転生者はチートを望まない

奈月葵

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1巻

1-3

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 どうしよう。後半の推測だけを言うべきだろうか。いや待て。それだって、五歳児の考える事?
 既に〝全属性持ち〟なんてチートが発覚してるし、今更魔力がえるってのが増えても変わりないような気もする。全属性持ちは滅多にいないけど、多少記録があるらしいし。
 ひょっとしてえるのも共通点とか。でも、魔力どころか精霊もえている事がバレると、更なる面倒事が起きそうだ。
 なんせ五歳にして親と別れ、魔術学園なんて所へ向かってるのだ。マッドな研究者に捕まって、「魔術の未来のために!」とか言って研究材料にされたりして。しかも相手が貴族だったら下手に抵抗できない。私はしがない農家の娘だ。
 対策としては、権力者に後見人になってもらうとか? 権力を振りかざすやからは、権力に弱いだろうし。
 しかし借りを作りすぎると、動く砲台として戦地に駆り出される恐れもある。実験材料は嫌だが、兵器扱いも嫌だ。

「えと、………………カン?」

 やっぱり怖くてカミングアウトならず。優柔不断で悪いかー! 

「カン、ですか」

 スインさんはいぶかしんでいたけれど、隊長さんの鶴の一声で追及されずにすんだ。

「いつまでも立ち止まっているわけにもいかねえし、出発するぞ。嬢ちゃんは寝てろ」

 てなわけで、馬車の旅再開です。私はグロッキーから回復しきっていないので、隊長さんの言うとおり壁に向かって毛布にくるまり、オヤスミモードに入る。だがしかし馬車の揺れが収まるわけでもなく、羊を数えたところで眠れやしないのだった。
 あー揺れない方法はないものか。風魔法で空中浮遊――あっという間に魔力切れしそうだ。地魔法で砂鉄を集めてバネを形成――馬車のどこにつけたらサスペンションになるか不明。てか、サスペンションの詳しい構造も知らないや。
 よくある異世界転生物語なら、現代知識をかして無双なんて展開があるけれど、あいにく穴だらけな私の記憶。
 自分の事以外なら割と思い出せるんだけど、現代道具を効率良く使う方法なんて役に立つだろうか? 私は無理だと思うね。針金ハンガーをゆがめて、ストッキング被せて隙間掃除ーなんて、この世界でどうかせと?
 そもそも針金ハンガーは魔法で作れそうだけど、ストッキングなんて見た事ないよ。都会の人は持ってるかもだけど、高級品だろう。そんな物を掃除に使えるか、もったいない! ていうか、掃除道具は今必要ないし。
 うだうだしていると、地の精霊が寄ってきた。首をかしげ――三頭身だから身体ごとかたむいて、ミノムシ状態の私を覗き込むと、おもむろに私の頭をなで始めた。
 なんか気持ちいいかもー。かすかにストロベリーの香りがして、心をなごませる。アロマテラピーみたいだ。
 ふむ。アロマと言えば、車酔いにはペパーミントだったか。ハーブ料理があるから、ミントはありそうだけど、効能も同じかはわからない。

「スインさん、何か気分がスッキリする香りの物はないですか?」

 ころりと転がって壁から離れ、遠回しに聞いてみた。

「スッキリする香りですか」

 彼はおとがいに手をやり、考えこむ。

「子供はタバコ吸えないしな」
けむいのは嫌いです」

 御者ぎょしゃ席からの声に、間髪かんはつれずに拒否しておく。

「そうだ、タバコです」

 いやいや、スインさん。貴方聞いてましたか? タバコは嫌いなんです。てか、五歳なんで吸っちゃダメです。

「タバコには、ミントが入ってます」

 おや。こっちの世界にも、ミント入りタバコがあるんだ。問題は生の葉っぱがあるかどうか。タバコを解体した物は、ニコチン臭がしそうだ。
 スインさんは食材を入れた保冷箱をあさりだした。ほわほわと白い煙が箱から溢れてくる。保冷箱は魔石を使った冷蔵庫のような物だ。もっとも、入れておけば長持ちする程度の性能だし、手早く出し入れしないとあっという間に外気と等しくなってしまう。

