12 / 118
私の最期の願い
しおりを挟む
「私の医院のロッカーにお金があるわ。それでこの場所に花を、残りのお金はお母様が使って。あとこれをオーランド様に渡して欲しいの」
ユーリはポケットから、小さく折り畳まれた紙、鞄から封筒を出して渡した。
「花?」
「そう、ミランス・オーリー様のお墓。いつか行こうと思っていたのだけど、もう行けなさそうだから。その紙に場所が書いてあるわ」
「な、亡くなったの?」
「ええ、もう一年以上前よ…ゴッホ、うっ」
ミランス・オーリーは、辺境で起こった竜巻で、強い風によって建物が倒壊、物盗りなど災害に便乗した犯罪も相次ぎ発生したため、警備と災害支援のために辺境に行っており、そこで新人騎士を庇って亡くなった。殉職ということで、新聞に名前も載っており、噂などではない。
母は毒薬なんてなぜ持っていたのかと思っていたが、オーリー様が亡くなって、心が弱くなった時に、いつでも死ねるように持っていたのかもしれないと思った。でも問うことはしない、言いたくないことを最期に言わせる必要なんてない。
「ゴッホ…お墓の場所をクレア夫人に調べていただいたの」
「医院の?」
「ええ、とてもお世話になったの。お姉様ニーナ夫人にも」
クレアはマクシス伯爵の妻で、同じ医院で医師をしている。クレアの実姉がニーナで、シュアト公爵の妻である。
「そうだったの…知らなかったわ。オーランドくんには文?」
「離縁状よ、死別でいいならいいのだけど、恋人が妊娠していたから、必要かもしれないから渡して欲しいの」
「恋人?妊娠?何よ、それ。上手くいっていなかったの?」
「上手くいっていなかったわけじゃないけど、上手くいっていたとも言えないかな」
「でも大事にしますって…」
「皆、一応は言うんじゃないかしら…うう、でも私は傷ついたりしていないからいいの、待望の子どもよ。喜んであげて」
「…あなた、産みたくなかったんじゃないかと、思っていたの…違う?」
母はずっと言えなかった質問を、恐る恐る訊ねた。
「ふふっ、お母様にはお見通しね。実際産めたかどうかは分からないけど、私の子どもというだけで、不遇な目に遭わせたくなかったの。いつから気付いていたの?」
「あなたがそれほど苦しそうではなかったこと、メルベールに双子が生まれてもホッとした様子がなかったこと、そして薬師であること」
薬師であることで、避妊や堕胎は容易に行えるのではないかと思った。だけど、誰にも言えず、ユーリにも聞くことが出来なかった。
「誰にも言わないでね」
「言わないわ、誰にも絶対」
「ありがとう、おかあ、ゴッホ…ううう…っふ」
「ユーリ、ユーリ、ユーリ…」
ユーリは心臓は動いているが、眠ったようになり、母はその身体をベットに横たわらせた。そして、そのまま覚醒することなく、すうっと冷たくなった。
母は一晩中、ユーリにあんなことがあった、あなたはあれが好きだったわねと話し掛け、手を握り付き添った。
「ごめんなさい…私が強かったら、私が最優先で守るべきはあなただったのに…ごめんなさい…ううう、ユーリ、愛しているわ」
冷たくなったユーリを抱きしめ、涙を拭って、ようやく部屋を出ると、夫が待っていた。入る勇気はないが、どうなったのかは気になっていたのだろう。
「本当に死んだのか」
「…ええ、先程、息を引き取りました。お医者様を呼んで、大公様の使いを待ちましょう。部屋も片付けなくてはなりませんね。侯爵家はどうでしたか?」
「お前はどうしてそんなに落ち着いているんだ!」
余りに淡々と話す妻・サイラに目を吊り上げ、怒鳴った。サイラはその姿にどの口が言っているのだと、怒りがこみあげて来た。
「あなたが碌に躾もしていないアベリーを勝手に連れて行ったくせに!ユーリは代わりに責任を取ったのですよ!あなたに何を言う資格があると言うのですか!」
「何だと!家族なら責任を取るのは当たり前ではないか」
「では、ユーリの責任はあなたが取れるのですね!ならばあなたも毒を飲むべきでしょう!用意しましょうか!」
「っな」
文句や小言を言っても、怒鳴ることのなかったサイラに驚くしかなかった。
