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第1話
まだ結婚するつもりはなかった6
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セナリアンはルージエ邸の父の執務室で仁王立ちをしていた。殺気を放っていて、父・ミミスは久しぶりに腰を抜かした。
「お父様、嘘を付きましたね」
「何が、だ?」
「お姉様は政略結婚だと言いましたよね?忙しかったけど、調べておくんだった」
「それは…こちらとしては断れない縁談ではあったんだ。そうだろう?」
「そうだとしてもです。リスルート殿下が見染めたそうじゃないですか。そしてお姉様も喜んで決まったと。それがどこが政略結婚なのですか。何か含みがあるのは分かっておりましたよ、そこはいいのです、でも嘘はいけません」
「いや、それはだな」
「口から一生お母様の嫌いな虫が出るようにしてやりましょうか」
「な、な、何が望みだ?」
もはや命乞い状態である。セナリアンは言えないことは仕方ないと思っている、でも嘘を付くこととは違う。
「お父様が取り付けた縁談なのですから、お父様が離縁の話を付けて来て下さい」
「そんなに嫌だったのか」
「当たり前じゃないですか!忙しいからまだ結婚するつもりはなかったのに!さあ、行って来て下さい。決まるまで私はこちらにおりますゆえ」
ミミスは慌てて、マージナルに先触れを出して、会いに行った。落ち着かせようとお茶も飲んだが、全く味がしなかった。妻は自身の実家に遊びに行っており、不在であることも痛手であった。
「すまない、時間を取って貰って」
「いえ、何かありましたか」
「実はセナが邸に帰って来た」
「えっ?私が何か、まさかこの前の」
「いや、君ではなく私なんだ」
義父はセナリアンの殺気が尾を引いており、ハンカチで何度も汗を拭いながら、酷く追い込まれているようであった。
「何があったんですか」
「君との結婚の際にリリアンネも政略結婚だと言ったんだ。間違いではない、喜んでおったが嫌だとしても、断れる縁談ではなかった」
「それがどう問題に?」
「セナはリリアンネが政略結婚だから自分も仕方が無いと受けたんだ。妹だけが我儘を言ってはいけないと」
「私が強く望んでというのは」
「是非と言ってくれているとは伝えたはずだが、覚えていないかもしれない。申し訳ない」
珍しくミミスは正解している。セナリアンは政略結婚だと受け入れただけで、その他については既に頭から抜け落ちている。
「いえ、私が求婚に行くべきだったと思っております」
「いや、あの時はこれで良かったと思ったのだ。だが、今日リスルート殿下に経緯を聞いたそうなのだ」
「なるほど、それでどうしたいと言っていますか」
「すまないが、離縁したいと」
「私はしません」
「元々以前に婚約したいと申し出てくれていたから、不遇なことにはならないと思っておりましたが」
「はい、断られましたが」
実はマージナルは二度目で掴んだ幸せだったのだ。母親がコルロンドの娘ということで、姉妹と共に縁談の希望は幼い頃から殺到したため、前侯爵である父が最低でも学園に通える年まで婚約させるつもりはないと、跳ねのけてくれたからである。
その後も姉妹には多くの縁談があったが、リリアンネはきちんと見ていたが、セナリアンはまだいいと見る気もなかった。
「マージナル殿だけではないのですよ、全員断ったのです。もはや断った相手も覚えておりませんでしょうが」
「知らないのですか」
「一応は申し出を見せたのですが、何とも数が多くてですね」
「そんなに申し出があったのですか」
「ええ、血筋もですが、あれでも昔は可愛らしく、黙っていれば多少は儚げに見えますでしょう?」
「どうして婚約者を据えなかったのですか、想う相手がいたんでしょうか」
「いえ、想う相手がいれば言ったはずです。結婚する気もあるのですよ、ただ自分で決めるからと言いまして。リリアンネも決まっておりませんでしたし、貴族社会にも興味が薄く、好きにするようにと。前にカンミュラ伯爵令息が馬鹿なことをしましてね、酷くなったといいますか」
「そのことなら覚えております」
セナリアンが十四歳の頃だった、事件はとあるパーティーで起こったのだ。
カンミュラ伯爵令息フレッドが着飾った女性を携えて、急にセナリアンに近づき、婚約破棄を言い渡したのだ。勿論、セナリアンは婚約していない。セナリアンは横にいた令嬢に誰なのか問うていたくらいだ。
「私は誰ともこれまで婚約しておりませんが、どなたかとお間違えでは?」
