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第6話
閑話 刺繍は趣味3
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「でしたらご存知ですか、今年の家族の誕生日はセナリアンが、動物の顔が刺繍されたクッションを作って贈っていることを」
「何と?」
「義母上には猫のクッションです!しかも」
「しかも?」
「表面は愛らしい猫、裏面は牙を剥いて威嚇している猫です。その、義父上に向けるのにちょうどいいと」
酒を飲み過ぎていると、クッションを抱えて、妻がやって来るのだ。
「ははははは!セナリアンらしいな」「っふふふ」
「珍しいな、クーリット」
「いえ、妻がルージエ夫人に見せてもらったと聞いておりまして。素晴らしい出来だったと、これを主人に見せるのよと」
「おお、そうであったか!」
「私も見せてもらいましたが、飛び出して来そうなほどの迫力でした」
「妻もそう申しておりました」
「その後も、ルージエ前侯爵夫妻には、紋章のオオカミの色違いを贈り、義父上が来たときはずっと裏面ねと笑っていたそうです…」
ルシュベルのクッションを見た夫妻は、誕生日に作るとセナリアンに言われて、楽しみにしていた。タヌキだったらどうしようかと一瞬過ったが、それはないだろうと打ち消した。そして持って来たのは、オオカミ。夫はグレー、妻にはホワイト。表面は凛々しく、裏面は猫には比べ物にならないほど恐ろしい顔であった。タヌキだったら、無意識に殴り付けそうだった夫妻はほっとした。
「ミミス…夫妻の顔が目に浮かぶようだ。待て、ミミスも貰ったのか」
「はい、何だと思います?絶対に当たらないと思いますが」
「クーリットも知っておるのか?」「いえ、存じ上げません」
「オオカミはないだろうな、真っ当にいけばタヌキ。クーリットはどう思う?」
「ええ、普通に考えればタヌキですが、夫人が猫ならネズミ?でしょうか」
「おお、冴えておるな。セナならやりそうだ」
何てことない話なのだが、陛下とクーリットは興味津々に答えを待っている。
「タヌキです…なぜ分かったんですか」
「リスルートは知らぬのか?」「親が話さない限りは知りませんでしょう、世代が違いますから」
「ミミスはな、タヌキなのだ」
「はい?」
侯爵に向かって、タヌキだと教える親はいないだろう。
「そっくりであろう?気付いたのは幼児のセナリアンだ。タヌキの様々な姿の図鑑を指差して、おとうちゃまと言ったそうだ。ルージエ前侯爵から教えてもらった」
「っ!確かに可愛らしい顔をされてますからね…」
「どうぶつクラッカーにあるだろう?当たりのタヌキのモデルはミミスだぞ?」
「は?」
「世代が違うと本当に知らぬのだな。儂が言ったような気もするのだがな。クッキー、クラッカーの発案者がセナリアンということも知らぬのか?」
「え?」
もはやリスルートの脳内は、理解が出来ないことでいっぱいとなっていた。
「リリアンネも知らなかったか?」「それはご存知だと思います」
「生地は料理人が作ったそうだが、型も箱もセナリアンが作ったのだぞ?」
「待ってください、あれは私が子どもの頃からありましたよ」
「ああ、だからその当時のセナリアンが作ったんだよ。今では知らぬ者はおらぬだろう?儂らは発売前に食べたよの?」「はい、大変美味しく頂きました」
「はあ…セナリアンが作ったなんて知りませんよ。きっとマージナルも知らないはずですよ」
「ああ、マージナルには面倒だから、敢えて伝えられていないのかもしれない。そればっかり食べそうじゃないか?」
「惨い。でも一理あります」
何も知らなかったリスルートは、リリアンネからタヌキと聞いた時は腑に落ちなかったが、実物を見た時に通ずるものがあると確かに思った。しかも抱きしめながら、お気に入りなんだという顔が、非常に可愛らしかった。
「だが、タヌキは牙を剥くのか」
「いえ、表面は眠そうなタヌキ。裏面は非常に眠そうなタヌキでした、ほぼ目が開いていませんでした」
「ははははは!ミミスにピッタリじゃないか」