ユーリはポケットから、小さく折り畳まれた紙、鞄から封筒を出して渡した。
「花?」
「そう、ミランス・オーリー様のお墓。いつか行こうと思っていたのだけど、もう行けなさそうだから。その紙に場所が書いてあるわ」
「な、亡くなったの?」
「ええ、もう一年以上前よ…ゴッホ、うっ」
ミランス・オーリーは、辺境で起こった竜巻で、強い風によって建物が倒壊、物盗りなど災害に便乗した犯罪も相次ぎ発生したため、警備と災害支援のために辺境に行っており、そこで新人騎士を庇って亡くなった。殉職ということで、新聞に名前も載っており、噂などではない。
母は毒薬なんてなぜ持っていたのかと思っていたが、オーリー様が亡くなって、心が弱くなった時に、いつでも死ねるように持っていたのかもしれないと思った。でも問うことはしない、言いたくないことを最期に言わせる必要なんてない。
「ゴッホ…お墓の場所をクレア夫人に調べていただいたの」
「医院の?」
「ええ、とてもお世話になったの。お姉様ニーナ夫人にも」
クレアはマクシス伯爵の妻で、同じ医院で医師をしている。クレアの実姉がニーナで、シュアト公爵の妻である。
「そうだったの…知らなかったわ。オーランドくんには文?」
「離縁状よ、死別でいいならいいのだけど、恋人が妊娠していたから、必要かもしれないから渡して欲しいの」
「恋人?妊娠?何よ、それ。上手くいっていなかったの?」
「上手くいっていなかったわけじゃないけど、上手くいっていたとも言えないかな」
「でも大事にしますって…」
「皆、一応は言うんじゃないかしら…うう、でも私は傷ついたりしていないからいいの、待望の子どもよ。喜んであげて」
「…あなた、産みたくなかったんじゃないかと、思っていたの…違う?」
母はずっと言えなかった質問を、恐る恐る訊ねた。
「ふふっ、お母様にはお見通しね。実際産めたかどうかは分からないけど、私の子どもというだけで、不遇な目に遭わせたくなかったの。いつから気付いていたの?」
「あなたがそれほど苦しそうではなかったこと、メルベールに双子が生まれてもホッとした様子がなかったこと、そして薬師であること」
薬師であることで、避妊や堕胎は容易に行えるのではないかと思った。だけど、誰にも言えず、ユーリにも聞くことが出来なかった。
「誰にも言わないでね」
「言わないわ、誰にも絶対」
「ありがとう、おかあ、ゴッホ…ううう…っふ」
「ユーリ、ユーリ、ユーリ…」
ユーリは心臓は動いているが、眠ったようになり、母はその身体をベットに横たわらせた。そして、そのまま覚醒することなく、すうっと冷たくなった。
母は一晩中、ユーリにあんなことがあった、あなたはあれが好きだったわねと話し掛け、手を握り付き添った。
「ごめんなさい…私が強かったら、私が最優先で守るべきはあなただったのに…ごめんなさい…ううう、ユーリ、愛しているわ」
冷たくなったユーリを抱きしめ、涙を拭って、ようやく部屋を出ると、夫が待っていた。入る勇気はないが、どうなったのかは気になっていたのだろう。
「本当に死んだのか」
「…ええ、先程、息を引き取りました。お医者様を呼んで、大公様の使いを待ちましょう。部屋も片付けなくてはなりませんね。侯爵家はどうでしたか?」
「お前はどうしてそんなに落ち着いているんだ!」
余りに淡々と話す妻・サイラに目を吊り上げ、怒鳴った。サイラはその姿にどの口が言っているのだと、怒りがこみあげて来た。
「あなたが碌に躾もしていないアベリーを勝手に連れて行ったくせに!ユーリは代わりに責任を取ったのですよ!あなたに何を言う資格があると言うのですか!」
「何だと!家族なら責任を取るのは当たり前ではないか」
「では、ユーリの責任はあなたが取れるのですね!ならばあなたも毒を飲むべきでしょう!用意しましょうか!」
「っな」
文句や小言を言っても、怒鳴ることのなかったサイラに驚くしかなかった。
771
お気に入りに追加
3,647
あなたにおすすめの小説
公爵令嬢の立場を捨てたお姫様
羽衣 狐火
恋愛
公爵令嬢は暇なんてないわ
舞踏会
お茶会
正妃になるための勉強
…何もかもうんざりですわ!もう公爵令嬢の立場なんか捨ててやる!