「ありました」

 差し出された葉っぱを受け取って、匂いをいでみる。うん、前世の物と同じ匂いだ。少し千切って口に入れると、お子様の舌だからか、苦く感じる。残りを手に包み込んで鼻先に持ってくると、「食べないんですか?」と聞かれた。

「苦かったから、香りだけ楽しみます」
「そうですか」

 スインさんは微笑んで私の頭をひとなでし、元の位置に座った。
 目を閉じてゆっくり深呼吸すると、さわやかな香りが鼻腔びこうを通る。ふと気配を感じて目を開ければ、風と地の精霊がすぐ側にいて、ミントを包む私の手に触れた。とたん、ふわりとミントが強く香る。かすかにカスタードとストロベリーの香りもする。それらから連想したのは、苺ミルフィーユのミント添えだった。
 ひょっとして、精霊が魔法を使うと香りがするのだろうか。お菓子の香りの精霊か。可愛い彼らにはお似合いだ。小さく笑った私は、口の中で「ありがとう」と呟いた。
 地の精霊がキョトンとする。風の精霊が嬉しそうに笑って、地の精霊に何かつたえた。至近距離なのに、なぜか私には聞こえない。声を聞くには、違う素質がいるのだろうか。
 地の精霊が風の精霊に頷き、私に向かってにぱっと笑う。
 ん? ひょっとして、さっきのお礼は風の精霊にしか聞こえなかったのかな。で、通訳してくれたって事? むう。スインさんに聞くわけにもいかないし、そういう事でいいか。

「さて、では講義の続きをしましょうか」
「はい! その前に質問」

 ガイが基礎魔術講座再開の声をさえぎった。

「なんですか、ガイ君」
「さっき言ってた、まりょくぐらいって何?」
「魔獣の一種ですが……魔獣とは何か知っていますか?」

 ガイは首を横に振った。

「魔獣は多くの生き物の死やうらみなどで汚染された魔力の影響を受け、動物が変化へんげした物です。魔法は使いませんが、魔力による身体強化で通常の獣よりも力が強く、凶暴です。獣と魔獣を見分けるのは、少し困難ですね。攻撃されてからでないと、破壊力がわかりませんから。魔力喰まりょくぐらいは特殊で、魔力を持つ物質だけではなく、魔力自体もかてにします」
「魔力を喰うって事は、もとは精霊だったのか?」

 同じにするなと言わんばかりに、精霊達がブンブンとかぶりを振った。

「いえ、それはわかっていないんです。しいて言えばワニのような姿ですが、ワニはあそこまで巨大ではありませんし……どちらかと言えば、魔物に近いのかもしれません。どんな属性の魔力であろうと食べてしまいますしね。魔法を使わないので、魔獣に分類されていますが」
「まもの?」
「基本的には魔法を使う知性がある、ひと以外のモノとされています。ドラゴンは獣と言えますが、魔法を使える種と使えない種がおり、魔法を使う種は魔物に分類されます。かなり大雑把おおざっぱな分類ですね」

 スインさんは苦笑いした。

「魔物は魔力をかてとし、精霊に力を借りる事なく単独で魔法を使います。殺した生き物を取り込む事で肉体を変化させる魔物もいますね」

 ぞくりと背筋が震えた。

「えと、魔力喰まりょくぐらいは噛みついてくるのか?」

 ガイも少々青ざめている。図太い彼も、さすがに怖かったようだ。魔力喰まりょくぐらいに話を戻そうとする彼に、スインさんは微笑んだ。でも、戻したところで楽しい話ではない。身をまもるためには聞いておかなければならない大事な話だけど。

魔力喰まりょくぐらいは噛みつく事で、獲物から魔力を強制的に吸い上げます。精霊は術者の命にかかわるような魔力の枯渇こかつ状態には絶対しませんが、魔力喰まりょくぐらいは獲物が死ぬまで離しません」

