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後編

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 さらに事件は起きた。

 酔っぱらった舞台の熱狂的ファンが、たまたま居合わせた女性がローズリだと知ると、傷が無いじゃないと護身用のナイフで額から口に掛けて大きく抉ったのだ。同じものが出来て良かったわと高笑いしながら、そのまま頭を打って亡くなった。

 ローズリの傷は治るようなものでも、隠せるようなものでも無かった。クリストファーは憤慨したが、この亡くなった熱狂的なファンは同じような身の上で、相手の都合で婚約を解消されて、家から追い出され、娼婦に身を落とした女性だった。元婚約者に自分を当てはめても仕方ない状況ではあった。

 これで舞台さながらの顔の傷のあるローズが出来上がり、自分に返って来たのだと陰で言われ、クリストファーは傷なんて関係ないと、ローズリへの愛は変わらなかったが、それすらも演技なのではないかと言われるようになった。

 額と鼻の傷はまだ浅かったが、最後に力を込めたと思われる口の怪我は口元が歪むほどの傷となった。ローズリは凡庸な顔で、容姿に執着はなかったが、さすがに塞ぎ込むようになった。

 クリストファーの矛先は小説と舞台へであったが、公になると認めることになるため、怪我を理由に抗議したが、小説を書いたのは平民の女性で、あくまで物語であり、名前もさして珍しいものではないと、怪我のことはご不幸だと思うがというものであった。むしろ事実なのですかと問われれば、口を噤むしかない。

 ローズリは好奇心を失い、邸で何もせず、ただぼーっとしたり、横になったり、鏡を見ると発狂するため、なるべく顔が見えないように、顔の映るようなものは置かないようにしたが、窓にも人の瞳にも映ってしまうため、最終的には誰にも顔を合わせず、部屋で過ごすようになった。

 クリストファーが気にもかけず、知ろうともしなかった、あの頃のサリーヌと同じような状態である。

 クリストファーは結婚の意思は変わらなかったが、ローズリの父は結婚は無かったことにして欲しいと告げた。自分がサリーヌに言った言葉だと思った。

 ローズリはあなたのせいだと言い出す日もあれば、私が奪ったから、彼女を殺してしまったからという日もあり、正常な精神状態ではなくなっていたのだ。

「あなただけが悪いのではないことは分かっている、ローズリも悪い。でももうまともに生きていくことは難しいでしょう、伯爵家の嫡男でなければどこかでひっそり暮らせただろうが、それは難しいでしょう」

 クリストファーは婚約を白紙に戻す際に、伯爵家を嫡男として必ず守ることを条件として、両親は侯爵家に頭を下げてくれたのだ。捨てることは出来ない。

「一人の何の罪もない令嬢の人生を奪ったのも事実でしょう」

 この言葉は私が考えないようにしていたものであった。

 サリーヌが慕ってくれていたのは周りが知っているのに、いくら問題がないとしても、特別な理由もなく、婚約を白紙にしたというのは、サリーヌの醜聞になることは分かっていた。それでもサリーヌなら、次の婚約者がすぐに見付かると、勝手に決め付けていた上での行動であった。

 でもサリーヌ・ルブールは消えた。

 せめてサリーヌがどうしているか分かれば、ローズリの気持ちも違うのではないかと、所在を探ろうとしたが、侯爵家の力は凄まじく、誰にもサリーヌと口に出せば、依頼を受けて貰えなかった。

 その後もサリーヌを見たという者もおらず、貴族社会にも二度と姿を見せることはなかったため、否定することも、謝罪することも出来なかった。

 本当にサリーヌ・ルブールは消えたのだ。

 それでもクリストファーは責任を取りたいと、ローズリと結婚した。結婚式は出来る状況ではなく、キャンセルすると相手はほっとしたような顔をした。それほどまでに評判が悪いのだと身に染みた。

 顔を合わせることがほぼ困難であるため、子どもに恵まれることも無く、爵位は姉と姉の夫に頭を下げて、姉の息子を養子として、クリストファーは領地の小さな家で壊れたローズリと暮らした。

 何が悪かったのだろうか、正直にローズリのことを話せばこうはならなかったのだろうか、いやそれでも醜聞は避けられなかっただろう。

 晩年、あの小説の作者だという平民の女性は、一体何者だったのかと思うようになった。傷以外はまるで見て来たようであった。

「これ何?見てもいい?」
「ええ、お兄様が元婚約者の動向を送って下さるのだけど、見たくなくて」
「じゃあ、私が見ちゃお!」
「差し上げるわ」
「やった!(これで小説でも書いたら面白そうね)」

 ある修道院で行儀見習いとしてやってきた平民と、ある貴族令嬢の一幕であった。
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