上 下
32 / 118

姉夫妻3

しおりを挟む
「キリアム!お母様が伯爵家から出て行ったの!」

 出掛けていたキリアムが戻って来ると、慌てた様子で着替えている最中にメルベールがやって来た。

「え?」
「今日、急に訪ねて来て出て行くって」
「離縁ってこと、かい?」
「それはお父様に任せるって言っていたけど…顔を見たくないのは分かるけど、お母様、何だか別人みたいで」
「別人?」
「嫌ならここに住んだらいいと言ったのよ。そうしたら、伯爵家が見えるようなところ、吐き気がするって…」

 もし思っていたとしても、そんなことを言う人ではない。何かの間違いだろう。

「聞き間違いじゃないのか?義母上が言うはずないだろう」
「いいえ、本当にそう言ったの。葬儀に間に合わなかったことも責めるように言われて…」
「それは…オーランドが言っていたんだ。ユーリを看取ったのは、義母上だけだったそうだ」
「そんな…何かユーリがお母様に話したってこと?」
「何かって何だい?別に話して困るようなことはないだろう?」
「私を責めるようなことを言ったのかもしれない」

 それは仕方のないことではないか、責められて当然だろう。毒を飲んだのはユーリの意思だとしても、叔母というだけで大公家に一人で謝罪に行って、文句をも言いたくもなるだろう。

「言われても仕方ないじゃないか」
「えっ、でもお母様に言う必要はないでしょう?」

 自身の母親に、側にいた、たった一人の人に言う方が自然だろう。

「なぜだい?ユーリは命を懸けたんだよ、最期に文句を言いたくもなるだろう?」
「だって、そんな死ぬ人が何を言っても、信じるでしょう?」

 だから何だというのだろうか、死に際に嘘を付く必要もなければ、もし嘘を言ったとしても、それが何だというのだ?

 ユーリしか知らない、何か後ろめたいことでもあったというのか?今まで何も言わなかった母親に言われたことがショックだったのだろうか?

「義母上に自分を悪く言われたことが気に入らないってことかい?」
「そういうわけじゃないけど…ずるいじゃない」
「ずるい?何がずるい?」
「だって、私とルオンに使った時間をユーリに使うって。私はいないと思って頂戴とまで言ったのよ。私だって娘なのに!私だって毎日辛いのに、支えてくれるのが母親でしょう!酷いじゃない…」

 アベリーのことで参っており、娘としてはショックだったのかもしれないが、確かに一番時間を掛けられていないのはユーリだろう。

「あと、パーシ子爵家が援助を頼んで来ても見捨てろって。オーランド様にも伝えておいて欲しいって」
「そこまでの覚悟で出て行かれたんだろう」
「キリアムは心配じゃないっていうの!お母様は働いたこともないのに」

 今まで貴族夫人だった人が、ひとりで生きていくのは難しいことだろう。だが、何もかも切り捨てたように出て行ったのならば、覚悟は出来ているはずだ。

 もしかしたら、既に仕事が決まっているのかもしれない。

「それはそうだが、どうするって言っていたんだ?」
「針仕事は出来るからって、落ち着いたら手紙を書くとは言っていたけど」
「どこへ行ったか、心当たりがあるのか?」
「子爵家でないなら、分からないわ」

 それならば探しようはない、無事だと信じるしかない。

「それなら、待つしかないんじゃないか。自らの意思で出て行かれたのなら、連れ戻せないだろう?義父上に探してもらうように頼むか、そのくらいじゃないか」
「お父様は意固地になって絶対探さないわよ、戻って来ると高を括っているはずよ!いい罰にはなるけど、話を聞いてくれる人が二人もいなくなるなんて…」

 義父上は当分は探すことはしないだろう、だが戻って来なければ、動くのではないか。メルベールもアベリーのことで、余裕がなくなっていることは分かっているが、アベリーが理解するか、寄宿学校に入るのが先か、見通しの悪いままだ。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

記憶を失くした彼女の手紙 消えてしまった完璧な令嬢と、王子の遅すぎた後悔の話

甘糖むい
恋愛
婚約者であるシェルニア公爵令嬢が記憶喪失となった。 王子はひっそりと喜んだ。これで愛するクロエ男爵令嬢と堂々と結婚できると。 その時、王子の元に一通の手紙が届いた。 そこに書かれていたのは3つの願いと1つの真実。 王子は絶望感に苛まれ後悔をする。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません

ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは 私に似た待望の男児だった。 なのに認められず、 不貞の濡れ衣を着せられ、 追い出されてしまった。 実家からも勘当され 息子と2人で生きていくことにした。 * 作り話です * 暇つぶしにどうぞ * 4万文字未満 * 完結保証付き * 少し大人表現あり

もう終わってますわ

こもろう
恋愛
聖女ローラとばかり親しく付き合うの婚約者メルヴィン王子。 爪弾きにされた令嬢エメラインは覚悟を決めて立ち上がる。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

(完結)醜くなった花嫁の末路「どうぞ、お笑いください。元旦那様」

音爽(ネソウ)
ファンタジー
容姿が気に入らないと白い結婚を強いられた妻。 本邸から追い出されはしなかったが、夫は離れに愛人を囲い顔さえ見せない。 しかし、3年と待たず離縁が決定する事態に。そして元夫の家は……。 *6月18日HOTランキング入りしました、ありがとうございます。

【完結】貴方の望み通りに・・・

kana
恋愛
どんなに貴方を望んでも どんなに貴方を見つめても どんなに貴方を思っても だから、 もう貴方を望まない もう貴方を見つめない もう貴方のことは忘れる さようなら

夫の色のドレスを着るのをやめた結果、夫が我慢をやめてしまいました

氷雨そら
恋愛
夫の色のドレスは私には似合わない。 ある夜会、夫と一緒にいたのは夫の愛人だという噂が流れている令嬢だった。彼女は夫の瞳の色のドレスを私とは違い完璧に着こなしていた。噂が事実なのだと確信した私は、もう夫の色のドレスは着ないことに決めた。 小説家になろう様にも掲載中です

龍王の番〜双子の運命の分かれ道・人生が狂った者たちの結末〜

クラゲ散歩
ファンタジー
ある小さな村に、双子の女の子が生まれた。 生まれて間もない時に、いきなり家に誰かが入ってきた。高貴なオーラを身にまとった、龍国の王ザナが側近二人を連れ現れた。 母親の横で、お湯に入りスヤスヤと眠っている子に「この娘は、私の○○の番だ。名をアリサと名付けよ。 そして18歳になったら、私の妻として迎えよう。それまでは、不自由のないようにこちらで準備をする。」と言い残し去って行った。 それから〜18年後 約束通り。贈られてきた豪華な花嫁衣装に身を包み。 アリサと両親は、龍の背中に乗りこみ。 いざ〜龍国へ出発した。 あれれ?アリサと両親だけだと数が合わないよね?? 確か双子だったよね? もう一人の女の子は〜どうしたのよ〜! 物語に登場する人物達の視点です。

処理中です...