 コワ! 魔力が枯渇こかつすると死んでしまうのか。いや、魔力喰まりょくぐらいは噛みつくのだから、場所によっては失血死という可能性もある。

「魔石や魔道具に噛みつかれれば、宿る魔力を奪われて修復不可能なまでに破壊されます。魔力弾はもちろん、魔法での攻撃も、魔力をまとっていますからね。炎は消え、風は霧散むさんし、水や土は砕け落ちます。通用するのは剣だけですが、鋭い爪と牙を持つ巨体相手に戦うとなると、それ相応のダメージを覚悟しなければいけません」

 とんでもない魔獣のようだ。ハンターギルドのBランクがどの程度の使い手なのか知らないけれど、そんな化け物が本当に複数匹うろついていたとして、十人ぽっちで殲滅せんめつできるんだろうか。最初はSランクに依頼があったらしいのに、他の仕事で動けないだなんてちょっと不満だ。ギルドのおきてに先行契約遵守じゅんしゅとかいう項目でもあるのだろうか。
 まったくもう、人命を優先してよ。

「もし出くわしたら、倒せる?」
「………………」

 わー! わー! わー!! 
 ガイの無邪気な問いに場がこおった。幼子って怖い。なんて答えにくい事を聞くんだ。

「ムリ?」
「………………」

 空気を読め! 倒せませんなんて、言えるわけないだろう! 
 あ、失礼。隊長さん達が弱いとは言いませんよ? でも、スインさんの魔法はさっきの廃棄物処理しか見てないし、「縁起の悪い事言わんでください」ってグゼさんが言ってたからねぇ。出会うと縁起が悪いんだよ? 余裕で倒せるなら、そんな言い方しないでしょ。

「……全力で逃げる事になると思います」

 だよねー。あぁ。なんだか嫌な予感がする。遭遇フラグが立ってしまった気がする。
 不安で頭と胃がぐるぐるし始め、ミントを握った手に思わず力を入れると、なだめるように頭をなでられた。水の精霊だ。ポンポンと背中を叩くのは火の精霊。思考が落ち着いて、身体がぽかぽかしてくる。そして今度はキャラメルとミルクチョコレートの香りがした。
 やっぱりお菓子の匂いだ。水の精霊と火の精霊、どっちがどっちの香りなんだろう。
 しばらくすると、身体を温められたからか睡魔がやってきて、馬車酔いで疲れた五歳児の身体は、あっけなく降伏したのだった。



   第三話


 スープの香りがして、目が覚めた。馬車の中には私一人で、ガイもスインさんも、パナマさんもいない。あ、水と風の精霊は、馬車の降り口に腰掛けていた。
 私が起きた事に風の精霊が気づき、手招きする。精霊と一緒に外を見ると、一行がお昼ご飯の準備をしていた。かまどが作られていて、スープ鍋が火にかけられている。鍋をかき混ぜているのはスインさんだ。
 魔術師に鍋。ププッ。似合いすぎ。
 パナマさんは串に刺したパンをあぶっている。ガイは食器とスプーンを手にスタンバイ。うん、君は食べるの専門だもんね。五歳児の私もだけど。
 地の精霊はかまどに腰掛けていて、火の精霊は燃える火を覗き込み、楽しそうにステップを踏んでいた。あの子達がかまどを作ったのかもしれない。
 木立の中から、グゼさんとブルムさんが枯れ枝を手に戻ってきた。そして、馬車の陰からは隊長さんがやってくる。地図を手にしているから、道を確認してきたのだろう。

「目が覚めたかい、嬢ちゃん」

 私に気づいた隊長さんは、抱っこして馬車から降ろしてくれた。

「気分はどうだい?」
「大丈夫です。眠ったら、だいぶ良くなりました」

 精霊達のおかげだ。眠れたのも身体がだるくなくなったのも、精霊達がなでてくれたからだ。たぶん回復系の魔法を使ってくれたのだと思う。魔力をあげてないのに、優しい子達だ。
 ガイの隣に腰掛けて、スープの入った木のうつわをもらう。スプーンも木製だ。軽くあぶってもまだ硬いパンはスープにひたし、柔らかくしてから食べる。