王子なんか知りませんわ!
田舎でのんびり暮らします!
婚約破棄になったのは貴方が最愛を選んだからです。
cyaru
恋愛
アガントス伯爵家のサシャリィ。
16年に及ぶ婚約を結んでいたルーベス侯爵家のレオンから「婚約を解消してほしい」と告げられた。
レオンはそれまでも数々の浮名を流す恋多き美丈夫な騎士としても有名だった。
それでも淡い恋心を抱いていたサシャリィは時期が来れば目を覚ましてくれると耐えていた。
婚約を解消するにしても、あと少しだけ待てば新国王が即位し、貴族の婚約、婚姻の在り方が変わる。
レオンはそれを待たずして婚約解消を言い出したのだ。
新体制になる前と後では扱いが全く変わる。どう考えても今は時期尚早だが、それでもレオンは「最愛」を望んだ。
思慕も砕けたサシャリィ。婚約は解消ではなく破棄となり急いだばかりに窮地に陥るレオン。
そしてサシャリィは・・・。
※エッチぃ表現があるのでR指定をしています。苦手な方はブラウザバックお願いします。
※血圧上昇なくだりがあります(7話目とか)腹立ち案件はちょっと…と言う方はスルーしてください。
♡注意事項~この話を読む前に~♡
※異世界を舞台にした創作話です。時代設定なし、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。
※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。
※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。
※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。
※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります)
※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。
※話の基幹、伏線に関わる文言についてのご指摘は申し訳ないですが受けられません。
☆コメントのお返事について
承認が御不要とのコメントもありましたのでこちらに。
ハリスについての話が読みたい!!っと多くのお声ありがとうございます。
ハリスも( ̄ー ̄)ニヤリ っとしております。直ぐではないんですが恋愛カテなどではなく別カテで話が公開できるよう話を考えたいと思っております(*^-^*)
ハリスを応援?!して頂きありがとうございました\(^0^)/
[完]巻き戻りの第二王太子妃は親友の幸せだけを祈りたい!
小葉石
恋愛
クワーロジット王国滅亡の日、冷酷なクワーロジット王太子は第二王太子妃を捨てた。
その日、捨てられたラシーリア第二王太子妃は絶対絶命の危機に面していた。反王政の貴族の罠に嵌り全ての罪を着せられ、迫り来る騎士達の剣が振り下ろされた時、ラシーリア第二王太子妃は親友であったシェルツ第一王太子妃に庇われ共に絶命する。
絶命したラシーリアが目覚めれば王宮に上がる朝だった…
二度目の巻き戻りの生を実感するも、親友も王太子も自分が知る彼らではなく、二度と巻き込まれなくて良いように、王太子には自分からは関わらず、庇ってくれた親友の幸せだけを願って………
けれど、あれ?おかしな方向に向かっている…?
