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第5話

浅はかな行いは身を滅ぼす1

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 病気や死んでいると噂になってはいけないので、セナリアンは年に何度かは夜会には出席する。マージナルがこれ見よがしに自分色のドレスと宝石を用意して、ご機嫌な毎日だった。セナリアンが腰に手を当て、さて仮面夫婦やりますかねと気合を入れたことは知らない方がいいだろう。

 引っ付いていたマージナルだったが、何か食べたいから、その間に友人のところに行って来てと言われて、セナリアンは一人でどれにしようか物色していると、肉厚そうな女性に声を掛けられた。

「マージナル様の奥様よね?」

 王家も久しぶりにセナリアンが出席していることを気にしていたため、まずい展開になっていると慌てたのは王族席にいた王、王妃、王太子だった。セナリアンに喧嘩を売っている愚か者がいる!

 あれでも元侯爵令嬢で、次期公爵家夫人なのだ。何者が声を掛けるというのだ。無碍なことはしないと思うが、愚か者のせいで機嫌も悪いのだ。今日も見付けるのにいい機会だと不敵な笑みを浮かべていたくらいだ。

 マージナルはどこに行った?と思ったが、背を向けてご機嫌で談笑していて気付いていない。おい、背を向けるんじゃない!

 実父・ミミスが気付いて、セナリアンより近い、マージナルの元へ行こうとしているが、それでも遠い!急げミミス!頑張れミミス!

「私、イーラ・コベックと申します。マージナル様とは親しくさせてもらっているので、ご挨拶をと思いまして」
「そうでしたか、それはわざわざありがとうございます」

 イーラ・コベックは未亡人だった。夫が亡くなって、現在は夫の弟が継ぎ、自身は生家の子爵家に戻っている。

「マージナル様の横は辛くありませんこと?側にいるには相応しさというものが必要だと思うのですよ」
「あなたは相応しいと?」
「私はそう思いませんが、皆がそう言います」
「あなたは他者からどのような評価を受けているのですか」
「妖艶などと言われることが多いですわ」
「他には?」
「後は、美しいだとか」
「そうではなく、評価の話をしているのです。あなたの行ったこと、行いによってどのような貢献をして評価されているのか知りたいのです」
「みんな微笑むだけで喜んでくれますわ」
「微笑むだけなら赤子でも出来ますでしょう?まさか、微笑むことしか出来ないということはないですわよね?」

 周りで聞こえていた者の失笑が聞こえ、短気なイーラは持っていたとグラスを傾け、キャっと言いながらふらついたように見せて、ワインを掛けた。セナリアンが防げないはずはない、わざと被ったのだ。王家のまずいが最高潮になっていた、全員立ち上がりたいくらいだが我慢している。

「ごめんなさぁい、わざとじゃなくてよ」
「随分、古臭いやり方をなさるのね…」

 ミミスに気付いたマージナルは凄まじい速さで駆け付け、イーラを睨んだ。ワインをハンカチで拭い、セナリアンも最悪ねと言いながら、拭っていた。

「何があった?」
「私のせいですから、私が責任を持ってお拭きしますわ。マージナル様のために」
「結構だ、妻に触れないでくれ」
「まあ、強がらなくてもよろしいんですのよ。きちんと分からせないと」
「君は誰だ?妻に何てことをしてくれたんだ」

 マージナルは忠犬のように牙を剥いており、セナリアンはこのままでは余計に注目を浴びてしまうと、口を挟むこととした。

「マージナル、彼女はイーラ・コベックと言うそうよ」
「知らない!」
「秘密の関係でしたものね…仕方ありませんわ」
「君は自分が何を言っているか分かっているのか」

 伯爵家にいた頃より、一回り大きくなった、はち切れんばかりの肉体を見せ付けるために、マージナルに身を寄せようとしたが、払い除けられ、マージナルは本当に誰か分かっておらず、前の姿でも憶えていたかは分からない。

「ねえ、下手な芝居はもういいわ。あなた、このワインは丹精込めて作られたものよ?あなたが無駄にしていいものではないの、分かる?」

 先程の間での小馬鹿にした話し方ではなく、地を這うような低い低い声である、得意の腹に響く声である。イーラは本能的にビクっとする身体を自分で抱きしめた。

「わざとではないと、申しましたわ」
「本当に?でしたら、足腰が弱いのね、足首かしら」
「か弱いのです」
「そう、でしたら夜会は遠慮すべきではないかしら?病気を治してからになさい。また無駄にされたら困るもの」
「病気ではありません!」
「立っているだけで揺らぐ身体なら病気です」

 イーラは急に立ち尽くした。言い返そうと思ったのに声が出ず、何が起こっているか分からなかった、ただただキーンと鳴り響く音から、虫の羽音しか聞こえなくなった。不快さで掻きむしり、発狂し、座り込み、失禁していた。

 セナリアンはどうしたのかしらと子首を傾げた。見目だけは可愛くて良かったとようやく駆け付けたミミスは思っていた。

「ご家族はどちらかしら?」

 やっと人波をかき分けて、コベック子爵夫妻が慌ててやって来た。

「大変、申し訳ありません。お詫びは後日させてください」
「程度の低い娘の詫びは結構よ。それより陛下への謝罪と、お漏らしの清掃を!」

 声が聞こえる距離ではないので、様子を見守っていた王家は令嬢がしゃがみ込んだ瞬間、ああ、終わったなと安堵した。

 王太子妃であるリリアンネだけが、純粋にセナリアンが何か巻き込まれたのかしらと心配していた。
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