「ではいただきましょう」

 スインさんがそう言うやいなや、ガイは硬いパンを物ともせずに、少しスープにひたしただけで食べてしまう。

「ガイ、ゆっくり食べないと喉につまるよ」

 一応注意をうながして、私はスープをすすった。
 そういえば、精霊達に食事は必要ないんだろうか。魔力を食べるのは、魔術師の要請を受けて魔法を使う時だけ? さっき、頼んでないのに魔法を使ってくれたから、お礼として魔力をあげてもいいんじゃないかな。
 渡し方は……スインさんに聞くと藪蛇やぶへびになりそうだ。魔法モノの小説を参考にするなら、確か気の流れをイメージするという描写があった。
 ふっふっふ。気功なら知ってますよ。ちょっと調べた事があります。でも凄く奥が深くて、私が知っているのは、ほんのさわり程度。だけど問題ないだろう。必要なのは正確な知識ではなく、イメージだ。魔法はイメージが重要って、スインさんも言ってたし。さいわい、読みあさっていた漫画や小説、アニメにも魔法モノがたくさんあったから、その手のイメージはお手の物だ。
 あやふやな知識を想像力で補完する。気を魔力と仮定して、体内に巡らせて練り上げ、右人差し指の先に集める感じでどうだろう。
 パンを味わいながら、目を伏せて早速トライ。
 えーと、まずは深呼吸。
 私は胸に魔力のたまをイメージすると、胸元から順に巡らせた。
 しばらく続けていると、何か温かいモノが感じられた。これが魔力だろうか。私は魔力のたまのイメージを体内に巡らせるのをやめて、たまが右肩を通り、腕を通り、人差し指の先に流れ込むのをイメージした。すると、温かなモノも一緒に移動する。
 目を開けて確認すれば、指先が蜜色に光っていた。うまくいった。

「ミラさん?」
「っ! っはい」

 いきなりスインさんに呼ばれて、集中がける。光が霧散むさんした。
 び、びっくりした。バレた? バレたの?
 挙動不審な私に「また気分が悪くなったのかと思いまして」と優しい言葉をかけてくれるスインさん。
 ごめんなさい。「魔力集めてました」なんて絶対言えない。

「いえ、ちょっとぼーっとしてました」
「寝ぼけてるのか?」

 ナイスだガイ。たまには使える。
 集中している間にふやけきってしまったパンを食べて、精霊達を探す。さっきまでかまどの周りに居たはずなのに、いない。視線を巡らせると、まきの山の近くで固まっていた。私は小首をかしげる。
 おしくらまんじゅう?
 いや、震えてる。何かにおびえているみたいだけど……
 私が見ている事に気がついた火の精霊が、焦った顔で何かを訴えた。でもやっぱり声は聞こえない。小さな手が指さした馬車は、丘を背にして止められていて、くびきから放たれた馬達が、のどかな様子で草をはんでいる。騎士の軍馬も一緒だ。
 他の精霊達も、ジェスチャーを交えて訴え始めた。けれどわからない。私が更に首をかしげると、スインさんが再度声をかけてきた。誤魔化ごまかそうと振り仰いだ瞬間、脳裏のうりに一瞬文字が浮かんだ。カタカナで三文字。