「ええ、皆に大変お似合いだと絶賛されたそうで、大事に抱えてらっしゃいました」
「クーリット、今度こっそり見に行こうぞ」
「それはよろしゅうございますね、是非お供させてください」
後日、本当にこっそりルージエ家にクッションを見に行った二人。ミミスを並べたり、クッションで顔を隠させて、クッションに話しかけたり、それセナリアンもやっていましたわと言うルシュベル夫人の言葉に、ガハガハ笑って帰って行った。
「この前はコルロンドの伯母君の誕生日だったようで、義母上と柄の違う猫だったそうです」
この姉妹はとても猫が好きで、幼い頃から飼っており、今でもコルロンド家には多くの猫がいる。ルシュベルが生家によく行く理由は猫である。
「裏は牙を剥いておるのか」
「そうらしいです、伯父君に時折怒るそうですので」
「ああ、そうであるな。頼り甲斐はあるが、優しい男だからの」
「今はその伯父君に作っているそうで、リリアンネに何柄か聞いてもらったら」
「もらったら?」
「クマに決まっているじゃないかと」
「クマっ!ははははは!確かにそうじゃな、クマがぴったりじゃ」
「でも表面は笑顔で、裏面はさらに笑顔だそうです」
リルラビエ・コルロンドの夫、ジュシ・コルロンドは、元王宮騎士団所属で、大柄で穏やかな、剣の腕も立つ強く、笑顔の似合う男性である。
「まさにその者に合ったオーダメイドのクッションだな。儂も強請ってみようかの」
「父上は何でしょうか」
「そこはセナリアンに任せるが、何だろうか、想像が出来んな」
「王妃様の分もお忘れなく」
「ああ、そうだな。儂だけもらったら大変なことになる」
クッションを作って欲しいと依頼した時に、私でいいのかと不思議そうな顔で、いくら素晴らしいと言っても腕前を分かっていないのである。
完成するとなぜか少し色味の違うものを二つ用意しており、王妃の分であったが、王妃になぜだという顔をしたのを見逃してはくれず、酷く睨まれ、セナリアンが帰ってから、あなたは自分だけ作って貰おうとしたのかとネチネチと怒られ、一週間まともに口を聞いてもらえなかったのだ。これが一つだけだったら、もっと酷いことになっていただろうと反省したのだ。
「何と?」
「義母上には猫のクッションです!しかも」
「しかも?」
「表面は愛らしい猫、裏面は牙を剥いて威嚇している猫です。その、義父上に向けるのにちょうどいいと」
酒を飲み過ぎていると、クッションを抱えて、妻がやって来るのだ。
「ははははは!セナリアンらしいな」「っふふふ」
「珍しいな、クーリット」
「いえ、妻がルージエ夫人に見せてもらったと聞いておりまして。素晴らしい出来だったと、これを主人に見せるのよと」
「おお、そうであったか!」
「私も見せてもらいましたが、飛び出して来そうなほどの迫力でした」
「妻もそう申しておりました」
「その後も、ルージエ前侯爵夫妻には、紋章のオオカミの色違いを贈り、義父上が来たときはずっと裏面ねと笑っていたそうです…」
ルシュベルのクッションを見た夫妻は、誕生日に作るとセナリアンに言われて、楽しみにしていた。タヌキだったらどうしようかと一瞬過ったが、それはないだろうと打ち消した。そして持って来たのは、オオカミ。夫はグレー、妻にはホワイト。表面は凛々しく、裏面は猫には比べ物にならないほど恐ろしい顔であった。タヌキだったら、無意識に殴り付けそうだった夫妻はほっとした。
「ミミス…夫妻の顔が目に浮かぶようだ。待て、ミミスも貰ったのか」
「はい、何だと思います?絶対に当たらないと思いますが」
「クーリットも知っておるのか?」「いえ、存じ上げません」
「オオカミはないだろうな、真っ当にいけばタヌキ。クーリットはどう思う?」
「ええ、普通に考えればタヌキですが、夫人が猫ならネズミ?でしょうか」
「おお、冴えておるな。セナならやりそうだ」
何てことない話なのだが、陛下とクーリットは興味津々に答えを待っている。
「タヌキです…なぜ分かったんですか」
「リスルートは知らぬのか?」「親が話さない限りは知りませんでしょう、世代が違いますから」
「ミミスはな、タヌキなのだ」
