【完結】あなたにすべて差し上げます

野村にれ

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多忙

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 シュアリーに字も矯正するように子ども向けの教師を雇った。真似して書いてみましょうと手本を横に置けば、似たように書けるが、見ずに書いてみましょうとなると、文字なのか、線なのか分からなくなる。

「人に読んで貰おうと思いながら書きましょう」
「そう思って書いています」
「では、こちらは読めますか」

 教師はシュアリーがつい先程、書いていた用紙を見せた。

「さっき書いたものじゃないの、コンクラートよ」
「では、昨日書いたこちらはいかがですか」
「えっと、これは、何だったかしら?えーっと」

 書いた本人はさすがに読めるのではなく、読めないけども何と書いたか憶えているかどうかだ。教師も正直、正解が分からない。

 勉強もほとんど進んでいない。アウラージュですら他に削るところがないため、睡眠時間を削って、励んでいたのにも関わらず、シュアリーはしっかり睡眠を取っている。ルカスも相手がシュアリーに変わったため、今まで以上の時間を王配教育に使うことになった。

 会う時間もなかなか取れず、会っても僅かで勉強に戻されてしまう。当たり前のことであったが、2人にとっては当たり前のことではなかった。アウラージュがいた頃が、2人にとっての理想的な当たり前だったのだ。

 だが、2人が憂いなく一緒になるためには、王太子夫妻になるしかない。シュアリーの横恋慕に、ルカスの心変わりを正当化するには道はない。

 数年が経って、やはり王太子には力不足となれば、もしかしたらの可能性はあるが、その時は落ちぶれた姿となることだろう。それでもいいと思っても、怠けて時間を待つことは出来ない。そんなことは誰もが許さない状況となっている。

 シュアリーはアウラージュがいなくならなければ、新しく王配を見付けて、その2人を支えていくことが出来るのにと幾度となく考えた。だがアウラージュの話は一切どこからも聞くことがない。

 シュアリーはある日、自身が奪ったせいではあるが、現在アウラージュの婚約者がいないということに、改めて気が付き、陛下に問いかけた。

「お姉様の婚約者を探さなくていいのですか」
「問題ない」
「なぜですか、私が悪いのは分かっておりますが、婚約者は必要ではないですか」
「いや、まだ考えることではない」
「ですが、お姉様にも幸せになっていただきたいのです」
「分かっているが、今はいい」

 陛下もアウラージュが請け負ってくれていた公務が自身に回って来るようになり、シュアリーとルカスのことばかり考えていられなくなっていた。

「シュアリーは気にせず、王太子教育だけを考えなさい」
「ですが、いい方はどんどんいなくなってしまいます」
「いずれは探すつもりだ」
「私も力になりたいと思っておりますので、是非一緒に探させてください。お姉様にせめてもの罪滅ぼしをしたいのです」
「ああ、分かった」
「ありがとうございます」

 どの口が言っているのだという口ぶりだが、アウラージュに婚約者を据えて、やはり王太子には自身よりもアウラージュが相応しいと身を引くことが出来ると思っているからだ。ルカスが王配として残る必要もなくなり、2人は退場すればいい。

 ただそうなると、アウラージュの相手が王配になってくれる立場というのが条件となる。アウラージュが嫁いでいくことになれば、意味がなくなってしまうからだ。

 ルカスは必死で王配教育をしているが、上手く退場することばかり考えているシュアリーの王太子教育が進むはずがない。

 シュアリーはアウラージュの物が欲しいと思う質ではなかった。アウラージュに似合っても、シュアリーに似合わない物は意味がないことは分かっていた。

 だが、アウラージュと親しくしている人は欲しかった。友人や親族、誰もシュアリーをアウラージュより好きになってはくれなかった。でもルカスだけはアウラージュよりも大切に想ってくれたのだ。

 2人の想いが重なった日のことは忘れない。

「縁談が来たそうなの」
「っ、そうですか、それはおめでとうございます」

 ルカス様の声は少し震えていて、もしかしたらと願いを込めて言ってみたのだ。

「ルカス様だったら良かったのに」
「殿下、それは…」
「ごめんなさい、あなたはお姉様の大事な人なのに」
「私も叶うのならば、殿下と共にありたいです。申し訳ございません」
「本当?嬉しい、こんなに嬉しいことなんてないわ」
「私もです」

 2人で思い切って、お父様に話した時は、少し渋い顔はされたが、2人が想い合っているのならばと許して貰えた。後はお姉様の説得だけだった。きっと立場のことを言って来るだろうと思ったが、それすら言わなかった。あの時点で王位継承権を放棄するつもりだったのだろう。

 その後は浮かれていたこともあるが、どんな顔でアウラージュと会えばいいか分からず、その間にアウラージュはいなくなってしまったのだ。
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