最後の誕生日に世界は動き始めた

文月ゆうり

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第一話 千年魔女の子供たち

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 月が照らし闇が支配する時間に、少女は高い高い塔の天辺に立っていた。
 月光に染まる白銀の髪が、さらさらと風にそよぐ。
 白と青を基調としたワンピースを着た少女は、金と緑が混じる不思議な色あいの目で見下ろす。
 眼前に広がる闇夜の視界に浮かぶ無数の光は、多くの民が息づいていることを意味する。
 悠久を生きると言われる、伝説の【千年魔女】が創った王国の街並みの美しさは今は見えない。
 けれど、少女はこの闇に浮かぶ光が好きだった。
 姿は見えずとも、民が暮らしている証に安心するからだ。

「お母さまの国は、とっても綺麗」

 うっとりと眺めていると、リーン……と小さく鈴の音がした。
 ぱっと、表情を輝かせると、ひらりと少女は舞うように塔から飛び降りる。
 そして、ゆっくりと闇のなかに消えるように姿を消した。


 【千年魔女】は、自らが作り出した空間に住むと言われている。
 永劫に存在し続ける魔女の王国は、他国からは畏怖を込めて「不滅の国」と呼ばれていた。
 「不滅の国」には、形ばかりの城があるが。
 それは触れられない幻なのは周知されている。
 国名はあるのだが、あまりにも恐れられているせいか、自国民しか呼んでいない。
 ヴァンダールストが、国の名だ。
 意味を民は知らない。
 【千年魔女】が自分に相応しいと付けたので、それだけで納得する者は多い。
 王たる魔女は、城には住んでいない。
 存在しているのに遠く、近いのに触れられない。そんな不可侵の空間に館を構えていた。
 純白の大きな館に、広い庭。
 緑豊かな場所からは、子供の笑い声が響く。
 魔女が大切にしている五人の子供たちだ。

「ユーグス! それは卑怯だ!」

 庭で木刀を持つのは、ふわふわの金髪に青い色で釣り目の少年だ。動きやすいが品のある白いシャツにズボン姿である。
 顔を真っ赤にする少年に対して、同じく木刀を持つ表情があまり動かない少年が眉を上げる。彼も白いシャツとズボン姿だ。
 ユーグスという名前の少年は、艶やな長い黒髪を後ろで一つに纏め、凪いだ黒い目を向けた。

「アウル、俺は卑怯じゃない」
「卑怯だろ! 今、陽の光を目くらましにしただろっ!」
「作戦だ」
「はあっ!?」

 だんだんっと地面をアウルは怒りのままに踏み鳴らした。
 ぐぬぬと口を引き結ぶアウルに、ユーグスは小さく息をはく。呆れているのかもしれない。

「まあ、野蛮だこと」
「怖いねー」

 離れた場所からは、可憐な二つの声。
 庭の花が咲くところに、柔らかな敷物に座った少女たちが居た。

「マリー、殿方とはなんて恐ろしいのかしら」

 薄い水色の髪を緩やかに流し、蝶を模した髪飾りを付け、フリルをふんだんにあしらったワンピースを着た少女は少年二人に蔑む視線を向けた。

「やっばーん! こわーい!」

 少女に倣って明るく言い放ったのは、マリーと呼ばれた少女だ。
 濃い赤毛をフリルのリボンで左右に結び、横に座る少女と同じく可愛いワンピースを着ている。
 ただ、彼女からは侮蔑も蔑みも感じられない。

「ルイズー、このお菓子美味しいねー」

 彼女は目の前にあるクッキーの方が大事らしい。

「当たり前よ。お母さまがお作りになられたのですから」
「はっ!? 母さまのかよ!」
「うるさいですわよ。お猿さんみたい」

 ルイズが見下して言うと、アウルはまた足を鳴らす。

「お前こそ、未だにぬいぐるみと寝てるくせに!」
「は? もう一回言ってみろや、猿風情がよ」

 淑女らしからぬ豹変振りに、誰も驚かない。
 日常的なのだろう。
 アウルとルイズが言い合うなか、ユーグスがマリーのもとに歩む。

「母さんのクッキー、俺も食べたい」
「んー、手を洗ってから……そうだ!」

 マリーはクッキーを一つ手に取る。
 そして、ユーグスの方に差し出した。
 背の高いユーグスは、屈むとクッキーを口に含む。さくりと軽い音がした。

「うん、美味しい」
「お母さまのクッキーだもん!」
「そうだな。美味しいのは当たり前か」
「うん!」

 にこにこと笑う二人と、言い争う二人。
 そんな賑やか過ぎる庭に、風が巻き上がる。
 そして、風の中心から白銀の髪が揺れ少女が姿を現した。
 可憐な容姿に、神秘的な魅力のある少女は夜の王都を眺めた時と同じ格好のままだ。
 すとんと、地面に着地すると、庭にいる子供たちに向けて大きな声を出す。

「お母さまが帰ってくるよ!」

 ぴたりと、動きを止める皆に、少女は気持ちがわかるとばかりに頷いた。
 真っ先に動いたのはマリーだ。

「セシルちゃん、ほんと!?」
「うん! 帰還の鈴が鳴ったもの」

 そして、言い争いを止めたアウルとルイズもセシルを見た。

「母さま、元気そうか!?」
「馬鹿なの? まだ帰ってないのに、わかるわけないじゃないの!?」
「うるさい!」

 賑やかな二人の次は、ユーグスだ。

「母さんに、押し花の栞を作ったんだ。喜んでくれるだろうか」
「お母さまだもの。絶対に喜ぶよ」
「抱きしめてもらえるかも!」
「そ、そうか」

 僅かに頬を染めたユーグスを見て、セシルとマリーは微笑み合う。

 ここは、【千年魔女】であるお母さまの特別な世界。
 彼女が慈しみ、守る子供たちの住む場所だ。
 子供たちは、セシルを除き皆十四歳。
 そして、セシルももうすぐ十四歳を迎える。
 最後の誕生日が来れば、特別な絵本がもらえるのだ。
 お母さまがくれる、世界で一つだけの絵本。
 セシルは、それが楽しみだった。

 ふと、空が揺れた。虹色の光が通り過ぎる。
 子供たちは顔を輝かせた。

 【千年魔女】、イグリスの帰還だ。


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