【完結】あわよくば好きになって欲しい(短編集)

野村にれ

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もう二度と

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「はい」

 とても今にも微笑みそうな、穏やかな顔だった、死を待つ人の顔ではなかった。

 シュアンは一粒の涙を零した。

「いつからだい?」
「覚えていませんが、悪くなったのは最近です」
「どうして言ってくれなかったんだ?ようやく死ねると、思ったのかい?」

 シュアンは落ち着いて、ゆっくりとした口調で訊ねた。

「そうです、最初は息切れとか、動悸程度でしたが、違和感やむくみもあったので、何かの病気なのではないかと思っていました。そして、呼吸困難に、痛みもあるので、きっともう永くないのだろうと…本当は誰にも気付かれずに逝きたかったのですが、難しいものですね」

 邸に来て、初めて微笑んでいる姿であった。

「会いたい人はいるか?」
「いません、お墓は用意していないので、どこか共同墓地にでも入れてください」
「それは私が責任を持って用意する」
「そうですか…では、お願いします」

 もうどうでもいいからのお願いしますなのだろうと、感じた。

「手紙は…手紙は処分したのか?」
「ご存知だったんですね」
「見たわけではない、レターセットをあれほど買って、誰にも出していない。アデル殿宛てだろう?」

 ずっと買い続けていたレターセットだったが、一度も出していなかった。こっそり出しに行くことはないので、何度か出すならば、執事に申し付けるように言ったが、出すことはなかった。

 それでもレターセットを買いに行き、手紙を書く姿は目撃されていた。

 相手は自ずと分かった、それからは何も言わなかった。

「出さないのに、おかしいでしょう?机に入っています。まとめて火を付けようと思っていたのですが、量が多くて、どうしようかと思っていたところです。私にはもう難しいかしら…処分して置いて貰えますか」
「渡さなくていいのか?」
「いいのです。きっと彼は再婚して、新しい母親でもいるでしょうから、汚点は静かに逝きたいのです」

 ミファラには何も言っていなかったが、シュアンは黙るしかなかった。知っていたのかもしれないが、想像でもあり得る話である。

「もう誰も責める気はありません」
「事情を話せば、会って貰えるかもしれない」
「望みません、知らせないというのは難しいのでしょうけど、冥福も祈らなくていいと伝えてください」
「だが」
「私は過去の人ですから、無理やり連れて来られても、会う気はありません」

 最期の会いたいという希望もないのか。あれから一目見ることもないまま、逝ってしまっていいのか?きっとその手に抱きしめたいのではないか?

「坊ちゃんにも、私が亡くなったら、公爵様の思うようにしてください」
「話してもいいのか?」
「もういませんからね、話を作らなくても、私を悪者にしてしまえばいいのです」
「そんなことはしない」
「公爵様は産んで捨てた母と、産んで側にいるのに何もしない母、どちらが罪深いと思いますか?」
「それは…私がさせたことだ、君に罪はない。そうだろう?」

 ミファラは静かに首を横に振った。

「私は…子どもに触れることも許されない存在に、なれたのではないでしょうか…」
「そのようなことは」

 そう言いながら、ミファラはそのために、ここまで生きて来たのではないかと思った。許されない存在になってこそ、完成だったのではないか。

 そうすることで、罪を償うのではなく、罪深い存在にすることが目的だった。

 アデルは事情を知って理解してくれるかもしれないが、アークスのことを知れば嫌悪するかもしれない。アークスもアデルのことを知って同情したとしても、自分への仕打ちは許せないかもしれない。

「公爵様には己を貫かせていただいて、感謝しております」
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