上 下
35 / 154

しおりを挟む
 ディーナリアスは、国王陛下の元に行っている。
 私室には、ジョゼフィーネとサビナの2人。
 
「こ、国王陛下、だ、大丈夫、かな?」
 
 ディーナリアスがいない時、ジョゼフィーネはテーブルセット側のイスに座る。
 日本風かどうかはさておき、小さめの、ワッフルに似たお菓子と紅茶がテーブルには、置かれていた。
 けれど、今は手を伸ばす気になれずにいる。
 
「殿下が仰られておりましたが、危篤の報せがあれば王宮内が乱れます。今はそこまで病状は悪化されておられないと思われます」
「そ、そう……」
 
 少しだけ、ホッとした。
 ジョゼフィーネには、身内らしい身内がいない、と言える。
 実母は他界しているし、父や姉とは「身内」的なつきあいをしてきていない。
 むしろ、今ではディーナリアスやサビナのほうが距離感は近くなっていた。
 
「サ、ザヒナの……旦……こ、婚姻してる、人に、会ったよ?」
「パッとしない人でしたでしょう?」
「え、え……そ、そんなことない、と思う、けど……」
「近衛騎士隊長などやっておりますけれど、言い寄ってくる女性の1人もいないのですから、パッとしないのですよ」
 
 ジョゼフィーネは、ちょっぴり笑ってしまいそうになる。
 サビナのこれは、明らかに「ツンデレ」だ。
 ディーナリアスはわからなかったらしいが、ジョゼフィーネからすれば明らか。
 
 女性の1人も言い寄って来ないことに、サビナは安心している。
 オーウェンに言い寄る女性がいたらどうしようと、気にかけている証拠だ。
 いつも喧嘩をしていたというのも、素直になれなかったせいだろう。
 
 オーウェンのことを話題に出したので思い出す。
 ディーナリアスから「今は2人の子を育てている」と聞いていた。
 自分の侍女になったせいで、サビナは子供と一緒にいる時間が減っている。
 幸せな家庭を崩してしまってはいないかと、心配になった。
 
「こ、子育ては……?」
 
 ジョゼフィーネの心情が、顔に出ていたらしい。
 サビナが、にっこりと微笑んでくれる。
 
「元々、エヴァンが近衛騎士隊長をしているものですから、私たちは、王宮内の別宅で暮らしております。彼はともかく、私は転移ができますし、それほど離れているわけではありませんわ」
「さ、寂しく、ない、かな?」
「2人とも、今年で9歳になりました。親にベッタリする歳は過ぎましたね」
「ふ、2人、とも??」
「ええ、双子でしたの」
 
 ジョゼフィーネは引きこもりでやってきたし、人とのつきあいも避けてきた。
 さりとて、サビナの子供は、ちょっと見てみたい気がする。
 双子なんて見たことはなかったし、サビナとオーウェンの子供ならば、可愛いのではないかと思えた。
 
「落ち着かれましたら、殿下と2人で、いらっしゃいませんか?」
「い、いいの?」
「我が家は狭く、子供もうるさくしておりますが、それでも、よろしければ」
 
 こくこくと、うなずく。
 今までのジョゼフィーネからすると、考えられないことだが、彼女に、その自覚はなかった。
 ジョゼフィーネは、自分から「外」に出ようとしているのだ。
 
「た、楽しみ……ふ、双子、似てる……?」
「男の子なのですが、見分けがつきにくいほど、似ております。妃殿下は、双子をご覧になったことはございませんか?」
「な、ないよ。そんなに、似てるんだ」
「エヴァンは、時々、からかわれていますね」
 
 ということは、サビナは、ちゃんと見分けられているのだろう。
 やはり母親なんだなぁと思う。
 今世での母親が生きていたら、どんなふうだったかを考えた。
 とはいえ、生まれた時には、すでにいなかったので、わからない。
 
 ジョゼフィーネの母は、当時、26歳。
 子供を産むのに命の危険が伴う年齢と言われている。
 前世の記憶では、それほどの危険などない歳だと思われるが、この世界では違うのだ。
 いろいろ照らし合わせれば、体質自体が違うとわかる。
 
「わ、私……ちゃんとした、お母さんになれる自信、ないな……」
「私も、ちゃんとした母になれているかは、未だにわかりません」
「え……? そ、そうなの?」
「親になったのは、初めてですもの。なにが正しいか、判断がつきかねます」
 
 サビナが、ちょっぴりいたずらっぽい笑みを浮かべた。
 
「妃殿下は、殿下との、お子を成すことを考えておいでなのですね」
「えっ? あ、あの……そ、そういう……」
 
 言われて、気づく。
 自分の子供ということは、彼との子供であるということなのだ。
 かあっと、頬が熱くなる。
 具体的に考えていたわけではないが、恥ずかしくなった。
 
「ですが、当面、殿下には黙っておかれたほうがよろしいかと」
「よ、喜ばない、から?」
「いいえ、逆です。喜び過ぎて、ぶっ倒れます。あんな図体で倒れられても、面倒ですからね」
 
