上 下
53 / 228
第8話

お引き取り願います8

しおりを挟む
 マージナルはリスルートにこれで帰るからと、ミズリー王女の話を聞くように言われて、マージナルにはカルバンと護衛の女性、ミズリーには侍女と護衛が付くことで、渋々同じ席に着いた。

「マージナル様、お慕い申しております。どうか私と結婚してはいただけませんか」
「私には妻がおりますとお伝えしたはずですが」
「それは分かっております。ですが、私と共に愛情深く生きる道を選んではいただけませんか」
「私は妻を愛しておりますので」
「でも奥様は、ぐえっ、ごっほ」

 喉が狭まって声が出なかった、そういえば言っていた。私のことを話すことは出来ないと、伝えて変わるのかは分からないが、恐ろしい女だと伝えることも出来ない。

「どうされました?」
「いえ、あっ、そういえば、奥様は刺繍が得意と伺いましたが」

 せめて最後に何かアピールだけでもして帰りたい。思い出したのが刺繍であった。

「実は私も得意なんです。私の国に刺繍の得意な夫人が、開く品評会があるんです。そこでは作品の名は伏せるのですが、三位になったことがあります。あと、学生の頃にも賞を獲ったこともあるんですの」

 ミズリーは見た目以外に、語学やダンスもそれなりには出来るが、アピールできるのは刺繍くらいであった。

「それは素晴らしいのでしょうね」
「是非、もっと時間があったら、見ていただきたかったわ。ご迷惑を掛けたお詫びに贈ってもよろしいかしら?」
「申し訳ありませんが、私は手作りの物は、妻と家族からしか受け取らないことにしているのです」
「っ!奥様は何か評価されたことがあるのですか!」
「どうでしょう、趣味だと言っていましたから」
「っふ、趣味?」

 趣味が刺繍なんて、貴族令嬢なら誰でも言っていることだろう。恐ろしい女でもそのような、人並みのことを言うのか。

「マージナル、クッション見せたらどうだ?」
「ええ…」
「見せたら分かるよ、最悪、裏返せばいい」

 先週、嬉しそうにクッションを抱えて出勤してきたマージナル。すれ違う人、全員にじっと見られたり、二度見されていた。実はマージナルに作られた物ではない。私も欲しいと願うも、今は別の人のを作っているから無理だと、伯母に作ったが、猫の色が違う気がするとプレゼントされず、セナリアンが使っていた。それを貰い、おかげでコルロンド姉妹とお揃いになってしまっている。

「これが妻の刺繍です。とても気に入っております」

 ミズリーの前にどどんと差し出された愛くるしい黒猫のクッション。今にも動き出して、にゃ~んと鳴きだしそうである。なんだこれは、近くに寄れば絵ではないのは分かるが、毛の流れすら感じる、瞳も艶があり、まるで本物のような仕上がりである。何か言わなければと思いながらも、全く言葉が出て来なかった。侍女・ノレアを見るとじっと見つめたまま固まってしまっている。

「裏はこんな感じです」

 ビクっとしたほど、今度は黒猫がシャーっと言わんばかりに牙を剥いている。ノレアはミズリーの肩を叩き、ゆっくり首を振っている。レベルが違う、何を言っても駄目だと言いたいのだろう。

「す、素晴らしいですわね。趣味だなんて、謙遜も甚だしいですわ」
「いえ、妻の唯一の趣味だそうです」

 代わりにご説明しますとカルバンが手を挙げた。

「王女殿下が品評会と呼ぶような催しが、我が国にもありますが、マージナルの奥様は子どもの頃から幾度となく、誘われてはおりますが、一度も参加しておりません。ですので、趣味で差し支えないと思います」
「いかがでしょうか」
「いえ、分かりました。聞いて頂いてありがとうございました」
「いえ、お気を付けてお帰りください」

 刺繍に関しては完敗だ。努力しても出来るとすら思えない。そして、あんな恐ろしい女性だとも知らず、ただ愛しているのか。そして敵にしてはならない、微かな王女の血がそう言っている。

 やっと去って行ったミズリーに、護衛に礼を言って持ち場に返し、マージナルとカルバンは天井を見上げて、大きな息を吐いた。

「やっと帰った!そういえば、カルバン。先程のことは本当か?しかもなぜ知っている?」
「妻に聞いたのです。正確には妻と、私の母も言っておりました。トート伯爵夫人がそのような催しをしているんですが、奥様に幾度となく参加して欲しいと願い出ては、趣味だからと断られているようです」