とにかく穏便に収めるためのセナリアンなりの優しさだった。
「何を言っている!悔しくてそんなことを言っているのだろう、浅ましいな」
「お疑いであれば婚約をしているか調べて頂ければ分かるかと思いますが」
「悔しくてそのようなことを申しておるのだろう?私はこのカトリーナと婚約をするから、そなたが邪魔なのだ」
カトリーナは歪んだ笑みを見せたが、セナリアンの表情は取り繕うこともせず、凍てつくように死んでいる。
「私ではありませんが、婚約をされているのなら、あなたは堂々と不貞を宣言されてらっしゃるのですか」
「不貞ではない」
「あの安っぽい、無意味で、何の証明も出来ない、真実の愛とでもいうつもりで?」
「違う!素晴らしい愛だ」
「お歌のようですわね…いっそ歌われてみては?それで、そなたの親はどこにおる?」
セナリアンの声が格段に低くなった頃、やっと慌ててカンミュラ伯爵が駆け込んで来て、そのような事実はないと、申し訳ありませんとフレッドを力ずくで跪かせたのだ。
その隙にカトリーナは逃げ出そうとしたが、座り込んで立てなくなっていた。カトリーナは男爵家の令嬢で、こちらも厳重に注意され、ルージエ関連のパーティーには出禁となった。
この件を見ていた人々は、勝手に大人しい令嬢だと思っていたが、怒らせると怖いのだと思ったそうだ。
なぜそのような解釈が生まれたかというと、確かにセナリアンに婚約は申し込んでいたが、両親はちゃんとセナリアンは婚約者はまだ定めない、ゆえに断られた旨を息子に伝えていたはずだった。が、なぜか断られていると思っていなかったそうだ。手紙やお誘いもないことに腹を立て、自分に言い寄って来た女性に心変わりして、婚約破棄という暴挙に出たのだ。
「ご存知でしたか。あの一件でさらに嫌になったようで」
「私が話をします。両親には話しましたか」
「まだです、まずは当人にお話をしなくてはと思いまして」
「両親には話さないで下さい。セナを気に入っておりますから、おそらく私が悪いとされると思いますので。経営力とでもいうのでしょうか、既に様々なアイデアを出してくれたようで」
「ああ、あれは…みごとでしょう」
「ええ、さすがそちらの領地にいただけあります。おかげで私の評判まで上がって、感謝しかない」
「ノエルも教えを乞うております」
ノエルはセナリアンの六歳下の弟で、ルージエ侯爵家の嫡男である。
「お父様、嘘を付きましたね」
「何が、だ?」
「お姉様は政略結婚だと言いましたよね?忙しかったけど、調べておくんだった」
「それは…こちらとしては断れない縁談ではあったんだ。そうだろう?」
「そうだとしてもです。リスルート殿下が見染めたそうじゃないですか。そしてお姉様も喜んで決まったと。それがどこが政略結婚なのですか。何か含みがあるのは分かっておりましたよ、そこはいいのです、でも嘘はいけません」
「いや、それはだな」
「口から一生お母様の嫌いな虫が出るようにしてやりましょうか」
「な、な、何が望みだ?」
もはや命乞い状態である。セナリアンは言えないことは仕方ないと思っている、でも嘘を付くこととは違う。
「お父様が取り付けた縁談なのですから、お父様が離縁の話を付けて来て下さい」
「そんなに嫌だったのか」
「当たり前じゃないですか!忙しいからまだ結婚するつもりはなかったのに!さあ、行って来て下さい。決まるまで私はこちらにおりますゆえ」
ミミスは慌てて、マージナルに先触れを出して、会いに行った。落ち着かせようとお茶も飲んだが、全く味がしなかった。妻は自身の実家に遊びに行っており、不在であることも痛手であった。
「すまない、時間を取って貰って」
「いえ、何かありましたか」
「実はセナが邸に帰って来た」
「えっ?私が何か、まさかこの前の」
「いや、君ではなく私なんだ」
義父はセナリアンの殺気が尾を引いており、ハンカチで何度も汗を拭いながら、酷く追い込まれているようであった。
「何があったんですか」
「君との結婚の際にリリアンネも政略結婚だと言ったんだ。間違いではない、喜んでおったが嫌だとしても、断れる縁談ではなかった」
「それがどう問題に?」
「セナはリリアンネが政略結婚だから自分も仕方が無いと受けたんだ。妹だけが我儘を言ってはいけないと」
「私が強く望んでというのは」
「是非と言ってくれているとは伝えたはずだが、覚えていないかもしれない。申し訳ない」
珍しくミミスは正解している。セナリアンは政略結婚だと受け入れただけで、その他については既に頭から抜け落ちている。
「いえ、私が求婚に行くべきだったと思っております」
