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漂着3

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「男性の格好をしてまで、弟君とどうして成り代わっていたのですか」
「弟が病んでしまったからです」
「病んで?」
「はい、夫の恋人が、ジーリスに、強姦されたのです」

 何かあったのだろうとは思っていたが、恋人だったのか。呼び名も様を付けなくなっている、付けたくもなかっただろう。

「そうでしたか」
「でも、相手を知ったのは、弟が亡くなってからです。彼女は相手を言わないまま、自殺しました…弟は自分を責めて、自殺しました…」
「弟さんは気付いていたのではありませんか」
「多分、そうだと思います」

 御者のようなことをしていたということは、そういった場面に遭遇することもあったのかもしれない。

「どうしてそんな奴に付いていたのか…」
「給料が良かったそうです。彼女との結婚のために、お金が欲しかったのだと思います。弟は罰が当たったなどと呟いていました…」

 ドット男爵家は領地を持たない男爵家で、裕福ではなかった。

「その間にあなたはジーリスだと知って、成り代わったのですか」
「はい…弟が立ち直った時に、居場所を残そうと思ったのです。私のように丈夫ではない弟と、よく似ていると言われていましたので、どうにかなるのではないかと思いました。バレたら、それでもいいとも…」

 仕事はジーリスの世話係で、ジーリスに言われたことをすればいい。邸の内部までは分からなかったが、邸の部屋割りや場所をロビンが持っていたので、頭に叩き込んで、話した人の名前や内容から、探り探り潜入した。

「だが、バレなかった」
「はい、弟は口数の多い方ではありませんでしたから、あまり話さなくても、誰にも疑われることもありませんでした」
「リリーには?」
「リリー様にはあの男のことを知って、私も事情を話したのです」

 後処理をさせたメイドを生家に帰して、その後にフォローをしていたのはオーロラだったのだろう。

「後処理をしたこともあった?」
「はい…」

 そう言って、苦しそうに下を向いた。

「ですからリリー様は何の関係もありません、気付かれたわけでもありません」
「ジーリスを殺したのか?」

 オーロラは視線をくるりと円を描くように、彷徨わせた。

「あの男は最低の男でした」
「死に追いやったと言った方がいいか?」
「…そうです。怪我をするように仕向けました。私は猟などをして生活していましたので」

 ローザ公爵は猟師であれば、遠征の際の怪我を誘導することは難しくなかったのではないかと思った。体格もいいこともあるが、猟師なら男性の素振りをすることも、難しいことではなかったのだろう。

「猟の罠に誘導しました、引っ掛かるかも、死ぬかも賭けでしたが、上手くいきました。あんな男、生きていていいはずがない」

 ジーリスは怪我による事故死ということになっている。その後に、ロビンは辞めたことになっていた。

 事故の調査書にロビンの名前すらなかった。まるで、リリーと同じだと思った。上手くいってしまった…それが事実なのかもしれない。

「どうして戻って来たのですか?リリーのためですか」
「…はい、生きる気力を失って、リリー様のことが気になりました」
「リリーの罪は何と聞いていますか?」
「…確か、脅迫罪、殺人教唆罪、暴行罪、強制性交罪だと」

 オーロラは明らかに暗い表情になった。

「どう思った?」
「被害者はどなたなのでしょうか…」

 関わっている可能性は低いと思っていたが、ユーフレット侯爵家の使用人には罪状だけが告げられているということなのだろう。

「マリエル・オスレ、トイズ・オスレだ」
「オスレ様…」

 オーロラは今日一番の驚いた表情をして、口元を押えた。
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