 両親にもどうかと願い出たようだが、趣味ですからそっとしておいて欲しいと言われ、ならば売って欲しいと言うと、趣味だから売れないと断られ続けている。

「子どもの頃から?」
「はい、ルージエ侯爵、ルージエ前侯爵が、奥様の刺繍したタイを付けているでしょう?おそらく、他のご家族も」
「なるほど、父上も母上も貰って喜んでいた」
「実はうちの妻にもこの前、リボンを頂きまして」
「はっ?いつの前に?」
「前にレモンを渡したじゃないですか」
「酒に絞って飲んでいたな」
「そのお礼に手紙と一緒に届いたようで。瑞々しいレモンの柄のリボンでした。非常に気に入って、それを母に見せたら、これはトート夫人が誘うはずだと。あのクッションも見たら発狂するでしょうね」
「ははっ、あげないぞ!」

 数日後、グロー公爵邸別邸にて、ぶどうをパクパク食べているセナリアンの前に、正座をするマージナル。正座をしてもなんか大きいなと思っている。

「ミズリー王女殿下から言い寄られたが、きちんと断った」
「別に娶っても良かったのですよ」
「そんなことはあり得ない!不快な思いをさせてすまない」
「不快ねぇ、まあそういうことにしておきましょうか」

 マージナルはセナリアンのしたことを知る由も無いが、別にマージナルへの想いを不快だと表現する訳では無かった。人を想うということは自分ではどうにもならないことなのだろう、婚約破棄や愛人問題が無くならないのが現実だ。ただこんなしょうもないことで、国が荒れることだけは許すことは出来なかった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

誰にも信じてもらえなかった公爵令嬢は、もう誰も信じません。

salt
恋愛
王都で罪を犯した悪役令嬢との婚姻を結んだ、東の辺境伯地ディオグーン領を治める、フェイドリンド辺境伯子息、アルバスの懺悔と後悔の記録。 6000文字くらいで摂取するお手軽絶望バッドエンドです。 *なろう・pixivにも掲載しています。

完結 若い愛人がいる?それは良かったです。

音爽(ネソウ)
恋愛
妻が余命宣告を受けた、愛人を抱える夫は小躍りするのだが……

旦那様、離縁の申し出承りますわ

ブラウン
恋愛
「すまない、私はクララと生涯を共に生きていきたい。離縁してくれ」 大富豪 伯爵令嬢のケイトリン。 領地が災害に遭い、若くして侯爵当主なったロイドを幼少の頃より思いを寄せていたケイトリン。ロイド様を助けるため、性急な結婚を敢行。その為、旦那様は平民の女性に癒しを求めてしまった。この国はルメニエール信仰。一夫一妻。婚姻前の男女の行為禁止、婚姻中の不貞行為禁止の厳しい規律がある。旦那様は平民の女性と結婚したいがため、ケイトリンンに離縁を申し出てきた。 旦那様を愛しているがため、旦那様の領地のために、身を粉にして働いてきたケイトリン。 その後、階段から足を踏み外し、前世の記憶を思い出した私。 離縁に応じましょう!未練なし!どうぞ愛する方と結婚し末永くお幸せに! *女性軽視の言葉が一部あります(すみません)

好きな人に『その気持ちが迷惑だ』と言われたので、姿を消します【完結済み】

皇 翼
恋愛
「正直、貴女のその気持ちは迷惑なのですよ……この場だから言いますが、既に想い人が居るんです。諦めて頂けませんか?」 「っ――――!!」 「賢い貴女の事だ。地位も身分も財力も何もかもが貴女にとっては高嶺の花だと元々分かっていたのでしょう?そんな感情を持っているだけ時間が無駄だと思いませんか?」 クロエの気持ちなどお構いなしに、言葉は続けられる。既に想い人がいる。気持ちが迷惑。諦めろ。時間の無駄。彼は止まらず話し続ける。彼が口を開く度に、まるで弾丸のように心を抉っていった。 ****** ・執筆時間空けてしまった間に途中過程が気に食わなくなったので、設定などを少し変えて改稿しています。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

お嬢様はお亡くなりになりました。

豆狸
恋愛
「お嬢様は……十日前にお亡くなりになりました」 「な……なにを言っている?」

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】婚約者の義妹と恋に落ちたので婚約破棄した処、「妃教育の修了」を条件に結婚が許されたが結果が芳しくない。何故だ?同じ高位貴族だろう?

つくも茄子
恋愛
国王唯一の王子エドワード。 彼は婚約者の公爵令嬢であるキャサリンを公の場所で婚約破棄を宣言した。 次の婚約者は恋人であるアリス。 アリスはキャサリンの義妹。 愛するアリスと結婚するには「妃教育を修了させること」だった。 同じ高位貴族。 少し頑張ればアリスは直ぐに妃教育を終了させると踏んでいたが散々な結果で終わる。 八番目の教育係も辞めていく。 王妃腹でないエドワードは立太子が遠のく事に困ってしまう。 だが、エドワードは知らなかった事がある。 彼が事実を知るのは何時になるのか……それは誰も知らない。 他サイトにも公開中。

処理中です...