悪意か、善意か、破滅か

野村にれ

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ジェラルド・イン・オルタナキングダム

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 エルム・フォンターナの兄・ジェラルドが異変に気付いたのは、家族の中で一番最後だったのかもしれない。

 研究にかまけていたのもあるが、夜になると大雨が降ることが続き、何かがおかしいと感じた。そして、五歳年下の妹・エルムの小花がポンと咲くような笑顔が、なくなっていることに気付いた。

 エルムは生まれてから、フォンターナ家の太陽であった。かと言って、両親がきょうだいを差別するようなことはなく、自主性を優先してくれた。

 両親は既に動いているようで、おそらくエルムは気付いていなかったが、無表情の両親の眉間の深い皺が刻み込まれており、すぐさま残りの医師たちで続けられそうな研究は残して、後は引き上げ、身辺整理を始めた。

「病院を辞めて来ました」

 ジェラルドが、父・オズワルドに話をすると静かに頷き、ボロっとした紙の束を渡して来たので、受け取った。

「祖母の母国であるオルタナ王国に行こうと思っている」
「承知しました、お母様は?」
「オルダは既に店を移す準備に入っている」

 父も騎士団から抜けられては困るだろうが、母・オルダは商会を束ねる立場にあるために、行うことは多いはずである。

「そうでしたか、私も手伝いましょうか。それとも、エルムに付き添いますか」
「エルムは、心が痛むが、自分自身で見切りをつけて欲しいと思っている。ジェラルドはオルダを手伝ってくれ」

 ジェラルドはすぐにエルムには、この国から出たいという気持ちを持って貰うつもりなのだと分かった。

「何も言わなくていいということですね」
「ああ、憂いを残して欲しくないからな」
「承知しました」

 紙の束にはエルムの婚約者・ジェフの愚行が書かれていた。

 名前も顔も見たこともない、シャーリン・ガルッツという子爵令嬢と恋仲になり、社交界では公認のカップルとなっており、エルムが責められているという。

 意味が分からなかった。責めるならお前たちだろうと思ったが、相手には王太子殿下がいるようで、高位貴族も助ける者はいないそうだ。

 エルムはマイペースで、感情の起伏は、激しい方ではない。家族にこんなことがあったと話すのは、自分で咀嚼した後であるので、時間が掛かる。

 だが、怒っているのは間違いない。怒って当然である。

 紙がボロっとしていたのは、皆が読んでは怒りで握りしめて、伸ばしたのだろうと思った。破らないだけ良かったというべきだろう。

 そして、アジェル王国から出て行った。その時ようやく、小花の笑顔を見ることが出来て、ホッとした。

 結局は二人の関係を認めた、マクローズ伯爵夫妻の形ばかりの謝罪は断った。

 爵位を返上したと知って、さすがに責任を感じたのか、押し掛けて来たが、よりにもよって父と祖父が対応し、禍々しい言葉の切れ端が聞こえていたので、悲鳴を上げながら慌てて帰ることになっていた。

 『生きて帰れただけ感謝して欲しいですわ』『命があっただけ良かったではないですか』と、母と祖母が言っていたくらいである。

 オルタナ王国に来て、しばらくはエルムと一緒にいようと思っていたが、病院からどうしても来て欲しいと言われてしまい、エルムも応援すると言ってくれたので、研究も続けたいものがあったので、了承することにした。

 エルムもオルダの商会を手伝っており、安心した。

 病院もどこの誰だと言われるだろうと思っていたが、話が付いているのか、皆も協力的で有難かった。

 おそらく、フォンターナ家はアジェル王国と同じように、国王陛下から直々に伯爵家となり、母の商会の力が大きいのだろうと思っていたが、父と、そして祖母の生家の公爵家の力もあったようだ。

 自分のことも良いに越したことはないが、エルムにとっていい環境であればいい。

 家族の皆がそう思っている。
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