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第8話
お引き取り願います8
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マージナルはリスルートにこれで帰るからと、ミズリー王女の話を聞くように言われて、マージナルにはカルバンと護衛の女性、ミズリーには侍女と護衛が付くことで、渋々同じ席に着いた。
「マージナル様、お慕い申しております。どうか私と結婚してはいただけませんか」
「私には妻がおりますとお伝えしたはずですが」
「それは分かっております。ですが、私と共に愛情深く生きる道を選んではいただけませんか」
「私は妻を愛しておりますので」
「でも奥様は、ぐえっ、ごっほ」
喉が狭まって声が出なかった、そういえば言っていた。私のことを話すことは出来ないと、伝えて変わるのかは分からないが、恐ろしい女だと伝えることも出来ない。
「どうされました?」
「いえ、あっ、そういえば、奥様は刺繍が得意と伺いましたが」
せめて最後に何かアピールだけでもして帰りたい。思い出したのが刺繍であった。
「実は私も得意なんです。私の国に刺繍の得意な夫人が、開く品評会があるんです。そこでは作品の名は伏せるのですが、三位になったことがあります。あと、学生の頃にも賞を獲ったこともあるんですの」
ミズリーは見た目以外に、語学やダンスもそれなりには出来るが、アピールできるのは刺繍くらいであった。
「それは素晴らしいのでしょうね」
「是非、もっと時間があったら、見ていただきたかったわ。ご迷惑を掛けたお詫びに贈ってもよろしいかしら?」
「申し訳ありませんが、私は手作りの物は、妻と家族からしか受け取らないことにしているのです」
「っ!奥様は何か評価されたことがあるのですか!」
「どうでしょう、趣味だと言っていましたから」
「っふ、趣味?」
趣味が刺繍なんて、貴族令嬢なら誰でも言っていることだろう。恐ろしい女でもそのような、人並みのことを言うのか。
「マージナル、クッション見せたらどうだ?」
「ええ…」
「見せたら分かるよ、最悪、裏返せばいい」
先週、嬉しそうにクッションを抱えて出勤してきたマージナル。すれ違う人、全員にじっと見られたり、二度見されていた。実はマージナルに作られた物ではない。私も欲しいと願うも、今は別の人のを作っているから無理だと、伯母に作ったが、猫の色が違う気がするとプレゼントされず、セナリアンが使っていた。それを貰い、おかげでコルロンド姉妹とお揃いになってしまっている。
「これが妻の刺繍です。とても気に入っております」
ミズリーの前にどどんと差し出された愛くるしい黒猫のクッション。今にも動き出して、にゃ~んと鳴きだしそうである。なんだこれは、近くに寄れば絵ではないのは分かるが、毛の流れすら感じる、瞳も艶があり、まるで本物のような仕上がりである。何か言わなければと思いながらも、全く言葉が出て来なかった。侍女・ノレアを見るとじっと見つめたまま固まってしまっている。
「裏はこんな感じです」
ビクっとしたほど、今度は黒猫がシャーっと言わんばかりに牙を剥いている。ノレアはミズリーの肩を叩き、ゆっくり首を振っている。レベルが違う、何を言っても駄目だと言いたいのだろう。
「す、素晴らしいですわね。趣味だなんて、謙遜も甚だしいですわ」
「いえ、妻の唯一の趣味だそうです」
代わりにご説明しますとカルバンが手を挙げた。
「王女殿下が品評会と呼ぶような催しが、我が国にもありますが、マージナルの奥様は子どもの頃から幾度となく、誘われてはおりますが、一度も参加しておりません。ですので、趣味で差し支えないと思います」
「いかがでしょうか」
「いえ、分かりました。聞いて頂いてありがとうございました」
「いえ、お気を付けてお帰りください」
