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消える前の母2

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「男爵家に夫がご迷惑を掛けたのではないかと…ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ございません。すぐに帰りますので」
「っえ、そのようなことはありません」
「ですが…」
「正式に婚約していたわけではありませんし、本当にグラーフ伯爵からは、断らせて欲しいとは言われましたが、それだけです。何もありません」
「そ、そうですか…」

 ただ横柄に断っただけだろうか…それでも申し訳ない。アレクスは不快させる天才なのだから、穏便に済ませているとは思えない。

 そしてアレクスが渋っていたために、正式に婚約は結ばれてはいなかった。ただ結ばれていても、お金で解決しただろう。

「ご縁がなかったと、それだけです。お嬢様はお元気ですか?」
「っあ、あの…」

 王都ではユーリの急死は公になっているが、男爵領にはまだ届いていないか、知ることもなかったのだろう。

「息子のことは気にしないでください。お嬢様の幸せを願っていると思います」
「亡くなりました…」
「っえ、そんな、いつですか」
「十一日前です…急死でした」
「そんな…」

 マイカ夫人は息を吞み、酷くショックを受けたようで、後ろに下がりながら、口元を押さえて、僅かに震え出した。

「ご結婚されたと、そんな…」
「大丈夫ですか?娘はお墓参りに来たいと思っていたそうです。ですが、来れないまま亡くなって、私が代わりに頼まれたのです」
「そう、だったのですか…そんな時にわざわざ、ありがとうございます」
「いえ、私はあの子の望みを叶えてあげられず、出来ることはこのくらいで…情けない母親です」

 サイラはマイカ夫人も言われて困るだろうが、言わずにはいられなかった。

「息子は…お嬢様が幸せにされいるとばかり…」
「私も娘の全てを知っているわけではありませんが、おそらく幸せ…ではなかったと思います」
「でも薬師になられたと」
「ご存知でしたか」
「息子が夢が叶って良かったと、喜んでおりました」
「ああ、そんな…」

 私以外に薬師になったあの子を喜んでくれる人がいたことに、サイラは思わず涙が止まらなかった。

「奥様?」
「誰も、私以外誰も、喜ばなかったんです…」

 ユーリが試験に受かったと言った日、私は飛び跳ねたいほど嬉しかった。アレクスは喜ぶようなことはないと思ったが、ルオンはともかく、メルベールすら、そんなことよりと別の話を始めて、喜ぶことはなかった。

 ユーリは気にしないでと言っていたが、あんな家でなかったら、ユーリの好きな食べ物とケーキを用意して、お祝いしたかった。

「それは…」
「取り乱して、申し訳ありませんでした。ご子息様、ご結婚は?」
「いいえ、仕事に集中したいからと…」
「そうでしたか…今さら言われても困るとは思いますが、娘は、ご子息様と婚約を望んでいました。ご子息様が望んで、私が…もっと力があれば…」

 ユーリもミランス様もどちらかが生きていたら、口にすることはなかったが、お母様だけにでもユーリの気持ちを知って欲しかった。

「あの子が聞いたら喜ぶでしょう。私も未だに、ただいまって息子が帰って来るような気がしてならないんです。お時間があるようでしたら、家にいらっしゃいませんか?ここから近いんです」
「でも、ご迷惑では」
「いいえ、是非、話をしませんか」

 護衛の方達にも了承を貰って、オーリー邸にお邪魔することになった。大きな屋敷ではなかったが、きれいに整理整頓されている、温かい邸だった。良いものが置いてあっても、グラーフ伯爵家とも、生家であるパーシ子爵家とも全く違った。

 そこでマイカ夫人と、オーリー男爵も帰って来られて、良い家族であればあるほど、自分とユーリとの違いに打ちのめされながら、様々な話をした。

 そして、サイラは邸に戻って、アレクスに離縁を申し出るのであった。
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