃のアニーは、麗しい姫君だった。
 怖い先代龍王に、高貴な貴婦人にしか見えないのに妙に迫力のある妃。そして、美しい所作を見せつけた腹違いの妹を見て、とんでもねぇ場所に来てしまったと戦慄したものだ。

「そうそう、グレス……元々神官だった男ね。旅の間に惚れちゃってね」

 嬉しそうに笑うアニーは幸せそのものだ。
 まさか、龍王の即位と共に母親と旅立った妹が、英雄となり結婚相手を見つけるとは。
 人生とはわからないものだ。

「よく母君が許したね」

 と言ってから思い出す。
 豪傑を絵に描いたような性格の妃ならば、許してしまう気がした。
 自分がいなければ龍王となったかもしれないアニーの未来に、彼女は未練などないようだった。
 それはアニーにも言えることだが。

「母さんは、甲斐性があれば良いってさ」
「ああ、だから。神官……グレスくんは報奨金を望んだのか」
「うん。二人で宿屋やろうと思って」

 旅の間に、ほっとひと息つけたのは、温かいベッドと美味しい料理だった。様々な宿屋を見て、数々の野宿を経験したからこそ、誰もが安心して休める場所を作りたいと、グレスは思ったのだ。

「旦那の夢は、あたしの夢だから」
「それで、白紙か」
「そう」

 アニーは、グレスと歩む未来を決めた。
 どんな困難も、共に乗り越えるだろう。
 愛は、人を強くする。
 龍王は、レティシアナを想い笑顔を浮かべた。

「で、だ。本題なんだけど」

 アニーは、真っ直ぐ龍王を見る。
 龍王も、表情を引き締めた。

「仲間と離れて行動してまで、伝えたいこと?」
「うん」

 アニーは真剣な表情を向けた。

「聖女さんと、至宝さまを会わせてやってほしい」

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