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呼べない名前
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夕食を終えると、ベルアンジュがルイフォードに、この後にお時間よろしいですかと、声を掛けた。
二人で部屋に行くと、ベルアンジュが緊張した様子で切り出した。
「名前、考えました。性別は、まだ分からないんですよね?」
「本当に?性別はまだ聞いていないな」
「なので、二つ考えました。正直に言ってください」
ベルアンジュは、強く握った一枚の紙をルイフォードに渡し、開くと二つの名前が書いてあった。
「リオード、マシェリ…いい名前じゃないか、良い名だ、ベルアンジュに頼んで本当に良かった」
「大丈夫ですか?」
「お世辞ではなく、良いと思う」
もしルイフォードが考えていたら、ベルアンジュに似た名前を考えていただろう。
「初めて名前を考えました…初体験です」
「私はニャーオで使ってしまったからね」
「ふふふ。でも、もしもっと良い名があったら、変えてあげてくださいね」
もう名前を付ける頃には、ベルアンジュはこの世にいない。万が一、早く産まれても、危険を伴うので、それも良くない。
「いや、これを超えるのはなかなか難しいだろう。ベルーナ嬢はベルと呼んでいるそうだよ。二人のベルだから、間違いではないよな」
「そうでしたか、それも可愛いですね」
ベルアンジュは私も呼んでみたかったという言葉をのみ込んで、マイルダと子どものために靴下を編んだり、刺繍をしたりして過ごした。
診察に来たリランダ医師によると、ベルアンジュの体調は安定していると言い、ただ治癒するわけではないから、時間が止まらない限りは、終わりが来てしまう。
リランダ医師にも、子どものこと、そしてベルアンジュが名前を考えてくれたと話すと、ルイフォードとイサードに悲痛な思いを吐露した。
「治癒する方法があれば…治るようになれば…毎日そう思ってしまいます」
「先生…」
「せめて、もっと生きられれば…」
「…」
「ベルアンジュ様は、余命を聞いた時に、そんなに時間があるのかとおっしゃいました。でも今は、きっと足りないと思っていると思います。それでいい、その方がいいと思うのですが…」
時間がないことに変わりがないこと、酷い貧血が起きないだけでもいいとしか言えない自分に、不甲斐なさを感じていた。
ルイフォードは、ベルアンジュを診てくれたのが、リランダ医師で本当に良かったと思っている。男爵家の娘であったそうだが、実家は既にないそうだ。
「早く見付かっていたとしても、変わったわけではありませんが、ソアリ伯爵家も憎くて堪りません」
「それは、私たちもです」
「心配しなくとも、あの家族はもう終わりだ」
イサードは当主に相応しくないという烙印を、まだ押していないだけで、それこそソアリ伯爵のように押すだけのような状態である。
王家に相応しくないと進言することは簡単だが、騒がしくして、ベルアンジュの時間を奪いたくないというのが、一番の理由である。
「今日、こちらに来る途中で、若い男性と一緒にいるキャリーヌ嬢を見掛けたのです。相手にしてくれる人が見付かったのかと、思ったのですが」
「調べて置きましょう」
最近は何もなかったが、キャリーヌと言えば、結婚を知らせた後にマリクワン侯爵家にもやって来ていた。門番に牢に入りたいのかと言われて、冗談だと思ったようだが、侯爵様の指示で、今から騎士団を呼ぶからと言うと、慌てて逃げ帰った。
ならばと思ったのか、マリクワン侯爵家のツケで、商会を呼んで買い物をしようとしたが、商会には既に通達している上に、ソアリ伯爵家は信用されていないので、売って貰えなかった。
そのことをマリクワン侯爵家のツケで買えるようにちゃんと言って頂戴、ベルアンジュのせいで恥を掻いたという恨み言を、ベルアンジュ宛てに手紙を送って来ていたが、またもイサードによって回収されている。
二人で部屋に行くと、ベルアンジュが緊張した様子で切り出した。
「名前、考えました。性別は、まだ分からないんですよね?」
「本当に?性別はまだ聞いていないな」
「なので、二つ考えました。正直に言ってください」
ベルアンジュは、強く握った一枚の紙をルイフォードに渡し、開くと二つの名前が書いてあった。
「リオード、マシェリ…いい名前じゃないか、良い名だ、ベルアンジュに頼んで本当に良かった」
「大丈夫ですか?」
「お世辞ではなく、良いと思う」
もしルイフォードが考えていたら、ベルアンジュに似た名前を考えていただろう。
「初めて名前を考えました…初体験です」
「私はニャーオで使ってしまったからね」
「ふふふ。でも、もしもっと良い名があったら、変えてあげてくださいね」
もう名前を付ける頃には、ベルアンジュはこの世にいない。万が一、早く産まれても、危険を伴うので、それも良くない。
「いや、これを超えるのはなかなか難しいだろう。ベルーナ嬢はベルと呼んでいるそうだよ。二人のベルだから、間違いではないよな」
「そうでしたか、それも可愛いですね」
ベルアンジュは私も呼んでみたかったという言葉をのみ込んで、マイルダと子どものために靴下を編んだり、刺繍をしたりして過ごした。
診察に来たリランダ医師によると、ベルアンジュの体調は安定していると言い、ただ治癒するわけではないから、時間が止まらない限りは、終わりが来てしまう。
リランダ医師にも、子どものこと、そしてベルアンジュが名前を考えてくれたと話すと、ルイフォードとイサードに悲痛な思いを吐露した。
「治癒する方法があれば…治るようになれば…毎日そう思ってしまいます」
「先生…」
「せめて、もっと生きられれば…」
「…」
「ベルアンジュ様は、余命を聞いた時に、そんなに時間があるのかとおっしゃいました。でも今は、きっと足りないと思っていると思います。それでいい、その方がいいと思うのですが…」
時間がないことに変わりがないこと、酷い貧血が起きないだけでもいいとしか言えない自分に、不甲斐なさを感じていた。
ルイフォードは、ベルアンジュを診てくれたのが、リランダ医師で本当に良かったと思っている。男爵家の娘であったそうだが、実家は既にないそうだ。
「早く見付かっていたとしても、変わったわけではありませんが、ソアリ伯爵家も憎くて堪りません」
「それは、私たちもです」
「心配しなくとも、あの家族はもう終わりだ」
イサードは当主に相応しくないという烙印を、まだ押していないだけで、それこそソアリ伯爵のように押すだけのような状態である。
王家に相応しくないと進言することは簡単だが、騒がしくして、ベルアンジュの時間を奪いたくないというのが、一番の理由である。
「今日、こちらに来る途中で、若い男性と一緒にいるキャリーヌ嬢を見掛けたのです。相手にしてくれる人が見付かったのかと、思ったのですが」
「調べて置きましょう」
最近は何もなかったが、キャリーヌと言えば、結婚を知らせた後にマリクワン侯爵家にもやって来ていた。門番に牢に入りたいのかと言われて、冗談だと思ったようだが、侯爵様の指示で、今から騎士団を呼ぶからと言うと、慌てて逃げ帰った。
ならばと思ったのか、マリクワン侯爵家のツケで、商会を呼んで買い物をしようとしたが、商会には既に通達している上に、ソアリ伯爵家は信用されていないので、売って貰えなかった。
そのことをマリクワン侯爵家のツケで買えるようにちゃんと言って頂戴、ベルアンジュのせいで恥を掻いたという恨み言を、ベルアンジュ宛てに手紙を送って来ていたが、またもイサードによって回収されている。
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