シェルツ 第一王太子妃
ラシーリア 第二王太子妃
エルレント クワーロジット王国王太子
【完結】これからはあなたに何も望みません
春風由実
恋愛
理由も分からず母親から厭われてきたリーチェ。
でももうそれはリーチェにとって過去のことだった。
結婚して三年が過ぎ。
このまま母親のことを忘れ生きていくのだと思っていた矢先に、生家から手紙が届く。
リーチェは過去と向き合い、お別れをすることにした。
※完結まで作成済み。11/22完結。
※完結後におまけが数話あります。
※沢山のご感想ありがとうございます。完結しましたのでゆっくりですがお返事しますね。
そんなにその方が気になるなら、どうぞずっと一緒にいて下さい。私は二度とあなたとは関わりませんので……。
しげむろ ゆうき
恋愛
男爵令嬢と仲良くする婚約者に、何度注意しても聞いてくれない
そして、ある日、婚約者のある言葉を聞き、私はつい言ってしまうのだった
全五話
※ホラー無し
危害を加えられたので予定よりも早く婚約を白紙撤回できました
しゃーりん
恋愛
階段から突き落とされて、目が覚めるといろんな記憶を失っていたアンジェリーナ。
自分のことも誰のことも覚えていない。
王太子殿下の婚約者であったことも忘れ、結婚式は来年なのに殿下には恋人がいるという。
聞くところによると、婚約は白紙撤回が前提だった。
なぜアンジェリーナが危害を加えられたのかはわからないが、それにより予定よりも早く婚約を白紙撤回することになったというお話です。
【完結】夫は私に精霊の泉に身を投げろと言った
冬馬亮
恋愛
クロイセフ王国の王ジョーセフは、妻である正妃アリアドネに「精霊の泉に身を投げろ」と言った。
「そこまで頑なに無実を主張するのなら、精霊王の裁きに身を委ね、己の無実を証明してみせよ」と。
※精霊の泉での罪の判定方法は、魔女狩りで行われていた水審『水に沈めて生きていたら魔女として処刑、死んだら普通の人間とみなす』という逸話をモチーフにしています。
私はただ一度の暴言が許せない
ちくわぶ(まるどらむぎ)
恋愛
厳かな結婚式だった。
花婿が花嫁のベールを上げるまでは。
ベールを上げ、その日初めて花嫁の顔を見た花婿マティアスは暴言を吐いた。
「私の花嫁は花のようなスカーレットだ!お前ではない!」と。
そして花嫁の父に向かって怒鳴った。
「騙したな!スカーレットではなく別人をよこすとは!
この婚姻はなしだ!訴えてやるから覚悟しろ!」と。
そこから始まる物語。
作者独自の世界観です。
短編予定。
のちのち、ちょこちょこ続編を書くかもしれません。
話が進むにつれ、ヒロイン・スカーレットの印象が変わっていくと思いますが。
楽しんでいただけると嬉しいです。
※9/10 13話公開後、ミスに気づいて何度か文を訂正、追加しました。申し訳ありません。
※9/20 最終回予定でしたが、訂正終わりませんでした!すみません!明日最終です!
※9/21 本編完結いたしました。ヒロインの夢がどうなったか、のところまでです。
ヒロインが誰を選んだのか?は読者の皆様に想像していただく終わり方となっております。
今後、番外編として別視点から見た物語など数話ののち、
ヒロインが誰と、どうしているかまでを書いたエピローグを公開する予定です。
よろしくお願いします。
※9/27 番外編を公開させていただきました。
※10/3 お話の一部(暴言部分1話、4話、6話)を訂正させていただきました。
※10/23 お話の一部(14話、番外編11ー1話)を訂正させていただきました。
※10/25 完結しました。
ここまでお読みくださった皆様。導いてくださった皆様にお礼申し上げます。
たくさんの方から感想をいただきました。
ありがとうございます。
様々なご意見、真摯に受け止めさせていただきたいと思います。
ただ、皆様に楽しんでいただける場であって欲しいと思いますので、
今後はいただいた感想をを非承認とさせていただく場合がございます。
申し訳ありませんが、どうかご了承くださいませ。
もちろん、私は全て読ませていただきます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる