【完結】聖女の手を取り婚約者が消えて二年。私は別の人の妻になっていた。

文月ゆうり

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八、もうっ、もうっ!

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 神国を建国したのは、神祖と呼ばれる初代龍王である。
 時は、まだ世界に神々が関わっていた時代。
 神と人の距離がまだ近く、神性を有した生き物も存在した頃に、神国は歴史に名を連ねたのだ。
 世界は創世の神の産声から始まった。
 創世の神の流した涙が海となり、創世の神の呼吸により風は起こり、そして、創世の神が寝転び大地となった。
 大地は神そのものだと言えよう。
 そうして、創世の神の鼓動により、様々な神々が生まれたのだ。
 創世期において、世界は闇に包まれていたという。
 神々が、どれほどを暗闇で過ごしたのかはわからない。
 だが、何も見えない世界に耐えられなくなったのか、神々は世界を照らす存在を望んだ。
 そうして、神々の願いにより生まれたのが、天空神である。
 かの神は、輝く球体であったという。
 全てを照らすほどの光は、世界へ余すところなく降り注いだ。
 そして、同時に暗闇の神も姿を得た。
 世界を包み込んでいた闇は、光に触れたことにより形作られたのである。
 天空神と暗闇の神は、出会い、そしてお互いが同時には存在できないことを知ると、世界に時間の概念を生み出し、朝と夜の半分ずつ交代で姿を表すことにしたという。
 この話し合いの間にも、ぽろぽろと様々な神が生まれている。
 創世とは、世界を形作ること。
 神々が何かをする度に、新たな神を生み出してしまう。そんな時期なのだ。
 そんな創世期が落ち着く頃に、今まで静かにしていた始まりの神である創世の神がくしゃみをした。
 あまりにたくさんの神が生まれたので、その振動によりくしゃみをしてしまった。
 それは大きなくしゃみで、大地がちょっとバラバラになった。
 くしゃみが海に伝わって波が起こり、バラバラになった大地は離れていった。
 こうして、大地はひとつから、たくさんの大陸となった。
 そこで創世期は終わりを告げる。
 あとは生まれた神々の時代になるわけだが。
 神々は、自分たちには種類があると気づいていた。
 大地となった創世の神から生まれた大地に根付く神々と、天空神の誕生により生まれた天に属する神々。
 だが、特に喧嘩などはせず、それぞれの領域にて様々なものを生み出していった。
 星々が現れたり、大地に花が咲いたり、神性を有した動物など。
 世界は色づいていった。
 神々の時代も中盤となった頃に、人間が生まれたとある。
 これは創世の神と天空神によるもので、創世の神がまたまた小さなくしゃみをして、海が小さく揺れた時に、驚いた天空神が強く照らしたところ、海が泡立ち、泡が形を変えて人間となり、大地へと這い出たのである。
 そこから、神々の時代に人間が居候することになった。
 新たな存在に神々は興味を示した。
 好奇心の強い神などは、人間と積極的に関わり、そして神性を有する人間ーー半神が誕生した。
 初代龍王も、その半神である。
 彼は大地に属する神を父とし、人間の母と暮らしていた。
 そして、父神から様々な知恵を与えられ、今の人間の暮らしは煩雑していると考えた。
 それから様々な神や人間と交流を深め、国という概念を生み出し、後の神国を建国したのである。
 最初の国であった為か創世の神が興味を示し、それゆえに大地に巡る力が集まる場所となった。
 力の流れは、当時天と地を駆ける龍に似ていた為に龍脈と呼ばれ、それを制御できた王は龍王と呼ばれるようになったのである。
 それは神々の時代が終わりを告げた後も続いている。


 ぷっすー、という空気が漏れる音がした。
 レティシアナは開いていた本を閉じ、眉をひそめる。

「もうっ! 旦那さま、酷いです!」

 と、怒りを露わにするレティシアナ。
 対して、寝台で横になっていた龍王は、けらけらと笑っている。
 先ほどのぷっすーは、龍王が笑いを我慢できずに口から空気を出した音であった。

「だって、くしゃみだよ! 俺たち、くしゃみから生まれたんだよ!」
「まあ! 食の神は、げっぷから生まれてますのに!」
「あはははは!」

 さらには笑い転げて、寝台から落ちていく龍王。
 しかし、笑い声は止まらない。

「旦那さま!」

 レティシアナはむうっと、口を尖らせる。
 龍王から読んでほしいと頼まれたから、読み聞かせたというのに!
 当の本人が大爆笑では、なんとも言えない気持ちになってしまう。
 創世の話であるから、真剣に、大真面目に読んだのに!

「いやあ、神さまって愉快だなあ」
「その血を引いてる旦那さまには、たいへん不愉快な気持ちにさせられました!」

 もうっ、もうっ、とシーツをぺしぺし叩くレティシアナ。
 大笑いし過ぎたせいで、涙目になった龍王がひょっこり顔を出した。

「ごめんね?」

 と、美しい顔でしおらしく謝る龍王。
 レティシアナは思った。
 さては旦那さま。
 謝罪において、相当な場数を踏んでらっしゃるな、と。

「く、くう……っ」

 惚れた弱味もある。
 レティシアナは、怒る気持ちが霧散していくのを感じた。
 だが、何か、何か言わねば、収まらない気持ちもあるのだ。

「こ、こうなれば、わたくしと市に行ってくださらないと! そ、そうすれば、許します」

 声に迫力がないのは、レティシアナは人を怒るという経験があまりにないからだ。
 というか、向いていないのである。
 褒めるのなら、得意なのに!
 なんだか、悔しい。
 レティシアナの気持ちとは裏腹に、龍王の顔がぱあっと輝いた。

「やった! デートだ!」
「えっ」

 龍王はぴょんぴょんと飛び跳ねて喜んでいる。

「さっそく、宰相に仕事の調整してもらわないとっ」

 何を着て行こう! と、語尾も跳ねている。
 レティシアナはぽかんとした。
 自分は苦し紛れでも、怒った。
 なのに、旦那さまは浮かれている。
 しかも、年頃の少女のような可憐な喜びようだ。
 それを可愛いと思ってしまうレティシアナ。
 やはり悔しいので、シーツをぺしぺし叩いた。

「で、でも、旦那さまが選んだ服を着ていたら、行きませんっ」
「えっ、なんでっ」

 デートがなくなるかもしれないレティシアナの発言に、龍王は両目を見開いた。
 それは龍王の感性が独特で、どこに隠していたのか、可愛い動物の絵が大きく描かれた服を着て執務に出かけようとした事があったからなのだが。
 しかし、それを指摘するのを躊躇ったレティシアナは、曖昧に笑うだけであった。

「……じゃあ、明日宰相に相談するね」

 しょんぼりと肩を落とした龍王は、とぼとぼと寝台に戻り、悲しそうにレティシアナの隣に横になる。
 そんな龍王の姿にかわいそうな気もするが、これに関しては譲ってはならないのだとレティシアナは強く思い、本を近くのテーブルに置くと灯りを消した。

「さあ、旦那さま。よしよし」
「うん」

 レティシアナに頭を撫でられ、龍王は素直に目を閉じた。
 春の宮に来て、七ヶ月。
 わたくしの旦那さまは、日々可愛さを更新しているのでは?
 そんな確信を持ち、レティシアナも眠りの世界へ赴くのだった。
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