29 / 35
二十九、寂しいは過去
しおりを挟むアインの世界は、いつもきらきらとしていた。
優しい父と母。
大好きな乳母。
仲の良い乳兄弟。
いつも笑顔の使用人たち。
優しくて、きらきらした世界でアインは過ごしていた。
でも、少し寂しい。
足りないと、漠然と思っていた。
おとうさまが言う【おねえさま】が、いない。
可愛い、おねえさま。
生まれた時から知っているのに、いないおねえさま。
おとうさまは悲しそうに、いつか一緒にいられるようになるよと言っていて、アインははやく【いつか】にならないかと、毎日わくわくして眠っていた。
おねえさま、ぼくね、いっぱいほめられたよ。
おねえさま、おやさい、たべれたよ。
おねえさま、いっぱいあるいたの。
おねえさま。
おねえさま。
アインね。
アイン、さびしい。
アインは、まだ見ぬ姉の存在から、寂しさを知った。
おねえさまが、帝国に来ると聞いて、アインは昼も夜も寝た。
たくさん眠れば、早く会えると思っていたから。
真剣に、信じていた。
ぱちりと目が覚めた。
ぽやあとする視界は、目を瞬かせてはっきりさせる。
見えるのは、可愛い内装の部屋だ。
きょろきょろと見渡すと、窓際で白猫シルクと遊ぶおねえさまが見えた。
掛けられた毛布に包まり、ずるずると動く。
「おねえさまあ……」
ふええと泣きながら、アインは進む。
めそめそではない、本気で悲しいのだ。
途中で丸まり、ぐずぐずと泣き続ける。
ぱたぱたと軽い足音がした後に、毛布ごとぎゅっと抱きしめられた。
「大丈夫、大丈夫よ。アイン、よしよし。泣かなくて大丈夫よ。私がそばにいるよ」
大好きなおねえさまの言葉と体温に、だんだん悲しい気持ちが消えていく。
初めて会った時も、よしよししてくれた。
「なんでぇ、ぼく、ずっと待ってたよぉ」
「そうなんだね、ありがとう。アイン、ありがとう」
撫でてくれるおねえさまには、アインの言ってることの意味はわからないだろう。
それでも、ずっと抱きしめてくれた。
ずるずると毛布が下がり、アインはぎゅうっとしゃがむおねえさまの首に手を回し、抱きついた。
「ふえええ! 会いたかったのよお! ずっと、さびしかったのお!」
もう悲しくないのに、アインはわんわん泣いた。
おねえさまの温もりを感じているのに、涙が止まらない。
ずっとずっと、抱っこしてもらった。
「アイン、寝ちゃったね」
「人間の子供は、泣くものにゃ。きっと、昔の悲しいを思い出したにゃよ」
それを聞き、ユリーシアは腕のなかで眠るアインを抱く力を強めた。
悲しいは、嫌だと知っているから。
「アイン、可愛いねえ。大丈夫だよ、アイン。私がちゃんといるよ」
「んみぃ」
寝息を立てたアインが、へにゃあと笑う。
今は、良い夢を見ているのだろう。
アインを抱っこして、ゆらゆらと体を揺らす。
「良い子、良い子」
「んにぃ」
「可愛い、アインさあん」
子守唄のように口ずさむユリーシアを見て、シルクはふふふと笑う。
とても優しい光景だったからだ。
優しくて、幸せの形をしていると思った。
72
お気に入りに追加
2,214
あなたにおすすめの小説

最後に、お願いがあります
狂乱の傀儡師
恋愛
三年間、王妃になるためだけに尽くしてきた馬鹿王子から、即位の日の直前に婚約破棄されたエマ。
彼女の最後のお願いには、国を揺るがすほどの罠が仕掛けられていた。
命を狙われたお飾り妃の最後の願い
幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】
重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。
イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。
短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。
『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ発売中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない
文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。
使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。
優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。
婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。
「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。
優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。
父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。
嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの?
優月は父親をも信頼できなくなる。
婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

【完結】他人に優しい婚約者ですが、私だけ例外のようです
白草まる
恋愛
婚約者を放置してでも他人に優しく振る舞うダニーロ。
それを不満に思いつつも簡単には婚約関係を解消できず諦めかけていたマルレーネ。
二人が参加したパーティーで見知らぬ令嬢がマルレーネへと声をかけてきた。
「単刀直入に言います。ダニーロ様と別れてください」

もう、愛はいりませんから
さくたろう
恋愛
ローザリア王国公爵令嬢ルクレティア・フォルセティに、ある日突然、未来の記憶が蘇った。
王子リーヴァイの愛する人を殺害しようとした罪により投獄され、兄に差し出された毒を煽り死んだ記憶だ。それが未来の出来事だと確信したルクレティアは、そんな未来に怯えるが、その記憶のおかしさに気がつき、謎を探ることにする。そうしてやがて、ある人のひたむきな愛を知ることになる。

魅了が解けた貴男から私へ
砂礫レキ
ファンタジー
貴族学園に通う一人の男爵令嬢が第一王子ダレルに魅了の術をかけた。
彼女に操られたダレルは婚約者のコルネリアを憎み罵り続ける。
そして卒業パーティーでとうとう婚約破棄を宣言した。
しかし魅了の術はその場に運良く居た宮廷魔術師に見破られる。
男爵令嬢は処刑されダレルは正気に戻った。
元凶は裁かれコルネリアへの愛を取り戻したダレル。
しかしそんな彼に半年後、今度はコルネリアが婚約破棄を告げた。
三話完結です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる