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二十九、寂しいは過去
しおりを挟むアインの世界は、いつもきらきらとしていた。
優しい父と母。
大好きな乳母。
仲の良い乳兄弟。
いつも笑顔の使用人たち。
優しくて、きらきらした世界でアインは過ごしていた。
でも、少し寂しい。
足りないと、漠然と思っていた。
おとうさまが言う【おねえさま】が、いない。
可愛い、おねえさま。
生まれた時から知っているのに、いないおねえさま。
おとうさまは悲しそうに、いつか一緒にいられるようになるよと言っていて、アインははやく【いつか】にならないかと、毎日わくわくして眠っていた。
おねえさま、ぼくね、いっぱいほめられたよ。
おねえさま、おやさい、たべれたよ。
おねえさま、いっぱいあるいたの。
おねえさま。
おねえさま。
アインね。
アイン、さびしい。
アインは、まだ見ぬ姉の存在から、寂しさを知った。
おねえさまが、帝国に来ると聞いて、アインは昼も夜も寝た。
たくさん眠れば、早く会えると思っていたから。
真剣に、信じていた。
ぱちりと目が覚めた。
ぽやあとする視界は、目を瞬かせてはっきりさせる。
見えるのは、可愛い内装の部屋だ。
きょろきょろと見渡すと、窓際で白猫シルクと遊ぶおねえさまが見えた。
掛けられた毛布に包まり、ずるずると動く。
「おねえさまあ……」
ふええと泣きながら、アインは進む。
めそめそではない、本気で悲しいのだ。
途中で丸まり、ぐずぐずと泣き続ける。
ぱたぱたと軽い足音がした後に、毛布ごとぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫、大丈夫よ。アイン、よしよし。泣かなくて大丈夫よ。私がそばにいるよ」
大好きなおねえさまの言葉と体温に、だんだん悲しい気持ちが消えていく。
初めて会った時も、よしよししてくれた。
「なんでぇ、ぼく、ずっと待ってたよぉ」
「そうなんだね、ありがとう。アイン、ありがとう」
撫でてくれるおねえさまには、アインの言ってることの意味はわからないだろう。
それでも、ずっと抱きしめてくれた。
ずるずると毛布が下がり、アインはぎゅうっとしゃがむおねえさまの首に手を回し、抱きついた。
「ふえええ! 会いたかったのよお! ずっと、さびしかったのお!」
もう悲しくないのに、アインはわんわん泣いた。
おねえさまの温もりを感じているのに、涙が止まらない。
ずっとずっと、抱っこしてもらった。
「アイン、寝ちゃったね」
「人間の子供は、泣くものにゃ。きっと、昔の悲しいを思い出したにゃよ」
それを聞き、ユリーシアは腕のなかで眠るアインを抱く力を強めた。
悲しいは、嫌だと知っているから。
「アイン、可愛いねえ。大丈夫だよ、アイン。私がちゃんといるよ」
「んみぃ」
寝息を立てたアインが、へにゃあと笑う。
今は、良い夢を見ているのだろう。
アインを抱っこして、ゆらゆらと体を揺らす。
「良い子、良い子」
「んにぃ」
「可愛い、アインさあん」
子守唄のように口ずさむユリーシアを見て、シルクはふふふと笑う。
とても優しい光景だったからだ。
優しくて、幸せの形をしていると思った。
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