上 下
87 / 228
第13話

聞こえない悲しき罪4

しおりを挟む
「夫人にジスア様のことを応えてはいかがですか」
「いや、それは」
「あなた、どういうこと?」
「随分前に少し関係があっただけなんだ」
「それは通りませんよね。同じ年の子どもがいるのですから、結婚後も続いていた証拠です」
「子ども、子どもを産んだのか!」

 マースリは子どもを産んだことを知らなかった。知っている可能性もあるのではないか、ジスアが押し掛けて来た線も拭えなかった。

「待って、ミッシュじゃないと言うなら、ミッシュは…ミッシュはどこにいるの!」
「落ち着いて下さい、ミッシュ様は保護して、健康状態も問題ありません。現在、医院で預かっております」
「早く会わせてっ!」
「落ち着いて、まずは話を聞いて下さい。夫人に罪はありませんが、現状ご夫婦ですよね?聞いていただく義務があります。終わったら会わせます」
「ジスアがミッシュと自分の子を入れ替えたと言うのか!ふざけた真似を!私の子ではない!」

 お前に怒る資格なんてないだろうと思いながら、セナリアンは冷静である。

「確かにジスア嬢が入れ替えた可能性が高いです。許されることではありません。何を思って行ったのか、それは分かりませんが」
「ジスアを捕まえれば分かるだろう」
「亡くなっているのです」
「へ?」
「ミッシュ様は孤児院に預けられていました。そして、その後にジスア嬢は投身自殺を図っています」
「罪を悔いたのだろう、当然だ」
「あなたは一度、ジスア嬢を堕胎させていますね」
「あなたっ!」

 事実のようだ。堕胎をした医院を見付け、証言を得ることは可能だろう。調査報告の見解は、概ね当たっているのではないだろうか、流石である。

「彼女の存在は夫人からすれば不快な存在でしょう。それでも今回は産みたかったのではないでしょうか、自分の子を。でも育てられない状況になったのかもしれません。孤児院には病気で入院すると言っていたそうです。実家には頼れず、今さら全てを打ち明けることもできなかった」

 病気が事実かは病院を使った記録もなく分からなかった。ただし偽名で旅行者だとでも言い、支払いさえすれば、診て貰えないことはない。

「一歳になれば分かったことでしょう。せめてそれまでは、最初で最後でもいいから、父親の元で育てて欲しかったのかもしれません」

 出生登録はミッシュでされていたため、一歳の登録でミッシュではないことが判明する。これが入れ替えた後だったら、スアリがミッシュになっていたことだろう。

 そして、おそらく亡くなっていなければ、矛先はジスアに向いたであろうことは、気の強そうなジョアンナなら、想像は容易である。

「ハーバリア殿、君は愛妻家ではなかったのか?」
「私はジョアンナを愛している」
「断れない性格のジスア嬢を、耳障りのいい言葉で弄んだのでしょう?君は特別な存在だ、子どももまだ産ませるわけにはいかない、ジョアンナが子を産んでからなら大丈夫だ、もう少し待ってくれ、そう言いましたね?ジスア嬢はそんな日が来ないことを分かったのだと思います」
「でたらめを言うな!」
「ジスア嬢に関しては憶測です、でもあなたの言ったことは事実でしょう?」

 話を聞いた隣人はまるで自分のことのように怒りながら、泣きながら話してくれたそうだ。信用できると思ったが、やはり事実であった。

 ジョアンナを愛しているのではあるが、従順なジスアがいてこそという部分もあった。背徳感も手放せなかった要因であろう。

「最低だわっ!よくも私に愛しているなどと言えたものね!魔術師様、この子はどうなるんでしょうか」
「私の子では無い!罪人の子だ!」
「魔法省に依頼すれば、親子鑑定書を出せます。陛下に楯突くおつもりですか」
「いや、それは」

 正直、マースリがジョアンナがいてもいなくても、スアリをこれから邪険にすることは目に見えている。ミッシュも同じ年の言わば愛人の子がいること、スアリも愛人の子として暮らす未来は、互いにいい環境とは言えないだろう。

「夫人はどうされたいですか」
「正直、始めは憎しみを持ちましたが、息子だと思って慈しんだ子です。それに、この人の言動でジスアさんの気持ちを思うと…でも側に置くのはスアリのためにもならないかと」

