【完結】本音を言えば婚約破棄したい

野村にれ

文字の大きさ
上 下
36 / 51

解釈1

しおりを挟む
 女性の体を奪い、そこを転々として移動する。魂の移し替えの術を最初に使ったのは玉藻の前らしいが、彼女の自堕落な行動に、時の陰陽師が怒り、これを封印した。以降は彼女は殺生石として封じられている。
 しかし彼女の術が残り、それのせいで泣く女の怨嗟が残る。
 魂を移し替える術は、なにも美を保つためだけのものではない。呪いをばらまく格好の餌なのだ。
 百合は巫女たちに「しばらく横になりますが、眠ってはいません。あと荷車の中は決して見ないでください」とだけ言い、横たわった。
 コロリと横たわってから、荷車の中から八百比丘尼の体を纏った百合が起き上がる。
 彼女の傍には、ぽんを頭に乗せた小十郎が立っていた。

「師匠……」
「私もこの体とはそこまで対話をしていない。魂の移動を特定するから、しばし待て」

 そう言うと、百合は目を閉じ、神経を尖らせた。
 百合は今まで、八百比丘尼の体に無理矢理魂を移し替えられて以降、何度も絡繰り人形の体と八百比丘尼の体を往復した。その中で、少しだけわかったことがある。
 どうしてどれだけ遠く離れていても八百比丘尼の体と絡繰り人形の器を往復できるのか。魂の切れ端が、体に突き刺さっているからだ。自分は自分の魂の切れ端を目指して、魂を移動させているのだ。
 だとしたら、何度も何度も女性の体を移動し続けているもうひとりの八百比丘尼もまた、自分自身の魂の切れ端を突き刺しているはずだ。
 百合は八百比丘尼の体に残っている、それぞれの魂の切れ端を吟味した。何十人もの女の魂が、八百比丘尼には残っている……これじゃあこの体がそのまま呪いに転じてしまうはずだ。あまりにも多過ぎる。
 百合はその魂を吟味してから、その魂と同じものを探しはじめた。自身の魂を少し飛ばす。本来、魂には視界がないのだから、五感を研ぎ澄ませなかったら、八百比丘尼の体に突き刺さっている魂の切れ端の本体を探すなんて無理だ。
 百合がそれに躍起になっている中、小十郎は「あ」と声を上げた。

「師匠、なんか寺社仏閣に来た」
「そちらはお前に任せる」
「ひとりでできるかなあ……」
「いざとなったらぽんを頼れ」
「それってちっとも格好よくない」

 寺社仏閣に向かってくるのは、女性だった。緋袴を穿き、白衣を締めた。それは小太刀を携えて、きょろきょろと辺りを見回している。

「……さっき会った巫女さんだ」
「……彼女、思えば私が八百比丘尼とも、絡繰りとも気付かなかったな」

 普通の人間だったら、果心居士のつくった精密な絡繰りである百合の体を見ても絡繰り人形とは気付かない。そして八百比丘尼の体は平気で目の前で血を操り、彼女を縛り上げた……。彼女は普通にそれに対して驚いていた。
 彼女は巫女として寺社仏閣で働いているが、霊的な力はない。それこそ百合が二年前に世話になった尼僧のほうが、よっぽど八百比丘尼について警戒していたほうだろう。
 そもそもこの寺社仏閣で、呪いの塊となっている八百比丘尼の体に警戒心を露わにするような人々は少なかった。せいぜいひとりふたりが反射的に荷車を見ていたくらいだ。
 嫌な予感を覚え、百合は彼女の魂の色を読み取った……八百比丘尼に突き刺さっている魂の切れ端のどれとも、一致しませんように。そう祈らずにはいられなかったが。

「……彼女までか」
「師匠?」
「小十郎、彼女に……あの巫女さんに……雷を打ち落とせ」

 百合の言葉に、小十郎は一瞬息を飲むが、すぐに「ぽん」と声を上げた。途端に、ぽんは「みゃあああああああ」と声を上げた。
 雷鳴がとどろき、白刃が落ちる。その真下にはあの巫女が立っていたが。大きな雷を落とせば、普通は倒れる。だが、彼女は倒れることなく、黙って小太刀を振るって雷を斬ってしまったのだ。シャン、と音を立てて小太刀は鞘に収められる。

「……貴様。あの娘の体を乗っ取ったか!?」
「あら……お久し振りですね。尼僧様?」

 その声は、たしかに巫女のものだった。
 彼女の名前も聞いていない。彼女と親しかった訳でもない。ただ寺社仏閣を荒らされ、それに嘆き、鎮守の森を守っていただけの巫女。
 その巫女の体を、八百比丘尼から逃れたはずの彼女が、たしかに使っていたのだ。