『キケン』
「え?」

 思わず声を出して、精霊達を振り返った。彼らが顔を輝かせる。またも脳裏のうりに文字が浮かぶ。今度は二つだ。

『キケン』
『ニゲテ』

 パソコンのモニタに表示されるように次々浮かび、徐々に数が増えて私の思考の邪魔をする。

『キケン』『ニゲテ』
『ニゲテ』『アブナイ』
『ニゲテ』『ニゲテ』『ニゲテ』『ニゲテ』『ニゲテ!』
「ミラさん!」

 スインさんが私の両肩に手を置いて、向き直らせた。

「どうしたんです、ミラさん」

 顔を覗き込んでくるスインさんにどう答えるべきか、警告で埋め尽くされた頭では考えられない。私は譫言うわごとのように呟いた。

「……精霊達が、おびえて……」
「精霊がえるのですか!?」
『キケン』
『ニゲテ』
『クル!』
「キケンって何。何が来るの!?」

 私は更に文字情報を読み取ろうと、強く目をつむって叫んだ。

『マリョクグライ!』

 同時、轟音ごうおんが耳をつんざいた。馬のいななきが大気を切り裂き、全員が馬車を振り返ってこおりついた。けれど騎士達は瞬時に抜剣し、ソレに相対する。

「なんてこった。マジで魔力喰まりょくぐらいがお出ましとは」
「なんすか、あのデカさ!」
「ギルドには厳重抗議ですね」
「まったくだ」

 ソレは丘の上から落ちてきたのだろう。大破した馬車の残骸の中、薄汚れながらも黒光りするうろこに覆われた、体長五メートル越えの魔獣が舌なめずりをしていた。


 巨大な体。鋭い爪。厚い舌がうごめ口腔こうこうからは、のこぎりのような牙がぞろりと覗く。サイズは想像以上だったが、スインさんが言ってたとおり、魔獣はワニに似ていた。

「おそらく奴は手負いだ。死に物狂いで魔力の強い者を狙ってくるだろう。俺達の今の装備では時間稼ぎにしかならんだろうが、スインは子供達を連れて逃げてくれ」

 隊長さんの指示で、スインさんが私とガイの腕を引いた。

「ゆっくりで構いません。奴から目をらさずに下がって」

 頷いて腰を上げる。ふと精霊達を視界のはしとらえると、彼らの目は魔獣に釘づけになって震えていた。魔力喰まりょくぐらいはあらゆる魔力をかてとすると聞いた事を思い出す。
 もしかして、精霊も捕食対象!? 
 あの子達も連れて行かないと! だけど私が下手に動けば、魔力喰まりょくぐらいを刺激するかもしれない。そうだ。さっき頭の中に浮かんだ文字を私から精霊に送れないだろうか。

『おいで。こっちにおいで』

 じっと見つめて念じるが、精霊達はおびえるばかりで気づかない。それとも送れていないのか。

「ミラ、何してんだ。行くぞ」

 ガイが、私の腕を引く。

「わかってる。でもあの子達を置いていけない」
「あの子達って、誰の事だ?」

 ああしまった。精霊がえる事は秘密なのに、口が滑った。でもフォローを考えている暇はない。文字が送れないなら、他に何か手は……
 そうだ! 馬車の中で、風の精霊は私が呟いた言葉を聞き取った。もしかしたら……

「こっちに来なさい」

 吐息に乗せて、祈るようにささやいた。風の精霊が私を振り返る。
 届いた! 
 音は空気の振動。思った通り、風の精霊は音に敏感なんだ。
 ボロボロと涙を流しながら、風の精霊は他の三人の服をむんずと掴んで飛んだ。私の胸に飛び込んできた精霊達を両手で抱きしめるのと同時に、魔獣が咆哮ほうこうする。

