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第5話
閑話 どうぶつクッキー1
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セナリアンは陛下を通じて、ネラック侯爵家とミードル伯爵家からお礼のお酒を有難くいただいた。
「あの場にどうぶつクッキーが用意されたんですよ。婚約者の好物だったそうで、有難いことですけど、さすがにあの場には合わなくて。誰も食べる気にはならないだろうと思って、貰って帰りました」
「そうだな、不貞を見せられて、さすがに好物でも可愛らしいクッキーを食べていたらおかしいしな」
愛らしい、マイルズの好物であるどうぶつクッキー。実はセナリアンが開発したものである。
時は約十年ほど戻る、長雨がようやく終わったエメラルダ王国。
珍しくマカル・ルージエ、ニアーノ・ルージエ侯爵夫妻が、王城で国王夫妻に謁見しているが、セナリアンの代わりである。
当時のセナリアンはルージエ家で貴族教育、母の生家であるコルロンド家で魔術教育を受けていた。このところ長雨対策と、ルージエ家にいたため、今日はコルロンド家に学びに行き、代わりが当主というのもおかしな話ではあるが、一番忙しいのはセナリアンなので、任せておきなさいとやって来たルージエ夫妻。
「これが噂のクッキーか?」
「はい!自信作でございます」
マカル・ルージエが差し出した愛らしい動物の絵が描かれた丸い箱には、どうぶつクッキーと書いてある。
セナリアンと情報共有している陛下。お菓子を作っていると聞いて、完成したら見せて欲しいと言っていたのだが、長雨で先送りとなっていたのだ。明日から発売というギリギリで時間が取れなかったのは、教育が優先のセナリアンの方であった。
「可愛いな」
「そうでございましょう!我が孫は絵の才能もあったようでして」
「セナリアンが、描いたのか」
その言葉でクーリットは気になったようで、無言で上半身だけグイっと近づいて凝視している。
「勿論でございます。弟のノエルがそろそろクッキーが食べれるだろうから、お姉ちゃんが美味しいのを作ってあげたいから、手伝ってと言い出しましてね、ううう」
マカル・ルージエは目頭を押さえて、下を向いてしまった。ニアーノ夫人があなたとハンカチを渡している。
「ど、どうしたんだ!」
「申し訳ございません。私共は息子があれでしたから、孫が愛らしく些細なことで感激してしまうのです」
「そ、それは…仕方ないの」
「ええ、そうなのです」
ルージエ夫妻は陛下からすると親に近い世代になるのだが、父がまたルージエが嘆いていたとよく言っているのを思い出した。一人っ子で周りに心無い言葉を言う者もいたが、あの子ひとりで充分大変なんですと言い返していたそうだ。そして苦労する二人を目にするようになると、周りも何も言わなくなったそうだ。
「中身の型もセナリアンが作りましたので、開けてみてください」
「作った?」
「はい、絵を描いて彫って作りまして。その後は魔術で量産しておりましたが」
おそらくルージエ家では普通なのだろうが、普通はできるものではない。絵だって、型だっておかしい。私も同類ではあるが、夫妻も既に慣れ切ってしまっている。
早く早くという王妃に急かされて、箱を開けると、柔らかい薄い紙の中に様々な小さな動物の顔が、形を崩さぬように敷き詰められていた。パッと見ただけでも犬、猫、鳥、うさぎ、ねずみ、ゾウ、キリン、ブタ、クマ、どれも何かわかる上に子どもが喜びそうな愛らしい顔になっている。子どものお遊びの範疇ではない。
「まあ、本当に可愛らしいですわ」
「ああ、見事だな」
「この箱なら自邸で食べる際にこのまま出しても美しいと思いませんか」
「ああ、なるほどな。盛り付けずともこの箱自体が飾りの役割を果たすというのだな」
王家でも貴族でも使用人が盛り付けて出すことが基本だが、このように箱も楽しめるとなっていれば、このまま出しても美しいだろう。
「はい、セナリアンが子どもが箱から選んで食べれるようにと」
「親目線なのか?聡明すぎるな」
