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十六、アインとシルク
しおりを挟むアインの誕生日パーティーは、滞りなく終わった。
当日は、シルクと遊んで過ごしていたユリーシアは、アインは立派に船出をしたんだなと思ったものだ。
「あむあむ」
ユリーシアの部屋で、シルクは真っ白なお腹を見せ、お口をもごもごさせていた。
猫は食道が真っ直ぐなので、このように顔を反らして食べることはできない。
だが、シルクは幸せそうに口を動かしている。
精霊だから、平気なのかもしれない。
「シルク、美味しい?」
「美味しいにゃ! このクッキーはまろやかな舌触りで、溶けていくにゃあ。ぼくは、人間の食べ物もいけるにゃけど、この薄味もなかなかにゃあ~……」
「また、作ってもらおうね」
「嬉しいにゃー!」
ユリーシアとシルクのやり取りを、リズたちは和やかに見ている。
シルクの言葉はユリーシアにしかわからないので、周りからは「にゃあにゃあ」とご機嫌に鳴く猫にしか見えないのだ。
シルクは人懐こい性格で、後宮で働く者たちからの人気をあっという間に得てしまった。
ヴィザンドリーとエリザベートも、ユリーシアに抱っこされて至福の表情を浮かべる白猫に、ユリーシアの情操教育に適任だとしてそばに置くことを許してくれたのだ。
「シルクー」
「にゃあにゃあ!」
ユリーシアが猫じゃらしを振ると、シルクは喜んでじゃれついている。
周りには、遊んでいるように見えるだろう。
だが、これはシルクから言い出した、騎士の特訓であった。
シルクは愛らしい猫にしか見えないが、精霊王からの信任厚い騎士である。
日々鍛えて、大好きなユリーシアを護るのだ。
「ふおおー! さっき貪り食べた分を引き締めるにゃー! すらりとした美猫にゃー!」
「シルクは、もちもちが可愛いよ?」
「やめてー! ぼくを甘やかす、天使の囁きにゃー!」
賑やかに会話していると、かちゃりと静かに扉が開いた。
隙間から、ひょこっと顔を覗かせたのはアインであった。
「おねえさま、いる?」
「アイン!」
久々の眠そうじゃない、お目々がぱっちりとした弟の姿にユリーシアの声が弾む。
アインはぱあっと輝く笑顔になると、走り出した。
「おねえさまあ!」
シルクは空気を読み、そそそと道を開けた。
ユリーシアの胸に飛び込んだアインは、嬉しそうに甘える。
「おねえさま、ぼくね、がんばったのよー!」
「うん、お手紙読んだよ。えらいね、アイン良い子ね!」
「ふえぇ!」
抱きしめ合う姉弟の姿に、シルクがうんうんと頷く。
「美しいきょうだい愛にゃあー」
シルクは感動に震える。
にゃあにゃあと鳴く声に気がついたのか、アインがシルクを見た。
すると、わあっと歓声を上げる。
「ねこさんだあ!」
「シルクっていう名前なの」
アインの頭を優しく撫でながら、ユリーシアは教えた。
「ふわあああ、真っ白ー! きれいねぇ!」
率直な褒め言葉に、シルクはふふんと顔を上げた。
「さすが、精霊王さまのお気に入りであるアインさんにゃ! 見る目あるにゃ!」
「か、かわいいぃぃ! にゃあにゃあ、言ってるううぅ!」
「そうにゃ、そうにゃ。ぼくは、可愛い騎士なのにゃ!」
「アイン、シルクが嬉しいって」
ほくほくと喜ぶシルクの気持ちを、ユリーシアは伝える。
すると、アインははわわとユリーシアを見上げた。
「おねえさま、言葉わかるの!?」
「うん」
「す、すごおおい!」
今日のアインは凄く興奮しやすいようだ。
なにせ、久しぶりに姉に甘えられたうえ、真っ白で愛らしい猫に会えたのである。
アインは、嬉しさが限界を超え、上限を突破していた。
よいしょと、ユリーシアから離れるとアインはシルクに近づく。
そして、じいっと見つめる。
「ねこさん、なんでそんなに可愛いの?」
「にゃっ! 直球過ぎるにゃ! 照れちゃうう!」
「シルク喜んでるみたい」
「ふわああ、いい子ねえ」
あまりに純真な眼差しに、シルクはてれてれと下を向く。
「し、しかたにゃいにゃ。ぼくは、かっこいい騎士だけど。特別にゃよ」
そう言った後に、シルクはいそいそとアインの前まで行くと。
ころん、と仰向けになった。
「にゃあー」
「ふえ?」
アインは眉を下げ、ユリーシアを見る。
ユリーシアは、シルクとアインという可愛いの組み合わせに心が震えていたが、何とか堪えた。
「シルクが、お腹撫でてほしいって」
「ふわあっ」
驚いたアインは、はわはわと自分の小さな手とシルクの毛並みが良いお腹を何度も見る。
そして、意を決して、手を伸ばした。
ふさあっ。
「はわわわ!」
温かい感触とふさふさの毛並みにより、調和の取れた極上の音色が奏でられ、アインを幸福へと誘う。
「か、かわいいねえ、かわいいねえ」
「はうん、なんて優しい撫で方! 幸せにゃー!」
アインとシルク。お互いがお互いに虜になってしまったようだ。
そして、ユリーシアは悟る。
可愛いに可愛いを足せば、幸せにしかならないと。
「絵を、習おう……!」
この素晴らしい光景を後世に残す使命が、自分にあるのでは?
ユリーシアは本気で、そう思った。
くたり。
シルクは、すよすよと気持ち良く眠ってしまった。
「ぼくの手は、すごいのかもしれない……っ」
じっと、手のひらを見つめるアインでわかる通り、シルクを寝かしつけたのはアインである。
五歳になったことにより、一つ大人に近づいたのだ。
不思議な力に目覚めたに違いない。
愛らしい猫を眠りに誘うとか、たぶんそういった力が。
「アイン、おいでー」
「はあい!」
不思議な力より、大好きな姉が優先だ。
アインはすぐさまユリーシアに近寄り、抱きついた。
ユリーシアは、小さな包みを持っている。
リボンが結ばれ、メッセージカードが付いていた。
「それ、なあに?」
「これは、私からアインへのプレゼントだよ」
「ぼくの!?」
アインの榛色の目が輝く。
「はい、アイン。よく頑張りました」
差し出した包みの中身は、たんぽぽが咲いたハンカチだ。
ユリーシアの心がたくさん込められている。
アインは両手で受け取ると、そっと抱きしめた。
「ありがとお!」
嬉しくてたまらないというアインの姿に、ユリーシアもまた心が満ちていく。
幸せ、だと。
嬉しい、と。
ユリーシアのなかを、満たすのだ。
包みを開けようとしたアインが、ハッと目を見開く。
「たいへん! ぼくね、わすれてた!」
「何かあったの?」
アインは真剣に、ユリーシアを見る。
「おかあさまが、今日のお祝いに、おねえさまが食べたいのはなに? って! ぼく、聞きにきたのよ!」
アインの誕生日の翌日である今日は、家族でのお祝いが予定されている。
そこに出す料理に、ユリーシアの意見が当たり前のように反映されるのだ。
本当に、幸せだ。
「私は、苺の乗ったケーキが良いなあ」
ふわりと、幸福にユリーシアは微笑んだ。
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