「貴様……どうしてその娘の体を乗っ取った!?」
「ああ。今頃発狂してらっしゃることでしょうね。当然です。彼女は足腰立たぬ老婆の体に入れておきましたから。老婆には誰もが油断しますから、体を奪う間借りをするのにちょうどいいのです」
「その老婆はどうした!?」
「新しい美しい体を得て喜んでらっしゃるのでは?」
「……貴様は、八百比丘尼の体から逃れたのであろう? 何故、こうも金鶏伝説を煽った挙げ句、次々と女の体を乗っ取る!?」
「あら。私がされたことをしてもよろしいのでは?」

 巫女の体を奪ったかつての八百比丘尼。
 本能的に、百合は自分の体を奪ったものではないと気付く……あれは狡猾な女ではあった。そのため、彼女は奪う体は身分で選んでいたのだ……。彼女みたいに、ただ女の体を奪っていた訳ではない。
 彼女は巫女の決してしないような、老獪な笑みを浮かべた。

「八百比丘尼は、かつて年を取れない死ねないことに苦しみ、体を捨ててしまいました。私は八百比丘尼の体に入れられ、故郷を追われました。誰だって見知らぬ尼僧には冷たいものです。最初は右も左もわからず、元の体に戻りたいとばかり泣いて、とうとう私は八百比丘尼の体に染みついていた魂を移し替える秘術を会得しましたが……そこで私は気付いてしまったんです。どうせだったら、もっと見た目を気にしたほうがいいと。私の好みの体、私の好みの顔、年若い、肌にハリがある、そんな体を見つけると、欲しくなってしまうんです」

 それに百合は絶句した。
 かつての八百比丘尼は不老不死に嫌気が差して、玉藻の前から魂を移し替える術を教えてもらったが。今目の前の享楽的な女は違うのだ。
 彼女はただ、若くて美しい体で、いつまでも生きていたいのだ……彼女が欲しているのは、若い女たちの体ではない。呪いの塊であるはずの、八百比丘尼の体を欲しているのだと。

「ふ……」
「ふ? それより、理由はお話致しました。あなたは風の噂で人魚の肉を探していると。要は不老不死は望んでいない。いいじゃありませんか。それならば、不老不死を望んでいる私に恵んでくださっても……」
「ふざけるな!! 誰が貴様にこの体を渡すものか!!」

 百合は元の体に戻りたかった。ただの百合として生きたかった。
 どれだけ八百比丘尼の体が美貌であったとしても、それは彼女のものではない。彼女は彼女で充分満足していた。
 だが、目の前の女は自分の欲望以外はどうでもいい。巫女のようにただ寺社仏閣のために働くような巫女すら、平気で足蹴にする。
 そんなくだらない生き物に、八百比丘尼のような呪いの産物を渡したら。彼女の欲望のままに呪いが充満するのが目に見えている。
 百合はガブリと自分の指先を噛んだ。血が滴り落ち、それが縄のように伸び、百合の指先に括り付けられる。
 対して小太刀を構え、くすくすと巫女が笑った。

「あら。あなたも不老不死の体が欲しいんですか?」
「そんなものはいらぬ。私は絡繰り人形の体で存外満足している」
「あら。それならば」
「だが貴様にやるくらいだったら、私がもらい受ける……女たちが憐れだと、少しでも思わないのか?」

 百合の問いにも、巫女はへらへらと笑った。もうその表情は、決して巫女がしないであろうものしか浮かべてはいなかった。

「他の方の気持ちなんて知りません。これは私が欲しいのです」
「なら……もういい」

 これ以上の話は無駄だ。聞きたくない。
 同じ八百比丘尼の被害者でありながらも、魂のあり方だけは真逆だった。
 百合は血の縄を伸ばし、巫女を絡め取ろうとするが、巫女は平気でそれを小太刀で断ち切る。彼女のほうは八百比丘尼として生きた時間が長いのだろう、彼女は八百比丘尼の欠点を熟知していた。

「私はなりたい私になるんです……この体を痛めつければ、あなたの中途半場な魂の切れ端は外れますわね。外しますわ」
「させるわけがなかろう!?」

 血を小太刀で斬らせながらも、百合は自身の手刀を激しく巫女のほうにふるい落とした。
 これはありえたかもしれない己の姿だ。これはいつか来るかもしれない自分の姿だ。それを否定するためにも、百合は負ける訳にはいかなかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