 ジョゼフィーネは、まばたき数回。
 サビナが笑ったので、つられてジョゼフィーネも笑う。
 気持ちが楽になり、お菓子に手を伸ばした時だ。
 扉の叩かれる音がした。
 
 サビナの表情が、わずかに硬くなっている。
 それを察して、ジョゼフィーネも緊張につつまれた。
 立ち上がり、サビナは身構えている。
 が、ジョゼフィーネのそばから離れようとはしなかった。
 
「急ぎの用件でなければ、のちほど出直してくださいませ」
 
 扉の向こうが静かになる。
 それでも、サビナは動かない。
 目に険しさが漂っていた。
 その意味が、すぐにわかる。
 
 室内に、パッと3人の魔術師が現れたのだ。
 いずれもローブ姿だったので、魔術師で間違いない。
 動いたのはサビナが先だった。
 3人の足元から火柱が上がる。
 
 驚いて、ジョゼフィーネも立ち上がった。
 サビナに任せるのがいいのだろう、とは思う。
 ジョゼフィーネは魔術も使えないし、なにもできないのだ。
 
 火柱につつまれても、3人の魔術師は平気らしい。
 炎が消され、なにもなかったかのように魔術師が近づいてくる。
 3人から同時に、何かが飛んできた。
 手を振ったサビナの前で、氷の矢や黒い球、石のようなものが動きを止める。
 
 ジョゼフィーネには前世の記憶があったため、それが「属性」だとわかった。
 サビナは炎を使っていたので、そちら系統なのかもしれない。
 だとすると、水や氷系統は、苦手とする属性となるはずだ。
 その上、3人には炎に対する耐性がある。
 サビナのほうが不利に思えたのだけれども。
 
 ぶわっ!!
 
 強い風が3人に向かって吹き上げた。
 ローブに裂け目が入るのが、見てとれる。
 そこから血が滲んでいるのに気づいたのか、3人がサビナと距離を取った。
 その下がった先に、針のようなものが大量に飛んで行く。
 
(サ、ザビナ、すごい……強い……)
 
 3人が、一斉に飛んで逃げた。
 さりとて、けきれず、体に多くの針が突き刺さっている。
 さらに、3人の体から血が流れ出していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

愛すべきマリア

志波 連
恋愛
幼い頃に婚約し、定期的な交流は続けていたものの、互いにこの結婚の意味をよく理解していたため、つかず離れずの穏やかな関係を築いていた。 学園を卒業し、第一王子妃教育も終えたマリアが留学から戻った兄と一緒に参加した夜会で、令嬢たちに囲まれた。 家柄も美貌も優秀さも全て揃っているマリアに嫉妬したレイラに指示された女たちは、彼女に嫌味の礫を投げつける。 早めに帰ろうという兄が呼んでいると知らせを受けたマリアが発見されたのは、王族の居住区に近い階段の下だった。 頭から血を流し、意識を失っている状態のマリアはすぐさま医務室に運ばれるが、意識が戻ることは無かった。 その日から十日、やっと目を覚ましたマリアは精神年齢が大幅に退行し、言葉遣いも仕草も全て三歳児と同レベルになっていたのだ。 体は16歳で心は3歳となってしまったマリアのためにと、兄が婚約の辞退を申し出た。 しかし、初めから結婚に重きを置いていなかった皇太子が「面倒だからこのまま結婚する」と言いだし、予定通りマリアは婚姻式に臨むことになった。 他サイトでも掲載しています。 表紙は写真ACより転載しました。

彼女にも愛する人がいた

まるまる⭐️
恋愛
既に冷たくなった王妃を見つけたのは、彼女に食事を運んで来た侍女だった。 「宮廷医の見立てでは、王妃様の死因は餓死。然も彼が言うには、王妃様は亡くなってから既に2、3日は経過しているだろうとの事でした」 そう宰相から報告を受けた俺は、自分の耳を疑った。 餓死だと? この王宮で?  彼女は俺の従兄妹で隣国ジルハイムの王女だ。 俺の背中を嫌な汗が流れた。 では、亡くなってから今日まで、彼女がいない事に誰も気付きもしなかったと言うのか…? そんな馬鹿な…。信じられなかった。 だがそんな俺を他所に宰相は更に告げる。 「亡くなった王妃様は陛下の子を懐妊されておりました」と…。 彼女がこの国へ嫁いで来て2年。漸く子が出来た事をこんな形で知るなんて…。 俺はその報告に愕然とした。

【完結】大好き、と告白するのはこれを最後にします!