「はい?」
侯爵に向かって、タヌキだと教える親はいないだろう。
「そっくりであろう?気付いたのは幼児のセナリアンだ。タヌキの様々な姿の図鑑を指差して、おとうちゃまと言ったそうだ。ルージエ前侯爵から教えてもらった」
「っ!確かに可愛らしい顔をされてますからね…」
「どうぶつクラッカーにあるだろう?当たりのタヌキのモデルはミミスだぞ?」
「は?」
「世代が違うと本当に知らぬのだな。儂が言ったような気もするのだがな。クッキー、クラッカーの発案者がセナリアンということも知らぬのか?」
「え?」
もはやリスルートの脳内は、理解が出来ないことでいっぱいとなっていた。
「リリアンネも知らなかったか?」「それはご存知だと思います」
「生地は料理人が作ったそうだが、型も箱もセナリアンが作ったのだぞ?」
「待ってください、あれは私が子どもの頃からありましたよ」
「ああ、だからその当時のセナリアンが作ったんだよ。今では知らぬ者はおらぬだろう?儂らは発売前に食べたよの?」「はい、大変美味しく頂きました」
「はあ…セナリアンが作ったなんて知りませんよ。きっとマージナルも知らないはずですよ」
「ああ、マージナルには面倒だから、敢えて伝えられていないのかもしれない。そればっかり食べそうじゃないか?」
「惨い。でも一理あります」
何も知らなかったリスルートは、リリアンネからタヌキと聞いた時は腑に落ちなかったが、実物を見た時に通ずるものがあると確かに思った。しかも抱きしめながら、お気に入りなんだという顔が、非常に可愛らしかった。
「だが、タヌキは牙を剥くのか」
「いえ、表面は眠そうなタヌキ。裏面は非常に眠そうなタヌキでした、ほぼ目が開いていませんでした」
「ははははは!ミミスにピッタリじゃないか」
「ええ、皆に大変お似合いだと絶賛されたそうで、大事に抱えてらっしゃいました」
「クーリット、今度こっそり見に行こうぞ」
「それはよろしゅうございますね、是非お供させてください」
後日、本当にこっそりルージエ家にクッションを見に行った二人。ミミスを並べたり、クッションで顔を隠させて、クッションに話しかけたり、それセナリアンもやっていましたわと言うルシュベル夫人の言葉に、ガハガハ笑って帰って行った。
「この前はコルロンドの伯母君の誕生日だったようで、義母上と柄の違う猫だったそうです」
この姉妹はとても猫が好きで、幼い頃から飼っており、今でもコルロンド家には多くの猫がいる。ルシュベルが生家によく行く理由は猫である。
「裏は牙を剥いておるのか」
「そうらしいです、伯父君に時折怒るそうですので」
「ああ、そうであるな。頼り甲斐はあるが、優しい男だからの」
「今はその伯父君に作っているそうで、リリアンネに何柄か聞いてもらったら」
「もらったら?」
「クマに決まっているじゃないかと」
「クマっ!ははははは!確かにそうじゃな、クマがぴったりじゃ」
「でも表面は笑顔で、裏面はさらに笑顔だそうです」
リルラビエ・コルロンドの夫、ジュシ・コルロンドは、元王宮騎士団所属で、大柄で穏やかな、剣の腕も立つ強く、笑顔の似合う男性である。
「まさにその者に合ったオーダメイドのクッションだな。儂も強請ってみようかの」
「父上は何でしょうか」
「そこはセナリアンに任せるが、何だろうか、想像が出来んな」
「王妃様の分もお忘れなく」
「ああ、そうだな。儂だけもらったら大変なことになる」
クッションを作って欲しいと依頼した時に、私でいいのかと不思議そうな顔で、いくら素晴らしいと言っても腕前を分かっていないのである。
完成するとなぜか少し色味の違うものを二つ用意しており、王妃の分であったが、王妃になぜだという顔をしたのを見逃してはくれず、酷く睨まれ、セナリアンが帰ってから、あなたは自分だけ作って貰おうとしたのかとネチネチと怒られ、一週間まともに口を聞いてもらえなかったのだ。これが一つだけだったら、もっと酷いことになっていただろうと反省したのだ。
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