刺繍に関しては完敗だ。努力しても出来るとすら思えない。そして、あんな恐ろしい女性だとも知らず、ただ愛しているのか。そして敵にしてはならない、微かな王女の血がそう言っている。
やっと去って行ったミズリーに、護衛に礼を言って持ち場に返し、マージナルとカルバンは天井を見上げて、大きな息を吐いた。
「やっと帰った!そういえば、カルバン。先程のことは本当か?しかもなぜ知っている?」
「妻に聞いたのです。正確には妻と、私の母も言っておりました。トート伯爵夫人がそのような催しをしているんですが、奥様に幾度となく参加して欲しいと願い出ては、趣味だからと断られているようです」
両親にもどうかと願い出たようだが、趣味ですからそっとしておいて欲しいと言われ、ならば売って欲しいと言うと、趣味だから売れないと断られ続けている。
「子どもの頃から?」
「はい、ルージエ侯爵、ルージエ前侯爵が、奥様の刺繍したタイを付けているでしょう?おそらく、他のご家族も」
「なるほど、父上も母上も貰って喜んでいた」
「実はうちの妻にもこの前、リボンを頂きまして」
「はっ?いつの前に?」
「前にレモンを渡したじゃないですか」
「酒に絞って飲んでいたな」
「そのお礼に手紙と一緒に届いたようで。瑞々しいレモンの柄のリボンでした。非常に気に入って、それを母に見せたら、これはトート夫人が誘うはずだと。あのクッションも見たら発狂するでしょうね」
「ははっ、あげないぞ!」
数日後、グロー公爵邸別邸にて、ぶどうをパクパク食べているセナリアンの前に、正座をするマージナル。正座をしてもなんか大きいなと思っている。
「ミズリー王女殿下から言い寄られたが、きちんと断った」
「別に娶っても良かったのですよ」
「そんなことはあり得ない!不快な思いをさせてすまない」
「不快ねぇ、まあそういうことにしておきましょうか」
マージナルはセナリアンのしたことを知る由も無いが、別にマージナルへの想いを不快だと表現する訳では無かった。人を想うということは自分ではどうにもならないことなのだろう、婚約破棄や愛人問題が無くならないのが現実だ。ただこんなしょうもないことで、国が荒れることだけは許すことは出来なかった。
「マージナル様、お慕い申しております。どうか私と結婚してはいただけませんか」
「私には妻がおりますとお伝えしたはずですが」
「それは分かっております。ですが、私と共に愛情深く生きる道を選んではいただけませんか」
「私は妻を愛しておりますので」
「でも奥様は、ぐえっ、ごっほ」
喉が狭まって声が出なかった、そういえば言っていた。私のことを話すことは出来ないと、伝えて変わるのかは分からないが、恐ろしい女だと伝えることも出来ない。
「どうされました?」
「いえ、あっ、そういえば、奥様は刺繍が得意と伺いましたが」
せめて最後に何かアピールだけでもして帰りたい。思い出したのが刺繍であった。
「実は私も得意なんです。私の国に刺繍の得意な夫人が、開く品評会があるんです。そこでは作品の名は伏せるのですが、三位になったことがあります。あと、学生の頃にも賞を獲ったこともあるんですの」
ミズリーは見た目以外に、語学やダンスもそれなりには出来るが、アピールできるのは刺繍くらいであった。
「それは素晴らしいのでしょうね」
「是非、もっと時間があったら、見ていただきたかったわ。ご迷惑を掛けたお詫びに贈ってもよろしいかしら?」
「申し訳ありませんが、私は手作りの物は、妻と家族からしか受け取らないことにしているのです」
「っ!奥様は何か評価されたことがあるのですか!」
「どうでしょう、趣味だと言っていましたから」
「っふ、趣味?」
趣味が刺繍なんて、貴族令嬢なら誰でも言っていることだろう。恐ろしい女でもそのような、人並みのことを言うのか。
「マージナル、クッション見せたらどうだ?」
「ええ…」
「見せたら分かるよ、最悪、裏返せばいい」