「箱も一週間は蓋を閉めると湿気を防ぐ仕様になっておりまして、コルロンドで登録をさせていただきました」
「箱も…それはコルロンドに任せた方がいいな、他にも使えるだろう」
「はい。あちらから仕入れているということにしております。是非、食べてみてください。プレーンと、茶色の方はカカオ、チョコレート味でございます。どちらもルシュベルのお墨付きでございます」
「ベルの?それは間違いないわね」
ルシュベルは顔に似合わず不器用であるが、舌にだけは絶対的な信頼があった。
まずプレーンを食べると硬すぎず、柔らかすぎず、サクっとした噛み応えに、子どもが手に持っても強い力を入れなければ、ボロボロにはならないだろうと思えた。そして香ばしさとバターの風味がふわっと広がり、もう一つもチョコレートの苦さはなく甘い風味が口に広がり、どちらも美味であった。
「美味しいな」
「美味しいわ、大人でも食べ過ぎてしまいそう」
ひょいひょい嬉しそうに食べている王妃に横で、陛下はクーリットにも渡したりしていたが、ううん?と言いながら、クッキーをかき分けて、何やら赤いクッキーを摘まみ上げた。
「いちご、か?」
「陛下、当たりですな」
「当たり?」
「セナが喧嘩になるかもしれないけどとは言っておりましたが、一箱に五つだけ入っております」
あったわと言いながら、王妃もすぐさま美味しいわと食べている。
「うぅん~本当にいちご味なのですね、ヘタまで忠実に再現されていて、ここは何味なのですか」
「そこは実はほうれん草なのです」
ニアーノ夫人が答えた。緑色を何で作るかに皆で悩んだ末、発色も良くいちご味を邪魔しないほうれん草を選んだのだ。
「まあ、これは嫌いな子どもでも気付かず食べるでしょうね」
「ええ、いちごの味も邪魔しませんから、気付かないと思います」
「当たりなんで面白いわね」
「セナリアンが今後としては動物の顔もですが、味を変えて動物の姿にしたり、この当たりも定期的に変えていくと子どもは面白いでしょうと、これは手を出しやすい価格にして、売れたらいずれは高級志向のクッキーも発売しましょうと、どうやら商才もあるようでして」
「まあまあ、大人顔負けね」
「ええ、何歳と話しているのか分からなくなりますわ。あなた、もう一つもそろそろ、お見せして」
「あの場にどうぶつクッキーが用意されたんですよ。婚約者の好物だったそうで、有難いことですけど、さすがにあの場には合わなくて。誰も食べる気にはならないだろうと思って、貰って帰りました」
「そうだな、不貞を見せられて、さすがに好物でも可愛らしいクッキーを食べていたらおかしいしな」
愛らしい、マイルズの好物であるどうぶつクッキー。実はセナリアンが開発したものである。
時は約十年ほど戻る、長雨がようやく終わったエメラルダ王国。
珍しくマカル・ルージエ、ニアーノ・ルージエ侯爵夫妻が、王城で国王夫妻に謁見しているが、セナリアンの代わりである。
当時のセナリアンはルージエ家で貴族教育、母の生家であるコルロンド家で魔術教育を受けていた。このところ長雨対策と、ルージエ家にいたため、今日はコルロンド家に学びに行き、代わりが当主というのもおかしな話ではあるが、一番忙しいのはセナリアンなので、任せておきなさいとやって来たルージエ夫妻。
「これが噂のクッキーか?」
「はい!自信作でございます」
マカル・ルージエが差し出した愛らしい動物の絵が描かれた丸い箱には、どうぶつクッキーと書いてある。
セナリアンと情報共有している陛下。お菓子を作っていると聞いて、完成したら見せて欲しいと言っていたのだが、長雨で先送りとなっていたのだ。明日から発売というギリギリで時間が取れなかったのは、教育が優先のセナリアンの方であった。
「可愛いな」
「そうでございましょう!我が孫は絵の才能もあったようでして」
「セナリアンが、描いたのか」
その言葉でクーリットは気になったようで、無言で上半身だけグイっと近づいて凝視している。
「勿論でございます。弟のノエルがそろそろクッキーが食べれるだろうから、お姉ちゃんが美味しいのを作ってあげたいから、手伝ってと言い出しましてね、ううう」
マカル・ルージエは目頭を押さえて、下を向いてしまった。ニアーノ夫人があなたとハンカチを渡している。
