私が欲しいのならば、最強の父と母を納得させてみよ!話はそれからだ!

文月ゆうり

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十一、小さな不穏

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 生クリームは、至高と見たり。
 最近覚えた言葉を脳内に響かせ、ユリーシアはうっとりと目を閉じる。
 部屋で用意されたテーブルと椅子に座り、フォークを使う先には、真っ白なショートケーキがある。
 本日のおやつは、料理長渾身のケーキ。
 苺がつやつやだ。

「とても、滑らかな口触り、でこざいます」

 文字を教えてくれる先生は、たくさんの言葉を知っていた。
 それらを使い、味を表現するユリーシア。

「それは良うございました」

 そう答えたのは、リズやシュゼではなくディアであった。
 今日はリズたちは、休息を取っている。
 二人とも休むのは、本来ならば有り得ないのだが。
 二人が好きだという劇団の公演があると話しているのを聞いて、二人で行く? と、ユリーシアが聞いたからだ。
 最初はとんでもないと遠慮していたが、リズとシュゼは仲が良い友人だというのは事実。
 そして、ユリーシアの願いを叶えたいというヴィザンドリーにより、二人は一緒に観劇に行くことができたのである。
 そうして、エリザベートの侍女であるディアが派遣されたわけだ。

「美味しい……」

 うっとりとするユリーシアに、ディアは微笑み。
 ユリーシアお気に入りのカップに、ミルクティーを注ぐ。

「ミルクは多めにしました」
「ありがとう!」

 紅茶の苦味に慣れていないユリーシアは、ミルクをたくさん入れてもらっていた。
 いつか、お母さまと同じ味を飲むのという密かな野望を持っている。

「夕食は、ご家族揃われるそうですわ」
「やったあ!」

 後宮に急遽作られた食堂に、家族が集うのが当たり前になりつつある。
 帝国に来たばかりの頃は、表情が乏しかったユリーシアは、良く笑うようになった。
 声を出して笑い、素直に甘える様子は、ユリーシアを気にかける全てのひとの心を温めた。

「アイン、最近忙しもんね」

 季節は春から初夏にうつろっていた。
 デイグレード帝国は寒さが厳しい土地だからか、夏が近づいても涼やかだ。
 アインは夏生まれだ。
 すなわち、もうすぐ五歳の誕生日である。
 次期皇帝である皇子を祝うとあり、盛大なパーティーが開かれるそうだ。
 ヴィザンドリーはユリーシアに参加の意思を確認したが、すごく緊張するという理由で不参加になった。
 翌日に、家族でお祝いするということに決まったのである。

「採寸に、パーティーの挨拶練習。泣いてるかも……」

 ユリーシアの言葉に、ディアはにっこりとした。
 大丈夫ですよ、とは言わない。
 実際、何度か中断し、めそめそと泣いているからだ。

「……数日すれば落ち着きますわ。そうしましたら、共にお過ごしできましょう」
「うん……」

 寂しいが、アインだって頑張っている。
 姉として、応援しよう。
 美味しいケーキは、アインと一緒ならばもっと美味しくなるのだ。

「その時は、アインに苺あげるの」
「ユリーシアさま、優しいお姉さまですわね」
「えへへ」

 ディアの入れたミルクティーを飲み、ユリーシアはおやつを再開した。



「ふうん、なかなか持ちこたえているね」

 執務室にて、ヴィザンドリーは冷たい声を出す。
 いつも柔らかく微笑む姿を知る者は、あまりの違いに震え上がるかもしれない。
 ヴィザンドリーに報告書を渡したジューリスは、苦笑している。

「あの国は、教皇さまの評判はすこぶる良いですから」
「はあ、愚かな孫のせいで、あの方も辛い思いをしているからな」

 ユイジット王国が信仰する女神の総本山である大聖教会は、現在の国王の祖母が教皇をしている。
 皆が敬愛せし教皇の孫だからと、どれほど評判が悪くなろうが、他国は見放せないのだろう。
 だが、精霊を信仰するデイグレード帝国は、さっさと手を引いている。
 ユイジット王国に物資の支援をしていたのは、ユリーシアが居たから。それだけだ。
 肝心のユリーシアは、現在では帝国にて穏やかに過ごしている。
 恩義のある教皇は、特にユイジット王国を贔屓にはしていない。公正な方だから、当たり前ではある。
 であれば、ユイジット王国と関わる理由は何もない。

「国民は哀れだが、まあ、しばらくは教皇の孫が国王というだけで何とかなるだろう」
「ユイジットの王女が選定を受けた後は、混乱するでしょうね」
「自業自得だ」

 教皇は、代々ユイジット王国の王族から選ばれる。
 正しい愛を知る者が教皇の座に就くとされ、選定の儀にて錫杖を光らせた者が選ばれるのだ。
 近々、十五歳になる王女が選定を受けるそうだが。

「……実の妹を虐げるような人物が、正しい愛を知るわけがないだろうに」

 ユイジットの王族で選定の儀を受けるのは、件の王女で最後となる予定だ。
 他の兄弟は既に受け、資格なしとされていた。
 ユイジットの王族は、最後の王女こそが資格ありだと思っているのか余裕の姿勢でいる。
 しかし、ユイジットが抱える歪んだ内情を知るヴィザンドリーには既に結果は見えていた。

「ユリーシアの警護を増やしてくれ」
「かしこまりました」

 婚姻書により、ユリーシアはユイジットとは無関係になっているが。
 愚かな者たちの思考では、何をしでかすかわからない。
 ヴィザンドリーはため息をついた。

「小旅行は、延期だな……」

 心底残念がるヴィザンドリーに、ジューリスは同情するのだった。


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