「いや、あの時はこれで良かったと思ったのだ。だが、今日リスルート殿下に経緯を聞いたそうなのだ」
「なるほど、それでどうしたいと言っていますか」
「すまないが、離縁したいと」
「私はしません」
「元々以前に婚約したいと申し出てくれていたから、不遇なことにはならないと思っておりましたが」
「はい、断られましたが」
実はマージナルは二度目で掴んだ幸せだったのだ。母親がコルロンドの娘ということで、姉妹と共に縁談の希望は幼い頃から殺到したため、前侯爵である父が最低でも学園に通える年まで婚約させるつもりはないと、跳ねのけてくれたからである。
その後も姉妹には多くの縁談があったが、リリアンネはきちんと見ていたが、セナリアンはまだいいと見る気もなかった。
「マージナル殿だけではないのですよ、全員断ったのです。もはや断った相手も覚えておりませんでしょうが」
「知らないのですか」
「一応は申し出を見せたのですが、何とも数が多くてですね」
「そんなに申し出があったのですか」
「ええ、血筋もですが、あれでも昔は可愛らしく、黙っていれば多少は儚げに見えますでしょう?」
「どうして婚約者を据えなかったのですか、想う相手がいたんでしょうか」
「いえ、想う相手がいれば言ったはずです。結婚する気もあるのですよ、ただ自分で決めるからと言いまして。リリアンネも決まっておりませんでしたし、貴族社会にも興味が薄く、好きにするようにと。前にカンミュラ伯爵令息が馬鹿なことをしましてね、酷くなったといいますか」
「そのことなら覚えております」
セナリアンが十四歳の頃だった、事件はとあるパーティーで起こったのだ。
カンミュラ伯爵令息フレッドが着飾った女性を携えて、急にセナリアンに近づき、婚約破棄を言い渡したのだ。勿論、セナリアンは婚約していない。セナリアンは横にいた令嬢に誰なのか問うていたくらいだ。
「私は誰ともこれまで婚約しておりませんが、どなたかとお間違えでは?」
とにかく穏便に収めるためのセナリアンなりの優しさだった。
「何を言っている!悔しくてそんなことを言っているのだろう、浅ましいな」
「お疑いであれば婚約をしているか調べて頂ければ分かるかと思いますが」
「悔しくてそのようなことを申しておるのだろう?私はこのカトリーナと婚約をするから、そなたが邪魔なのだ」
カトリーナは歪んだ笑みを見せたが、セナリアンの表情は取り繕うこともせず、凍てつくように死んでいる。
「私ではありませんが、婚約をされているのなら、あなたは堂々と不貞を宣言されてらっしゃるのですか」
「不貞ではない」
「あの安っぽい、無意味で、何の証明も出来ない、真実の愛とでもいうつもりで?」
「違う!素晴らしい愛だ」
「お歌のようですわね…いっそ歌われてみては?それで、そなたの親はどこにおる?」
セナリアンの声が格段に低くなった頃、やっと慌ててカンミュラ伯爵が駆け込んで来て、そのような事実はないと、申し訳ありませんとフレッドを力ずくで跪かせたのだ。
その隙にカトリーナは逃げ出そうとしたが、座り込んで立てなくなっていた。カトリーナは男爵家の令嬢で、こちらも厳重に注意され、ルージエ関連のパーティーには出禁となった。
この件を見ていた人々は、勝手に大人しい令嬢だと思っていたが、怒らせると怖いのだと思ったそうだ。
なぜそのような解釈が生まれたかというと、確かにセナリアンに婚約は申し込んでいたが、両親はちゃんとセナリアンは婚約者はまだ定めない、ゆえに断られた旨を息子に伝えていたはずだった。が、なぜか断られていると思っていなかったそうだ。手紙やお誘いもないことに腹を立て、自分に言い寄って来た女性に心変わりして、婚約破棄という暴挙に出たのだ。
「ご存知でしたか。あの一件でさらに嫌になったようで」
「私が話をします。両親には話しましたか」
「まだです、まずは当人にお話をしなくてはと思いまして」
「両親には話さないで下さい。セナを気に入っておりますから、おそらく私が悪いとされると思いますので。経営力とでもいうのでしょうか、既に様々なアイデアを出してくれたようで」
「ああ、あれは…みごとでしょう」
「ええ、さすがそちらの領地にいただけあります。おかげで私の評判まで上がって、感謝しかない」
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ノエルはセナリアンの六歳下の弟で、ルージエ侯爵家の嫡男である。
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