高瀬船
恋愛
侯爵家の嫡男、レオン・アルファストと伯爵家のミュラー・ハドソンは建国から続く由緒ある家柄である。 7歳年上のレオンが大好きで、ミュラーは幼い頃から彼にべったり。ことある事に大好き!と伝え、少女へと成長してからも顔を合わせる度に結婚して!ともはや挨拶のように熱烈に求婚していた。 だけど、いつもいつもレオンはありがとう、と言うだけで承諾も拒絶もしない。 成人を控えたある日、ミュラーはこれを最後の告白にしよう、と決心しいつものようにはぐらかされたら大人しく彼を諦めよう、と決めていた。 そして、彼を諦め真剣に結婚相手を探そうと夜会に行った事をレオンに知られたミュラーは初めて彼の重いほどの愛情を知る 【お互い、モブとの絡み発生します、苦手な方はご遠慮下さい】

勘当された悪役令嬢は平民になって幸せに暮らしていたのになぜか人生をやり直しさせられる

千環
恋愛
 第三王子の婚約者であった侯爵令嬢アドリアーナだが、第三王子が想いを寄せる男爵令嬢を害した罪で婚約破棄を言い渡されたことによりスタングロム侯爵家から勘当され、平民アニーとして生きることとなった。  なんとか日々を過ごす内に12年の歳月が流れ、ある時出会った10歳年上の平民アレクと結ばれて、可愛い娘チェルシーを授かり、とても幸せに暮らしていたのだが……道に飛び出して馬車に轢かれそうになった娘を庇おうとしたアニーは気付けば6歳のアドリアーナに戻っていた。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

【完結】「君を愛することはない」と言われた公爵令嬢は思い出の夜を繰り返す

おのまとぺ
恋愛
「君を愛することはない!」 鳴り響く鐘の音の中で、三年の婚約期間の末に結ばれるはずだったマルクス様は高らかに宣言しました。隣には彼の義理の妹シシーがピッタリとくっついています。私は笑顔で「承知いたしました」と答え、ガラスの靴を脱ぎ捨てて、一目散に式場の扉へと走り出しました。 え?悲しくないのかですって? そんなこと思うわけないじゃないですか。だって、私はこの三年間、一度たりとも彼を愛したことなどなかったのですから。私が本当に愛していたのはーーー ◇よくある婚約破棄 ◇元サヤはないです ◇タグは増えたりします ◇薬物などの危険物が少し登場します

元使用人の公爵様は、不遇の伯爵令嬢を愛してやまない。

碧野葉菜
恋愛
フランチェスカ家の伯爵令嬢、アンジェリカは、両親と妹にいない者として扱われ、地下室の部屋で一人寂しく暮らしていた。 そんな彼女の孤独を癒してくれたのは、使用人のクラウスだけ。 彼がいなくなってからというもの、アンジェリカは生きる気力すら失っていた。 そんなある日、フランチェスカ家が破綻し、借金を返すため、アンジェリカは娼館に売られそうになる。 しかし、突然現れたブリオット公爵家からの使者に、縁談を持ちかけられる。 戸惑いながらブリオット家に連れられたアンジェリカ、そこで再会したのはなんと、幼い頃離れ離れになったクラウスだった――。 8年の時を経て、立派な紳士に成長した彼は、アンジェリカを妻にすると強引に迫ってきて――!? 執着系年下美形公爵×不遇の無自覚美人令嬢の、西洋貴族溺愛ストーリー!

王女の中身は元自衛官だったので、継母に追放されたけど思い通りになりません

きぬがやあきら
恋愛
「妻はお妃様一人とお約束されたそうですが、今でもまだ同じことが言えますか?」 「正直なところ、不安を感じている」 久方ぶりに招かれた故郷、セレンティア城の月光満ちる庭園で、アシュレイは信じ難い光景を目撃するーー 激闘の末、王座に就いたアルダシールと結ばれた、元セレンティア王国の王女アシュレイ。 アラウァリア国では、新政権を勝ち取ったアシュレイを国母と崇めてくれる国民も多い。だが、結婚から2年、未だ後継ぎに恵まれないアルダシールに側室を推す声も上がり始める。そんな頃、弟シュナイゼルから結婚式の招待が舞い込んだ。 第2幕、連載開始しました! お気に入り登録してくださった皆様、ありがとうございます! 心より御礼申し上げます。 以下、1章のあらすじです。 アシュレイは前世の記憶を持つ、セレンティア王国の皇女だった。後ろ盾もなく、継母である王妃に体よく追い出されてしまう。 表向きは外交の駒として、アラウァリア王国へ嫁ぐ形だが、国王は御年50歳で既に18人もの妃を持っている。 常に不遇の扱いを受けて、我慢の限界だったアシュレイは、大胆な計画を企てた。 それは輿入れの道中を、自ら雇った盗賊に襲撃させるもの。 サバイバルの知識もあるし、宝飾品を処分して生き抜けば、残りの人生を自由に謳歌できると踏んでいた。 しかし、輿入れ当日アシュレイを攫い出したのは、アラウァリアの第一王子・アルダシール。 盗賊団と共謀し、晴れて自由の身を望んでいたのに、アルダシールはアシュレイを手放してはくれず……。 アシュレイは自由と幸福を手に入れられるのか?

処理中です...