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もう二度と
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「まず、お伺いしたいのですが、使用人の方々はミファラ様を前のようには、看ていなかったのではないでしょうか?」
「毎日、変わりはないと言っていたが?」
「ご子息ももう10歳になりますか」
「ああ、無事育っている」
あれから十年の歳月が流れていた。ミファラはシュアンに頼まれた翻訳を行い、外出は変わらずレターセットを買いに行くことくらいしかない。
アークスとは離れた部屋にいるので、顔を合わすことはほとんどない。お互い、一方的に見ることがあるくらいである。
「皆の興味がご子息に向くことは理解が出来ます。ミファラ様もほとんどお部屋で過ごされていたと、ご子息を距離を取るためだったのでしょう」
「何が言いたい?」
「呼吸困難なったのは、久し振りではない可能性があります」
「何だと…不明とは書かれていたが」
シュアンも治癒術を使うために、患者のカルテを見ることはある。侍医の書いてあることは分かっていた。だからこそ、何か治療が必要な状況、悪い病気なのではないかと緊張していたのだ。
「怪我と違って、治まってしまえば何もなかった顔が出来るなら、今回の様に見付からなかったら、ミファラ様は隠すでしょう」
「まさか…隠していたと言うのか?」
「言うと思いますか?」
「いや、言わないだろうな」
「ご本人は久し振りだと仰いましたが、調べて分かるものではありませんから、ミファラ様が久し振りだと言えば、それが事実になってしまいます」
調べる術もなければ、聞いたことを信じるしかない。
「どこが悪いんだ?」
「可能性としては心臓、肺でしょうね」
感染症ではないことから、シュアンの治癒術では治せない。治せるならば、呼吸困難で苦しむミファラを治すことが出来た。
「…そうか」
「むくみが出ておりましたから」
「酒のせいかと思っていた…」
「それもあるかもしれませんが、心臓の可能性が高いと思います。薬を服用するくらいしか方法はありません。予防するためだと言って服用させるのがいいでしょう」
「ああ、頼む」
侍医はシュアンに先触れを貰って、既に心臓の薬を用意していた。
「穏やかな表情をしていたのが気になったのです」
「穏やかな?」
「はい、妊娠中も前に診察した際も、あのような表情は見たことがありませんでした。心を置き忘れたような表情をされていた」
「…」
「ここからは私の一番残酷な診断だと思って聞いてください」
シュアンは目を見開いて侍医を見たが、聞くべきだと思った。
「ああ…」
「終わりに目途が付いたからではないかと思ったのです。ミファラ様は自分の体調に気付いていらっしゃる。それが昨日たまたま見付かってしまっただけだったのではないか、そう判断しました」
「死ぬというのか…」
何度も呼吸困難になり、自分の身体が悪くなっていることに気付いたからこそ、ようやく死ねると思っているというのか。
「終わりが見えたからこそ、あの穏やかな表情だったのではないかと思うのです。皮肉ではありますが、彼女はもう自殺を図ろうとすることはないでしょう」
侍医は妊娠するまではミファラの状況を詳しくは聞いていなかった、怪我はシュアンが治していたからだ。だが、妊娠に当たって、全てを聞かされることになり、不安定の理由を知った。
正直、生後の半年の子どもと離れ離れにされた母親ならば、無理もないと思った。出産後の母親は子どもを守ることを第一に考え、自分のことなど後回しになる、精神状態が安定するわけがない。
「覚悟をして置いてください」
「…」
「時間があまりないかもしれません。心臓は一瞬です。だからと言って、負担のかかるようなことを言うことも、危険であることは注意してください」
「毎日、変わりはないと言っていたが?」
「ご子息ももう10歳になりますか」
「ああ、無事育っている」
あれから十年の歳月が流れていた。ミファラはシュアンに頼まれた翻訳を行い、外出は変わらずレターセットを買いに行くことくらいしかない。
アークスとは離れた部屋にいるので、顔を合わすことはほとんどない。お互い、一方的に見ることがあるくらいである。
「皆の興味がご子息に向くことは理解が出来ます。ミファラ様もほとんどお部屋で過ごされていたと、ご子息を距離を取るためだったのでしょう」
「何が言いたい?」
「呼吸困難なったのは、久し振りではない可能性があります」
「何だと…不明とは書かれていたが」
シュアンも治癒術を使うために、患者のカルテを見ることはある。侍医の書いてあることは分かっていた。だからこそ、何か治療が必要な状況、悪い病気なのではないかと緊張していたのだ。
「怪我と違って、治まってしまえば何もなかった顔が出来るなら、今回の様に見付からなかったら、ミファラ様は隠すでしょう」
「まさか…隠していたと言うのか?」
「言うと思いますか?」
「いや、言わないだろうな」
「ご本人は久し振りだと仰いましたが、調べて分かるものではありませんから、ミファラ様が久し振りだと言えば、それが事実になってしまいます」
調べる術もなければ、聞いたことを信じるしかない。
「どこが悪いんだ?」
「可能性としては心臓、肺でしょうね」
感染症ではないことから、シュアンの治癒術では治せない。治せるならば、呼吸困難で苦しむミファラを治すことが出来た。
「…そうか」
「むくみが出ておりましたから」
「酒のせいかと思っていた…」
「それもあるかもしれませんが、心臓の可能性が高いと思います。薬を服用するくらいしか方法はありません。予防するためだと言って服用させるのがいいでしょう」
「ああ、頼む」
侍医はシュアンに先触れを貰って、既に心臓の薬を用意していた。
「穏やかな表情をしていたのが気になったのです」
「穏やかな?」
「はい、妊娠中も前に診察した際も、あのような表情は見たことがありませんでした。心を置き忘れたような表情をされていた」
「…」
「ここからは私の一番残酷な診断だと思って聞いてください」
シュアンは目を見開いて侍医を見たが、聞くべきだと思った。
「ああ…」
「終わりに目途が付いたからではないかと思ったのです。ミファラ様は自分の体調に気付いていらっしゃる。それが昨日たまたま見付かってしまっただけだったのではないか、そう判断しました」
「死ぬというのか…」
何度も呼吸困難になり、自分の身体が悪くなっていることに気付いたからこそ、ようやく死ねると思っているというのか。
「終わりが見えたからこそ、あの穏やかな表情だったのではないかと思うのです。皮肉ではありますが、彼女はもう自殺を図ろうとすることはないでしょう」
侍医は妊娠するまではミファラの状況を詳しくは聞いていなかった、怪我はシュアンが治していたからだ。だが、妊娠に当たって、全てを聞かされることになり、不安定の理由を知った。
正直、生後の半年の子どもと離れ離れにされた母親ならば、無理もないと思った。出産後の母親は子どもを守ることを第一に考え、自分のことなど後回しになる、精神状態が安定するわけがない。
「覚悟をして置いてください」
「…」
「時間があまりないかもしれません。心臓は一瞬です。だからと言って、負担のかかるようなことを言うことも、危険であることは注意してください」
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