 自分の子ではないと分かった途端に、スアリのベビーバスケットにすら触れなくなったジョアンナ。ここまで育てても、血はそんなにも濃いものなのだろうか。

「ええ、マースリ様に任せることは出来ませんでしょう。こちらに任せるか、どうするか子爵家でご相談ください」
「承知しました」
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

王子妃だった記憶はもう消えました。

cyaru
恋愛
記憶を失った第二王子妃シルヴェーヌ。シルヴェーヌに寄り添う騎士クロヴィス。 元々は王太子であるセレスタンの婚約者だったにも関わらず、嫁いだのは第二王子ディオンの元だった。 実家の公爵家にも疎まれ、夫となった第二王子ディオンには愛する人がいる。 記憶が戻っても自分に居場所はあるのだろうかと悩むシルヴェーヌだった。 記憶を取り戻そうと動き始めたシルヴェーヌを支えるものと、邪魔するものが居る。 記憶が戻った時、それは、それまでの日常が崩れる時だった。 ★1話目の文末に時間的流れの追記をしました(7月26日) ●ゆっくりめの更新です(ちょっと本業とダブルヘッダーなので) ●ルビ多め。鬱陶しく感じる方もいるかも知れませんがご了承ください。  敢えて常用漢字などの読み方を変えている部分もあります。 ●作中の通貨単位はケラ。1ケラ=1円くらいの感じです。 ♡注意事項~この話を読む前に~♡ ※異世界の創作話です。時代設定、史実に基づいた話ではありません。リアルな世界の常識と混同されないようお願いします。 ※心拍数や血圧の上昇、高血糖、アドレナリンの過剰分泌に責任はおえません。 ※外道な作者の妄想で作られたガチなフィクションの上、ご都合主義です。 ※架空のお話です。現実世界の話ではありません。登場人物、場所全て架空です。 ※価値観や言葉使いなど現実世界とは異なります(似てるモノ、同じものもあります) ※誤字脱字結構多い作者です(ごめんなさい)コメント欄より教えて頂けると非常に助かります。

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

【完結】選ばれなかった王女は、手紙を残して消えることにした。

曽根原ツタ
恋愛
「お姉様、私はヴィンス様と愛し合っているの。だから邪魔者は――消えてくれない?」 「分かったわ」 「えっ……」 男が生まれない王家の第一王女ノルティマは、次の女王になるべく全てを犠牲にして教育を受けていた。 毎日奴隷のように働かされた挙句、将来王配として彼女を支えるはずだった婚約者ヴィンスは──妹と想いあっていた。 裏切りを知ったノルティマは、手紙を残して王宮を去ることに。 何もかも諦めて、崖から湖に飛び降りたとき──救いの手を差し伸べる男が現れて……? ★小説家になろう様で先行更新中

初夜に前世を思い出した悪役令嬢は復讐方法を探します。

豆狸
恋愛
「すまない、間違えたんだ」 「はあ?」 初夜の床で新妻の名前を元カノ、しかも新妻の異母妹、しかも新妻と婚約破棄をする原因となった略奪者の名前と間違えた? 脳に蛆でも湧いてんじゃないですかぁ? なろう様でも公開中です。

最愛の側妃だけを愛する旦那様、あなたの愛は要りません

abang
恋愛
私の旦那様は七人の側妃を持つ、巷でも噂の好色王。 後宮はいつでも女の戦いが絶えない。 安心して眠ることもできない後宮に、他の妃の所にばかり通う皇帝である夫。 「どうして、この人を愛していたのかしら?」 ずっと静観していた皇后の心は冷めてしまいう。 それなのに皇帝は急に皇后に興味を向けて……!? 「あの人に興味はありません。勝手になさい!」

やり直すなら、貴方とは結婚しません

わらびもち
恋愛
「君となんて結婚しなければよかったよ」 「は…………?」  夫からの辛辣な言葉に、私は一瞬息をするのも忘れてしまった。

何を間違った?【完結済】

maruko
恋愛
私は長年の婚約者に婚約破棄を言い渡す。 彼女とは1年前から連絡が途絶えてしまっていた。 今真実を聞いて⋯⋯。 愚かな私の後悔の話 ※作者の妄想の産物です 他サイトでも投稿しております

処理中です...