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二十四、ちっちゃい手

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 すやすやと眠る乳飲み子は頬が丸く柔らかそうで、小さく握る手は驚くほど小さい。
 まだ薄い髪の毛は銀色だから、余計に頭の丸みがはっきりとわかる。
 揺りかごに収まる、小さな小さな赤子。
 ふにゃふにゃと動く口すら、可愛い。

「ユリーシアさん、触ってみる?」

 掛けられた声に、肩を跳ねる。
 振り向けば、赤みを帯びたブラウンの髪を持つ女性が立っていた。
 エリザベートと同じ年頃の美しい女性。

「お、叔母さま……」
「アインは会った日に、はしゃいで転んだの。貴女は慎み深いわね」
「え、えと。ち、小さくて、大丈夫なのかな、て」

 もじもじとするユリーシアに、女性は微笑みかけた。
 そっとユリーシアの手に触れる。

「この子も、お姉さんを待っているわ」
「う、うん」

 おずおずと、小さな存在に手を伸ばす。
 すると、きゅっと小さな手に指を握られた。

「は、はわわ」

 きゅっだ。
 きゅっされた。
 驚くユリーシアに、女性は嬉しそうに笑う。

「この子も、貴女を好きになったのね」

 ユリーシアは目を瞬かせ、頬を染めた。



 夕食の時間に、ヴィザンドリーが話があると言った。
 ソースで口周りが汚れていたアインの顔をナプキンで拭っていたユリーシアは、改まった父の様子に首を傾げる。

「実はね、ヴィクトールとフランチェスカが後宮に滞在することになったんだよ」
「あら、久しぶりね」
「おじさまたち、来るの!? ミッシェルも?」

 賑やかに反応する家族たちに、ユリーシアはきょとんとした。
 すぐにアインが気がつく。

「あのね、おじさまはおとうさまの、弟よ!」
「ヴィクトールという名前でね、フランチェスカは弟の妻の名前だ」
「ミッシェルは、二人の子供で。生まれてまだ八ヶ月だったかしら?」
「お父さまの?」

 ヴィザンドリーは詳しく話してくれた。
 二つ下の弟ヴィクトールは、軍部を任され防衛の要であるという。
 妻のフランチェスカは、皇都の実家でまだ小さい娘と過ごしているそうだ。

「ぼくね、ミッシェルがしわしわな時に、おかあさまとこっそり会いに行ったのよ」
「しわしわ……」
「まだ、赤ちゃんだからね」

 小さな赤ん坊を見たことのないユリーシアは、軽く瞬きを繰り返した。

「赤ちゃん……」

 ちらっとアインを見る。
 まさか、アインより小さいのだろうか。
 その考えが伝わったのか、それとも大好きな姉に見つめられて嬉しかったのか、アインはにこおと笑った。


 それから一週間後に、フランチェスカが小さな赤ん坊を抱き後宮を訪れた。
 髪を後ろで結い上げ、上品なドレスを着た女性は優しそうだ。

「ぷひゅー……」

 小さな赤ん坊は、何やら音を出している。
 フランチェスカは出迎えたエリザベートに苦笑を見せた。

「ミッシェルの寝息なのだけど。少し変わっているの」
「かわいいぃ」

 アインはにへらと笑う。
 ユリーシアはエリザベートの後ろに隠れていた。
 失礼なことだとはわかっているが、赤ん坊が予想以上に小さくてびっくりしたのだ。
 フランチェスカはアインに笑いかけ、そしてユリーシアを見た。

「貴女がユリーシアさんね。私はフランチェスカ。貴女の叔母になるわ」
「は、初めまして……」

 おば、は、親戚。
 お父さまの弟の妻。
 だから、叔母。
 一生懸命教えられたことを考える。

「えっと、えっと」

 ユリーシアが言葉を探していると、フランチェスカは安心させるように笑う。

「貴女は、私の姪。だから、私のことは叔母さんでいいのよ?」
「お、お、叔母、さま」

 頬を赤くして、丁寧に言うユリーシア。
 フランチェスカは、まあまあ! と嬉しそうだ。

「エリザベート! 可愛いわ! ミッシェルも可愛い子だけど! あー、将来はこんなに愛らしくなるかしら! あ、でも。ミッシェルはありのままで可愛いのよ?」
「はいはい。相変わらずね、フランチェスカは。ユリーシアとアインが目を丸くしてるわ」

 突然の早口に、ユリーシアはびっくりして抱きついてきたアインの頭を撫で、エリザベートにぴったりとくっついた。

「あら、ごめんなさい。だって、貴女の手紙に書かれている以上に可愛いんだもの」
「そうでしょうとも!」

 親しく話すエリザベートとフランチェスカは、とても仲が良いのだとわかる。

「ふ、ふみゃああ」

 そして、猫みたいな声。
 小さな体なのに、とても大きな声を赤ん坊は出した。

「は、はわ」
「あらまあ、ミッシェル。よしよし、起こしちゃったわね」
「まー、ふみゃっ」
「良い子、良い子」

 体を揺らし、赤ん坊の背中をとんとんと優しく叩くフランチェスカの姿を、ユリーシアはじっと見つめた。


 そして、赤ん坊――ミッシェルは、揺りかごのなかですやすや眠っている。
 ここは、フランチェスカに与えられた後宮の一室だ。
 エリザベートとアインもいたのだが、まだ小さいアインが眠くなりエリザベートと共に退室していた。
 今はフランチェスカと彼女の侍女、そしてミッシェルがユリーシアと一緒にいる。

「ミッシェルの手、ちっちゃい……」
「まだ赤ちゃんだもの」

 ほわあと、ユリーシアは握られた指を見つめる。
 にぎにぎと小さく動く手が、可愛い。

「ミッシェルをよろしくね? お姉さん」
「う、うん!」

 庭の様子を見に行っていて不在のシルクにも見せたいと思った。きっと可愛いにゃ! と喜ぶ。
 フランチェスカは秋にあるヴィザンドリーとエリザベートの結婚記念日までいるとのこと。
 防衛の調整で、ヴィザンドリーの弟であるヴィクトールの到着は遅れている。
 ミッシェルの銀髪は父親譲りらしい。

「小さいなあ……。私も、こうだったのかなあ」
「ユリーシアさん……」

 言葉には微かな寂しさがあり、フランチェスカは心配そうに見る。
 エリザベートとは親しい友人だ。
 その彼女が愛する娘の背景は知っていた。
 後宮へ訪れた時にエリザベートの後ろで隠れていたユリーシアを見て、フランチェスカは親子の絆を感じ取り安心していたのだが。
 深い愛があっても、過去は変えられない。
 けれど……。

「ふふ、ユリーシアもまだ小さいでしょう?」
「お母さま!」

 アインを寝かしつけて戻ってきたエリザベートは、おかしそうに笑う。
 そして、両手を広げる。

「さあ、いらっしゃいな」

 ミッシェルの指が離れたこともあり、ユリーシアはエリザベートの腕に飛び込んだ。
 すぐさまエリザベートが抱きしめる。

「ほら、小さい。もっと食べて、大きくなりなさい」
「大きくなったら、こうしてもらえない?」
「そんなわけないでしょう? 貴女は、いつまでもわたくしの可愛い子よ」

 ユリーシアはフランチェスカに抱っこされたミッシェルを思い出す。
 羨ましい気持ちがあったけれど。
 でも。

「えへへ、良い匂いー」

 包み込まれる温もりに、うっとりと目を閉じた。


 フランチェスカは仲睦まじい親子の姿に、温かく微笑んだ。



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