【完結】ご期待に沿えず、誠に申し訳ございません

野村にれ

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人としての限界

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 その日は、思わず笑顔になるような、麗らかな陽気であった。

 麗らかさとは真逆の精神状態だったのが、学園の机にかじりついて、ガリガリと何か書いているヨルレアン・エン・オズラール、16歳。

 オズラール公爵家の第一子で、少しくせ毛のダークブロンドに、アンバーの瞳を持つ、少したれ目の可愛らしい令嬢であった。だが、彼女は華やかに取り巻きを引き連れて、権力を振り回すような質ではなく、教室に置いての存在感はない。

 そして、彼女は人として限界に達する手前、いや、既に限界は超えている状態であった。急に大笑いをしても、急に泣き出してもおかしくはなかった。

 だが、彼女が今持っていたのは怒りであった。

「ああ!うるさい!もう少し静かに話すか、廊下で話して貰えませんか!」

 斜め前で繰り広げられる、騒がしい様子に声を上げた。

 内容までは理解していないが、いつもなら集中して、気にならない雑音に今日は耐えることが出来なかった。ヨルレアンが移動することも出来たが、人としての限界であったために、移動する気力もなかったのである。

 ヨルレアンは癇癪持ちなどではなく、無暗に声を荒げるような質ではないために、ヨルレアンが怒ったことに驚いた者、怒りを向けた相手の話の内容が聞こえていた者たちは、そんなに怒らなくてもという気持ちになった。

 さすがに公爵令嬢に怒られたとなれば静かになり、ヨルレアンは一息吐いて、再び机に向かって何かを書き始めた。

 そして、微かに女子生徒の鼻をすする音が聞こえた。

 ようやく授業が終わり、ヨルレアンは帰って、ひと休みしようと思っていたが、コーランド王国の国王陛下の息子で、エルドール第二王子殿下が訪ねて来た。

「ヨルレアン嬢、ちょっと来てくれ」
「はい…」

 ヨルレアンは不本意ながらも、同い年のエルドールの婚約者となっている。

 コーランド王国は、カラード大陸にある国であり、国王夫妻には第一子である第一王子、第二子である第二王子、第三子である第一王女がいる。

 ヨルレアンは錘でもついているのかというくらい、重たい足取りで、エルドールに付いてくも、とてもゆっくりであった。

「遅いな、早く歩いてくれ」
「は、い…」

 ヨルレアンはしっかり歩いているつもりであったために、その言葉に苛立った。そう、その日は沸点も異常に低かった。

 生徒会室に連れて行かれ、そこには生徒会のメンバーらしき令嬢がいた。生徒会長はエルドールである。

「座ってくれ」
「はい…」

 エルドールは当たり前のように、その令嬢の横に座ったので、ヨルレアンは二人と向かい合うように座った。

「今日、オマリー嬢を怒鳴ったそうだな?」

 人としての限界に達しているヨルレアンには、オマリー嬢が全く誰なのか整理がついていなかった。だが、今日怒鳴ったと言えば、1回しかないために、あの中にオマリー嬢がいたのだろうと思った。

「教室でうるさかったので、怒鳴ったのは事実です」
「休憩時間だろう?」
「はい」

 確かに授業中だったわけではない、休憩時間に何を話そうが自由である。だが、ヨルレアンは限界に達していたという極めて個人的な理由である。

「教室は自分の物だとでも思っているのか?」
「いいえ」
「しかも、オマリー嬢が酷い言い掛かりをつけられているのに、なぜそのようなことを言ったんだ。君の立場なら、庇ってやるべきだろう」
「人の話に聞き耳を立てる趣味はありませんので、内容までは存じ上げません。ただただうるさかったので、怒鳴っただけです」
「っな、そうだとしても、怒鳴るなど」
「それは、申し訳ございませんでした」

 悪いとも思っていないが、早く帰りたいということしか考えていないので、畳みかけるように謝った。

「オマリー嬢は泣いていたのだぞ?」
「はあ…言い掛かりだったのでしょう?その方に、言えばいいではありませんか。なぜ私なのですか?私、関係あります?」

 何を話していたのかも知らないヨルレアンは、確かに怒鳴ったのは理不尽だったかもしれないが、今の殿下の言葉も理不尽ではないかと、さらに苛立ち始めた。

「それはもう伝えてある」
「そうですか」
「殿下、もういいのです」

 か細い声を上げたのは、横に座っていた令嬢であった。


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お読みいただきありがとうございます。

新しい話を書きたい欲がたまっており、
昨日一つ連載が終わり、折角なら11月1日から始めたいと思い、
若干見切り発車ですが、頑張ります。

どうぞよろしくお願いいたします。
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