「来るぞ!」

 騎士達が魔獣へ向かって駆け出した。私はスインさんにさらわれるように抱き上げられる。

「走って!」

 スインさんの言葉に、放たれた矢のごとくガイが駆け出した。スインさんも走り出す。

「風よ、魔石をかてに成せ。我らに更なる加速を!」

 スインさんの腕輪から緑色の魔力が解放されて、私の腕の中にいる風の精霊が、必死に腕を伸ばして魔力を取り込んだ。とたん、風の補助を受けたのかスピードが増す。

「囲い込め!」
「一撃入れたら即離脱! 足を止めるな!」

 怒号どごうが飛び交い、剣戟けんげきの音と魔獣の咆哮ほうこうが響く。私はスインさんの肩越しに遠く離れた後ろを見やり、息を呑んだ。
 グゼさんが魔獣に突き刺した剣を抜こうとした一瞬、尻尾が振られて、はね飛ばされる。
 隙を逃さず、逆サイドから隊長さんとパナマさんが更に足に剣を打ち込む。悲鳴を上げながら、魔獣は刺された足を振り上げた。
 剣を奪われては攻撃手段がなくなる。剣を掴んだまま高く持ち上げられた二人は、上空で魔獣の足を蹴りつけ、剣を引き抜き落下した。受け身を取って素早く転がり、彼らを踏みつぶそうとする魔獣の足を避ける。

『グルォォォォォン!』

 苛立たしげに咆哮ほうこうする魔獣。騎士達を睥睨へいげいする目がこちらをとらえたと思った瞬間、総毛立った。
 来る。
 ドッと地を蹴り、ブルムさんを体当たりで吹き飛ばし、追撃する騎士達に構わず、こちらに爆走してくる。
 速い。
 全身細かな傷と血に覆われ、大きく開かれたあぎとからは唾液がつたう。らされる事のない血走った目に宿やどっているのは、えだ。
 奴が狙っているのは、私だ。
 そう気がついて、血の気が引いた。次に、怒りが満ちた。

「ジョーダンジャナイ」
「ミラさん?」

 口端こうたんからこぼれた低い声に、スインさんが私の視線をたどって後ろを振り返る。迫り来る魔獣に気づいて、一瞬足をもつれさせた。
 私は身をよじって彼の腕から飛び降り、魔獣に立ちはだかる。私が抱いていた精霊達も、震えながらも地に足を着けた。

「ミラ! スインさん!」

 止まった私達に気づいたガイが叫ぶ。

「何してる! 逃げろ!」

 傷だらけになりながらもなお、魔獣を追ってくる隊長さんとパナマさん。骨が折れているみたいなのに、起き上がろうともがくグゼさんとブルムさん。

「ジョーダンジャナイ」

 そう、冗談じゃない。前世では車にはねられて死に、今世は魔獣に喰い殺される? しかも私だけじゃない。このままだとガイも、スインさんも、みんなみんな……

「チートなんていらない。でも、あるなら今ここで奴を倒せっ」

 口の中でそう呟き、顔を上げて脳裏のうりに望むモノを描きだす。常人にない魔力は転生時に偶然手にしたか、誰かに与えられたのか。どっちだかわからないけど、今はどうでもいい。チートなら魔法が使えるはずだ。むしろ、今使えなくてチートと言えるか! 

「我が魔力をかてに成せ!」
「ちょ、おい! まさかスインの真似か!?」

 驚きのあまり、隊長さんがつんのめって倒れる。

「え、ミラ、魔法が使えるのか!?」
「いけませんミラさん! さっき私が作った程度の穴ではどうにもならない!」

 そんな事はわかってる。あんなのじゃ足だって引っ掛かりやしない。
 驚愕きょうがくの声を上げるガイとスインさんを黙殺し、私は魔力の練り上げもそこそこに、その力を前方へ突き出した右手に送った。みるみるうちに蜜色の光は巨大なたまとなる。魔力を取り込んだ地の精霊が姿を変えた。三頭身の小人から見上げるほどの長身へ。金色の髪が風になびく。
 私は右手を高々と頭上に掲げ、一気に振り下ろした。

「障壁!」

 大地が振動し、轟音ごうおんと共にソレはまたたく間に造り出された。幅三メートル、高さ八メートル。下部の厚さ七メートル、上部三メートル。緩くを描いた防波堤ぼうはてい型の壁。
 突然現れた障害物に、魔獣は突進の勢いを殺せずに突っ込んだ。だが、高密度の障壁は揺るぎもしない。

「と、止まった。でも駄目です! いくら頑丈でも、これでは魔力を喰わせるようなもの……」
「本命はこっちじゃないです」
「え?」


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