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牧師の言葉

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 さらに三年が経ったある日、アイレットは大公閣下から届いた手紙を読んでいた。最近は、いつでも迎えに行くよが、さよならの代わりに使われている。どうしたものかと思っていた。

「アイレット、違う道を進むのも悪くはないよ」
「牧師様、どうしたんですか」

 声を掛けたのは、アイレットをクリスティアナ教会にスカウトしたシーラ牧師だった。もう二十年以上の付き合いになる。

「手紙の相手を知っている…」
「別に隠してはいませんよ、友人ですから。預言者みたいなことを言わないでくださいよ」
「ふふふ、結婚が幸せだなんて思っているんじゃないだろうね」
「牧師の台詞ですか」
「台詞ですよ、幸せになりますと結婚した人が、傷付いたのをどれだけ見たと思っているんですか」
「それは、そうですね」
「あなたは、結婚が幸せだと思っているから、結婚したくはないと思っているのではないですか?」
「そうですね、そう思って生きて来ました」

 幸せになどなってはいけないという思いから、結婚をする選択肢はなかった。

「あなたが何か抱えているのは知っています。誰かに話して、楽になりたい。そう思っていないことも」

 牧師は幼い頃から礼拝に通うアイレットをずっと見て来た。何か懺悔するように、一生懸命に祈っていた。何か償いたいことがある、そして通い続けることから、一時的なものではないことを察した。

 話して整理が出来ることもあると、訊ねたこともあるが、これは私だけの罪ですから牧師様には分けられませんと言った。

「…それは」
「償いならば、結婚も償いになるかもしれませんよ」
「結婚が?」
「そうです、結婚して苦労することも償いになるかもしれません」
「かもしれません?」
「そうです、預言者ではありませんから、かもしれないでいいのです。誰かのために生きてみるのも、償いですよ」

 償い方は人それぞれである。アイレットの場合は、ここではなくてもいい。そんな時期に来ていると思っている。

「追い出したいのですか?」
「まさか、アイレットの授業は評判がいいですよ」
「じゃあ、いいではありませんか」
「これはあなたをずっと見て来た私の希望です。私はあなたに人の想いを受け入れて欲しい、そう思っています」
「受け入れる…」

 私は前世の罪も、生まれ変わったことも、家族のことも、色んなことを受け入れてきたつもりだったが、そうではなかったのだろうか。

「そう、あなたは与えてばかり」
「寄付とか貰ってますけど」
「寄付は有難く、いただきます。受け取るのです、人の見えない思いを、どうですか。賢いあなたなら分かるでしょう?」
「意地悪な言い方ですね、でも言いたいことは、はい、分かります」

 アイレットという一人の人間として、見えない思いを受け入れろと言っているのだろう。シーラ牧師は軽口を言いながら、核心を突いて来る。敵わない。

「踏み出してみなさい。有難い牧師様の御言葉です」
「本当に預言者みたいになってますよ」

 アイレットは大公閣下に、では迎えに来てくださいとだけ書いて送った。大公閣下と修道女、どうなるのか分からないが、どうにかなるのだろうと思った。

 修道女だけでは償いになるわけではない、そんな理由にして、足りなかったとしても、受け取ってみようと、そう思った。

 仕事は?大公閣下でしょう?と言いたくなったが、二日後には本当に大公閣下は迎えに来た。

「会いたかった」

 私の会いたい人はもういないが、私に会いたいと言ってくれる人がいる。それはとても大事にしなければならなかったのだろう。
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