報われない恋の行方〜いつかあなたは私だけを見てくれますか〜

矢野りと
恋愛
『少しだけ私に時間をくれないだろうか……』 彼はいつだって誠実な婚約者だった。 嘘はつかず私に自分の気持ちを打ち明け、学園にいる間だけ想い人のこともその目に映したいと告げた。 『想いを告げることはしない。ただ見ていたいんだ。どうか、許して欲しい』 『……分かりました、ロイド様』 私は彼に恋をしていた。だから、嫌われたくなくて……それを許した。 結婚後、彼は約束通りその瞳に私だけを映してくれ嬉しかった。彼は誠実な夫となり、私は幸せな妻になれた。 なのに、ある日――彼の瞳に映るのはまた二人になっていた……。 ※この作品の設定は架空のものです。 ※お話の内容があわないは時はそっと閉じてくださいませ。

嘘をありがとう

七辻ゆゆ
恋愛
「まあ、なんて図々しいのでしょう」 おっとりとしていたはずの妻は、辛辣に言った。 「要するにあなた、貴族でいるために政略結婚はする。けれど女とは別れられない、ということですのね?」 妻は言う。女と別れなくてもいい、仕事と嘘をついて会いに行ってもいい。けれど。 「必ず私のところに帰ってきて、子どもをつくり、よい夫、よい父として振る舞いなさい。神に嘘をついたのだから、覚悟を決めて、その嘘を突き通しなさいませ」

【完結】裏切ったあなたを許さない

紫崎 藍華
恋愛
ジョナスはスザンナの婚約者だ。 そのジョナスがスザンナの妹のセレナとの婚約を望んでいると親から告げられた。 それは決定事項であるため婚約は解消され、それだけなく二人の邪魔になるからと領地から追放すると告げられた。 そこにセレナの意向が働いていることは間違いなく、スザンナはセレナに人生を翻弄されるのだった。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

【完結】気付けばいつも傍に貴方がいる

kana
恋愛
ベルティアーナ・ウォール公爵令嬢はレフタルド王国のラシード第一王子の婚約者候補だった。 いつも令嬢を隣に侍らす王子から『声も聞きたくない、顔も見たくない』と拒絶されるが、これ幸いと大喜びで婚約者候補を辞退した。 実はこれは二回目人生だ。 回帰前のベルティアーナは第一王子の婚約者で、大人しく控えめ。常に貼り付けた笑みを浮かべて人の言いなりだった。 彼女は王太子になった第一王子の妃になってからも、弟のウィルダー以外の誰からも気にかけてもらえることなく公務と執務をするだけの都合のいいお飾りの妃だった。 そして白い結婚のまま約一年後に自ら命を絶った。 その理由と原因を知った人物が自分の命と引き換えにやり直しを望んだ結果、ベルティアーナの置かれていた環境が変わりることで彼女の性格までいい意味で変わることに⋯⋯ そんな彼女は家族全員で海を隔てた他国に移住する。 ※ 投稿する前に確認していますが誤字脱字の多い作者ですがよろしくお願いいたします。 ※ 設定ゆるゆるです。

(完結)婚約破棄から始まる真実の愛

青空一夏
恋愛
 私は、幼い頃からの婚約者の公爵様から、『つまらない女性なのは罪だ。妹のアリッサ王女と婚約する』と言われた。私は、そんなにつまらない人間なのだろうか?お父様もお母様も、砂糖菓子のようなかわいい雰囲気のアリッサだけをかわいがる。  女王であったお婆さまのお気に入りだった私は、一年前にお婆さまが亡くなってから虐げられる日々をおくっていた。婚約者を奪われ、妹の代わりに隣国の老王に嫁がされる私はどうなってしまうの?  美しく聡明な王女が、両親や妹に酷い仕打ちを受けながらも、結局は一番幸せになっているという内容になる(予定です)

婚約解消は君の方から

みなせ
恋愛
私、リオンは“真実の愛”を見つけてしまった。 しかし、私には産まれた時からの婚約者・ミアがいる。 私が愛するカレンに嫌がらせをするミアに、 嫌がらせをやめるよう呼び出したのに…… どうしてこうなったんだろう? 2020.2.17より、カレンの話を始めました。 小説家になろうさんにも掲載しています。

婚約破棄を望むなら〜私の愛した人はあなたじゃありません〜

みおな
恋愛
 王家主催のパーティーにて、私の婚約者がやらかした。 「お前との婚約を破棄する!!」  私はこの馬鹿何言っているんだと思いながらも、婚約破棄を受け入れてやった。  だって、私は何ひとつ困らない。 困るのは目の前でふんぞり返っている元婚約者なのだから。

処理中です...