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私の最期の願い

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「私の医院のロッカーにお金があるわ。それでこの場所に花を、残りのお金はお母様が使って。あとこれをオーランド様に渡して欲しいの」

 ユーリはポケットから、小さく折り畳まれた紙、鞄から封筒を出して渡した。

「花?」
「そう、ミランス・オーリー様のお墓。いつか行こうと思っていたのだけど、もう行けなさそうだから。その紙に場所が書いてあるわ」
「な、亡くなったの?」
「ええ、もう一年以上前よ…ゴッホ、うっ」

 ミランス・オーリーは、辺境で起こった竜巻で、強い風によって建物が倒壊、物盗りなど災害に便乗した犯罪も相次ぎ発生したため、警備と災害支援のために辺境に行っており、そこで新人騎士を庇って亡くなった。殉職ということで、新聞に名前も載っており、噂などではない。

 母は毒薬なんてなぜ持っていたのかと思っていたが、オーリー様が亡くなって、心が弱くなった時に、いつでも死ねるように持っていたのかもしれないと思った。でも問うことはしない、言いたくないことを最期に言わせる必要なんてない。

「ゴッホ…お墓の場所をクレア夫人に調べていただいたの」
「医院の?」
「ええ、とてもお世話になったの。お姉様ニーナ夫人にも」

 クレアはマクシス伯爵の妻で、同じ医院で医師をしている。クレアの実姉がニーナで、シュアト公爵の妻である。

「そうだったの…知らなかったわ。オーランドくんには文?」
「離縁状よ、死別でいいならいいのだけど、恋人が妊娠していたから、必要かもしれないから渡して欲しいの」
「恋人?妊娠?何よ、それ。上手くいっていなかったの?」
「上手くいっていなかったわけじゃないけど、上手くいっていたとも言えないかな」
「でも大事にしますって…」
「皆、一応は言うんじゃないかしら…うう、でも私は傷ついたりしていないからいいの、待望の子どもよ。喜んであげて」
「…あなた、産みたくなかったんじゃないかと、思っていたの…違う?」

 母はずっと言えなかった質問を、恐る恐る訊ねた。

「ふふっ、お母様にはお見通しね。実際産めたかどうかは分からないけど、私の子どもというだけで、不遇な目に遭わせたくなかったの。いつから気付いていたの?」
「あなたがそれほど苦しそうではなかったこと、メルベールに双子が生まれてもホッとした様子がなかったこと、そして薬師であること」

 薬師であることで、避妊や堕胎は容易に行えるのではないかと思った。だけど、誰にも言えず、ユーリにも聞くことが出来なかった。

「誰にも言わないでね」
「言わないわ、誰にも絶対」
「ありがとう、おかあ、ゴッホ…ううう…っふ」
「ユーリ、ユーリ、ユーリ…」

 ユーリは心臓は動いているが、眠ったようになり、母はその身体をベットに横たわらせた。そして、そのまま覚醒することなく、すうっと冷たくなった。

 母は一晩中、ユーリにあんなことがあった、あなたはあれが好きだったわねと話し掛け、手を握り付き添った。

「ごめんなさい…私が強かったら、私が最優先で守るべきはあなただったのに…ごめんなさい…ううう、ユーリ、愛しているわ」

 冷たくなったユーリを抱きしめ、涙を拭って、ようやく部屋を出ると、夫が待っていた。入る勇気はないが、どうなったのかは気になっていたのだろう。

「本当に死んだのか」
「…ええ、先程、息を引き取りました。お医者様を呼んで、大公様の使いを待ちましょう。部屋も片付けなくてはなりませんね。侯爵家はどうでしたか?」
「お前はどうしてそんなに落ち着いているんだ!」

 余りに淡々と話す妻・サイラに目を吊り上げ、怒鳴った。サイラはその姿にどの口が言っているのだと、怒りがこみあげて来た。

「あなたが碌に躾もしていないアベリーを勝手に連れて行ったくせに!ユーリは代わりに責任を取ったのですよ!あなたに何を言う資格があると言うのですか!」
「何だと!家族なら責任を取るのは当たり前ではないか」
「では、ユーリの責任はあなたが取れるのですね!ならばあなたも毒を飲むべきでしょう!用意しましょうか!」
「っな」

 文句や小言を言っても、怒鳴ることのなかったサイラに驚くしかなかった。
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