先週、嬉しそうにクッションを抱えて出勤してきたマージナル。すれ違う人、全員にじっと見られたり、二度見されていた。実はマージナルに作られた物ではない。私も欲しいと願うも、今は別の人のを作っているから無理だと、伯母に作ったが、猫の色が違う気がするとプレゼントされず、セナリアンが使っていた。それを貰い、おかげでコルロンド姉妹とお揃いになってしまっている。
「これが妻の刺繍です。とても気に入っております」
ミズリーの前にどどんと差し出された愛くるしい黒猫のクッション。今にも動き出して、にゃ~んと鳴きだしそうである。なんだこれは、近くに寄れば絵ではないのは分かるが、毛の流れすら感じる、瞳も艶があり、まるで本物のような仕上がりである。何か言わなければと思いながらも、全く言葉が出て来なかった。侍女・ノレアを見るとじっと見つめたまま固まってしまっている。
「裏はこんな感じです」
ビクっとしたほど、今度は黒猫がシャーっと言わんばかりに牙を剥いている。ノレアはミズリーの肩を叩き、ゆっくり首を振っている。レベルが違う、何を言っても駄目だと言いたいのだろう。
「す、素晴らしいですわね。趣味だなんて、謙遜も甚だしいですわ」
「いえ、妻の唯一の趣味だそうです」
代わりにご説明しますとカルバンが手を挙げた。
「王女殿下が品評会と呼ぶような催しが、我が国にもありますが、マージナルの奥様は子どもの頃から幾度となく、誘われてはおりますが、一度も参加しておりません。ですので、趣味で差し支えないと思います」
「いかがでしょうか」
「いえ、分かりました。聞いて頂いてありがとうございました」
「いえ、お気を付けてお帰りください」
刺繍に関しては完敗だ。努力しても出来るとすら思えない。そして、あんな恐ろしい女性だとも知らず、ただ愛しているのか。そして敵にしてはならない、微かな王女の血がそう言っている。
やっと去って行ったミズリーに、護衛に礼を言って持ち場に返し、マージナルとカルバンは天井を見上げて、大きな息を吐いた。
「やっと帰った!そういえば、カルバン。先程のことは本当か?しかもなぜ知っている?」
「妻に聞いたのです。正確には妻と、私の母も言っておりました。トート伯爵夫人がそのような催しをしているんですが、奥様に幾度となく参加して欲しいと願い出ては、趣味だからと断られているようです」
両親にもどうかと願い出たようだが、趣味ですからそっとしておいて欲しいと言われ、ならば売って欲しいと言うと、趣味だから売れないと断られ続けている。
「子どもの頃から?」
「はい、ルージエ侯爵、ルージエ前侯爵が、奥様の刺繍したタイを付けているでしょう?おそらく、他のご家族も」
「なるほど、父上も母上も貰って喜んでいた」
「実はうちの妻にもこの前、リボンを頂きまして」
「はっ?いつの前に?」
「前にレモンを渡したじゃないですか」
「酒に絞って飲んでいたな」
「そのお礼に手紙と一緒に届いたようで。瑞々しいレモンの柄のリボンでした。非常に気に入って、それを母に見せたら、これはトート夫人が誘うはずだと。あのクッションも見たら発狂するでしょうね」
「ははっ、あげないぞ!」
数日後、グロー公爵邸別邸にて、ぶどうをパクパク食べているセナリアンの前に、正座をするマージナル。正座をしてもなんか大きいなと思っている。
「ミズリー王女殿下から言い寄られたが、きちんと断った」
「別に娶っても良かったのですよ」
「そんなことはあり得ない!不快な思いをさせてすまない」
「不快ねぇ、まあそういうことにしておきましょうか」
マージナルはセナリアンのしたことを知る由も無いが、別にマージナルへの想いを不快だと表現する訳では無かった。人を想うということは自分ではどうにもならないことなのだろう、婚約破棄や愛人問題が無くならないのが現実だ。ただこんなしょうもないことで、国が荒れることだけは許すことは出来なかった。
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