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第四話 誕生日の朝
しおりを挟むぱちりと、目が覚めた。
窓からは朝日が入っている。
ここと外は時間の流れが違うらしいけれど、今は些細な事だ。
セシルは両手を上げ、ばっと毛布を放り投げた。
広い部屋のなか、目を輝かせる。
「誕生日だ!」
夜が終わり、朝が来た。
セシルの最後になる誕生日。
今日、セシルは十四歳になった。
ばたばたとベッドから飛び降り、クローゼットに走る。
真っ白でリボンとレースがたくさんある、子供らしいワンピースを見つけ、ふふと笑う。
「これは、後」
そして、シャツと半ズボンを手に取る。
脱いだ寝間着を下に落とすと、床がたわみ呑み込まれていった。
すぐに洗濯場に辿り着くことだろう。
お母さまの館は、魔法で満ちている。
簡素で動きやすい服装になると、昨日お母さまから頂いたリボンで髪の毛を後ろに括った。
ユーグスと同じ髪型だが、彼みたいに格好良くない。
ちょっと不満に思うが、クローゼット横に掛けてある木刀を見て気を取り直す。
「早く、行かないと」
そして木刀を手に、部屋を飛び出した。
お母さまの館で、剣の訓練が出来るのは広い中庭だ。
館と館の間にある庭だが、子供たちがたくさん遊べるようにと広く場所を取ってある。
そこでは、既にアウルとユーグスが打ち合っていた。
「お待たせ、二人とも」
てってっと、小走りで走り寄るセシル。
二人に早く気づいてほしくて、わざと足音を出す。
アウルが笑顔を浮かべセシルを見て、ユーグスは静かに手招きをした。
「おー、セシル」
「待っていた」
歓迎の言葉に心がじんわりと温かくなる。
セシルは立ち止まると、木刀を構えた。
「どっちからでも、良いよ」
可愛らしい見た目に反した好戦的な態度に、アウルが苦笑いした。
「お前なあ。せっかくの誕生日なのに」
「ならば、俺が相手をしよう」
呆れるアウルとは違い、ユーグスがすっと木刀を構えた。
キリッと表情を引き締め、セシルは相対する。
「は? 最後の誕生日だぞ? 特別な日なんだぞ?」
「アウルよ、これが俺なりの祝い方だ」
「あー……、そうかよ」
そして、セシルとユーグスは息を吸い、しんとした空気を纏い精神を集中させた。
同時に踏み出す。
二人からは和やかな雰囲気は消え去っていた。
お互いを敵だと認識した、戦う者の顔だ。
カンッ!
木刀が打ち合う。
体格差を素早さで補うセシルと、靭やかな筋肉で一撃一撃が重いユーグス。
ユーグスとまともに打ち合っても、セシルには不利だ。
ユーグスの力を木刀で流し、それによりユーグスに出来た隙を突く形で背後に回り込む。
空気が揺れる。
直ぐに振り向いた彼の薙ぐ一刀が来るが、その前にぱこんと腰を打った。
「私の、勝ち!」
ざざっと背後に滑るように下がったセシルは、にこにこと笑う。
ユーグスの鋭い一撃は途中で止まることができないので、距離を取ったのだ。
「……また、負けたか」
何が敗因なのか、と。ユーグスは真剣に考える。
「ユーグスはさあ、集中力が高すぎるんだよ。集中するのは良いけどさ、判断する余力は残しとけよ」
「そうだったのか……」
冷静に指摘したアウルは、今度はセシルを見た。
「セシルはわかっているとは思うけど、木刀だから出来たことだからな? 真剣だったら、打ち合った時点で負けてるぜ? 重さが違うからな」
「はーい」
アウルの言う通りだ。
木刀だから、力を流せた。
本物の剣であれば、剣の重さで簡単に押し負けていただろう。
力の差が歴然としているので、できるだけ打ち合いは避けるべきだ。
セシルには、俊敏さという武器がある。
今後は、それを活かしたい。
「次はアウルやろう!」
「嫌だね」
「えー!」
「俺は、これから用事があるの」
むう、と頬を膨らますセシルの頭をぽんと撫で、アウルは「じゃあなー」と手を振って歩いて行く。
「アウルは気まぐれだ!」
「だが、俺達の未熟さを指摘してくれた」
「それは、そう、だけど」
セシルはアウルとも打ち合いをしたかったのだ。
ユーグスもアウルも、セシルが女だからと手加減はしない。いつも真剣に相手をしてくれる。
それが嬉しくて、今日という特別な日だからこそ、相手をしてほしかった。
しゅんと落ち込んだセシルに、ユーグスは首を傾げる。
「俺だけでは、不満だろうか」
「ち、違うよ!」
セシルは慌てて首を横に振る。
ユーグスに不満などない。ただ、寂しいだけだ。
「アウルならば、きっと……ああ、いや、なんでもない」
「ユーグス?」
物事をはっきりと口にするユーグスにしては珍しく、歯切れが悪い。
ううんと唸るユーグスは、おもむろに木刀を構えた。
「すまない、俺は考えることが苦手だ。だからこそ、今日は祝いの時間まで、とことん付き合う」
口下手な兄らしい言葉に、セシルは小さく笑う。
「嫌か?」
「ううん、すごく嬉しい!」
ユーグスがセシルの誕生日を祝おうという気持ちが良く伝わり、寂しいという気持ちが消えていく。
セシルも木刀を構える。
「いきます!」
「ああ!」
小気味よく打ち合う音が響いた。
イグリスは鼻歌混じりに調理場に立っていた。
両隣には、エプロンを付けたルイズとマリーがいる。
「お母さま、ケーキは生クリームたっぷりが良いわ!」
「うん! セシルちゃんは、生クリームが大好きだもの」
ルイズとマリーの言葉に、同じくドレスの上から真っ白なエプロンを付けたイグリスが微笑み頷く。
「ええ、母はわかっていますよ。あの子は生クリームと苺が大好きですからね」
「俺は、タルトも好きだぜ」
調理場の台に調理器具を用意しながら、訓練場から移動してきたアウルが言う。
「お前の好みは聞いてねぇんだよ」
と、常のようにルイズが反応した。
「うるせぇな!」
アウルも応戦しようとするが、すっとイグリスが片手を挙げたことで口を閉じる。
「おやめなさい、可愛い子供たち。今日はセシルの最後の誕生日なのですから」
「はい」
大人しく二人は返事をした。
そう、今日は特別な日なのだ。
小麦粉や砂糖などの計量をしていたマリーが、イグリスを見上げる。
「お母さま、セシルちゃんの絵本はできたの?」
「ええ、ありますよ」
「セシルちゃん、喜ぶね!」
【千年魔女】は、特別な絵本を創り出す。
それは、大切な子供たちにだけに贈られる。
子供たちの最後の誕生日に。
「セシルちゃんも、十四歳だもの。これで、みんなおそろいだね」
マリーの無邪気な笑顔に、ルイズもアウルも頷いた。
イグリスはそんな子供たちを愛しく見つめる。
「可愛い子供たち、ケーキを焼きましょう。歌を歌いましょう。祝福を与えましょう」
優しい子守唄のように紡がれたそれは、母の愛に満ちていた。
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