「ど、どうしたんだ!」
「申し訳ございません。私共は息子があれでしたから、孫が愛らしく些細なことで感激してしまうのです」
「そ、それは…仕方ないの」
「ええ、そうなのです」
ルージエ夫妻は陛下からすると親に近い世代になるのだが、父がまたルージエが嘆いていたとよく言っているのを思い出した。一人っ子で周りに心無い言葉を言う者もいたが、あの子ひとりで充分大変なんですと言い返していたそうだ。そして苦労する二人を目にするようになると、周りも何も言わなくなったそうだ。
「中身の型もセナリアンが作りましたので、開けてみてください」
「作った?」
「はい、絵を描いて彫って作りまして。その後は魔術で量産しておりましたが」
おそらくルージエ家では普通なのだろうが、普通はできるものではない。絵だって、型だっておかしい。私も同類ではあるが、夫妻も既に慣れ切ってしまっている。
早く早くという王妃に急かされて、箱を開けると、柔らかい薄い紙の中に様々な小さな動物の顔が、形を崩さぬように敷き詰められていた。パッと見ただけでも犬、猫、鳥、うさぎ、ねずみ、ゾウ、キリン、ブタ、クマ、どれも何かわかる上に子どもが喜びそうな愛らしい顔になっている。子どものお遊びの範疇ではない。
「まあ、本当に可愛らしいですわ」
「ああ、見事だな」
「この箱なら自邸で食べる際にこのまま出しても美しいと思いませんか」
「ああ、なるほどな。盛り付けずともこの箱自体が飾りの役割を果たすというのだな」
王家でも貴族でも使用人が盛り付けて出すことが基本だが、このように箱も楽しめるとなっていれば、このまま出しても美しいだろう。
「はい、セナリアンが子どもが箱から選んで食べれるようにと」
「親目線なのか?聡明すぎるな」
「箱も一週間は蓋を閉めると湿気を防ぐ仕様になっておりまして、コルロンドで登録をさせていただきました」
「箱も…それはコルロンドに任せた方がいいな、他にも使えるだろう」
「はい。あちらから仕入れているということにしております。是非、食べてみてください。プレーンと、茶色の方はカカオ、チョコレート味でございます。どちらもルシュベルのお墨付きでございます」
「ベルの?それは間違いないわね」
ルシュベルは顔に似合わず不器用であるが、舌にだけは絶対的な信頼があった。
まずプレーンを食べると硬すぎず、柔らかすぎず、サクっとした噛み応えに、子どもが手に持っても強い力を入れなければ、ボロボロにはならないだろうと思えた。そして香ばしさとバターの風味がふわっと広がり、もう一つもチョコレートの苦さはなく甘い風味が口に広がり、どちらも美味であった。
「美味しいな」
「美味しいわ、大人でも食べ過ぎてしまいそう」
ひょいひょい嬉しそうに食べている王妃に横で、陛下はクーリットにも渡したりしていたが、ううん?と言いながら、クッキーをかき分けて、何やら赤いクッキーを摘まみ上げた。
「いちご、か?」
「陛下、当たりですな」
「当たり?」
「セナが喧嘩になるかもしれないけどとは言っておりましたが、一箱に五つだけ入っております」
あったわと言いながら、王妃もすぐさま美味しいわと食べている。
「うぅん~本当にいちご味なのですね、ヘタまで忠実に再現されていて、ここは何味なのですか」
「そこは実はほうれん草なのです」
ニアーノ夫人が答えた。緑色を何で作るかに皆で悩んだ末、発色も良くいちご味を邪魔しないほうれん草を選んだのだ。
「まあ、これは嫌いな子どもでも気付かず食べるでしょうね」
「ええ、いちごの味も邪魔しませんから、気付かないと思います」
「当たりなんで面白いわね」
「セナリアンが今後としては動物の顔もですが、味を変えて動物の姿にしたり、この当たりも定期的に変えていくと子どもは面白いでしょうと、これは手を出しやすい価格にして、売れたらいずれは高級志向のクッキーも発売しましょうと、どうやら商才もあるようでして」
「まあまあ、大人顔負けね」
「ええ、何歳と話しているのか分からなくなりますわ。あなた、もう一つもそろそろ、お見せして」
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