上 下
85 / 103
もう二度と

26

しおりを挟む
 ミファラの妊娠は秘密とし、レターセットも多めに買い込み、邸で静かに過ごした。元々、外に出ることはまずないので、隠すことは簡単だった。

 侍医や邸の者にも口止めし、誰にも言わなかった。

 ミファラの精神面は心配だったが、自分の子どもではないとしたことで、保つことが出来たのか、侍医の言いつけを守って、妊婦生活を行った。

 経産婦ではあったおかげか、ミファラの出産は比較的スムーズに進んだ。それでも長い時間陣痛に耐え、無事、男の子を産んだ。

「男の子です」

 おめでとうございますとは言わないように言ってあったので、侍医も看護師も、使用人もグッと耐えた。

「すぐに公爵様に…お渡しください。こちらには、もう連れて来ないでください」
「…承知いたしました」

 シュアンは元気な男の子ですと渡され、開いた瞳はミファラと同じ色だった。

「彼女は抱いたのか?」

 赤子を抱いた看護師に付き添っていた、メイドは首を振った。

「ミファラ様は、アデル様に謝罪しながら御生みになりました。ごめんなさい、ごめんなさい、この子を愛することはない、ごめんなさいと泣きながら…後、こちらにはもう連れて来ないで欲しいと仰っています」
「…そうか」

 2人の乳母を雇い、交代で世話をして、シュアンも出来る限り顔を出して、世話を手伝い、我が子・アークスを愛した。アークスは私の養子という扱いになり、ミファラが実母であることは抹消した。

 アークスは私に似ていたが、酷似しているわけではなく、ミファラに酷似しているわけでもない。そして、治癒術の素質があることは、抱いた時点で分かった。

 ミファラは体調が戻るまではゆっくり過ごしていたが、その後アークスを見掛けることはあっても、近づくことはなく、本当に触れ合うことすらなかった。

 アークスには両親は亡くなって、ミファラは愛人だと告げようと思っている。世間との齟齬が出ないようにするためである。

 妊娠のことはグルズや、護衛に付いて貰ったジアン・ワツアイドすら言わなかった。アークスが可哀想だという思いは、私だけが背負うべきだと思ったからだ。

 パズラー伯爵は借金が膨らみ、没落寸前だそうだ。

 グルズにはアークスが生後半年になってから、伝えた。

「養子を取った」
「そうか…見付かったのか」
「ああ、親が亡くなってしまった子がいてね」

 嘘をつくのは忍びなかったが、これは必要な嘘だと自分に言い聞かせた。

「そうか、彼女は大丈夫か?」
「ああ、乳母も雇っているし、大丈夫だ」
「良かったんだよな?」

 グルズは養子に疑いを持つことはなかった。むしろ覚悟はしていた。

 ノラのように口を出すことは控えたが、シュアンにもいずれ妻が出来て、子どもが出来て、あのどこか寂しそうな邸を温かく包んでくれたらと願っていた。

 だが、ミファラに強いることは出来なかった。母親を放棄させられた彼女に、子どもを育てて欲しいというのも、酷であることも分かっている。

 時間が経てば、何かきっかけがあればと思っていたが、その気持ちは完全に捨てるべきだと思った。

「ああ、勿論だ」

 シュアンはシュアンで、いずれ会うこともあるかもしれない、私やミファラに似て来るかもしれないが、私が育てると言った以上、背負うのは私である。

 ミファラは体調が戻ると、なるべくアークスを目に入れないように、部屋からあまり出ないようになり、静かに過ごしていた。

 アークスが一歳になり、グルズとレーリアが祝いに訪れた。

 アークスはつかまり立ち、調子が良ければ歩くようにもなり、離乳食を食べて、喃語を話すようにもなっていた。

 グルズはアークスの顔に釘付けになった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ヒューストン家の惨劇とその後の顛末

よもぎ
恋愛
照れ隠しで婚約者を罵倒しまくるクソ野郎が実際結婚までいった、その後のお話。

君は番じゃ無かったと言われた王宮からの帰り道、本物の番に拾われました

ゆきりん(安室 雪)
恋愛
ココはフラワーテイル王国と言います。確率は少ないけど、番に出会うと匂いで分かると言います。かく言う、私の両親は番だったみたいで、未だに甘い匂いがするって言って、ラブラブです。私もそんな両親みたいになりたいっ!と思っていたのに、私に番宣言した人からは、甘い匂いがしません。しかも、番じゃなかったなんて言い出しました。番婚約破棄?そんなの聞いた事無いわっ!! 打ちひしがれたライムは王宮からの帰り道、本物の番に出会えちゃいます。

番から逃げる事にしました

みん
恋愛
リュシエンヌには前世の記憶がある。 前世で人間だった彼女は、結婚を目前に控えたある日、熊族の獣人の番だと判明し、そのまま熊族の領地へ連れ去られてしまった。それからの彼女の人生は大変なもので、最期は番だった自分を恨むように生涯を閉じた。 彼女は200年後、今度は自分が豹の獣人として生まれ変わっていた。そして、そんな記憶を持ったリュシエンヌが番と出会ってしまい、そこから、色んな事に巻き込まれる事になる─と、言うお話です。 ❋相変わらずのゆるふわ設定で、メンタルも豆腐並なので、軽い気持ちで読んで下さい。 ❋独自設定有りです。 ❋他視点の話もあります。 ❋誤字脱字は気を付けていますが、あると思います。すみません。

旦那様、離婚しましょう

榎夜
恋愛
私と旦那は、いわゆる『白い結婚』というやつだ。 手を繋いだどころか、夜を共にしたこともありません。 ですが、とある時に浮気相手が懐妊した、との報告がありました。 なので邪魔者は消えさせてもらいますね *『旦那様、離婚しましょう~私は冒険者になるのでお構いなく!~』と登場人物は同じ 本当はこんな感じにしたかったのに主が詰め込みすぎて......

【完結】番を監禁して早5年、愚かな獣王はようやく運命を知る

恋愛
獣人国の王バレインは明日の婚儀に胸踊らせていた。相手は長年愛し合った美しい獣人の恋人、信頼する家臣たちに祝われながらある女の存在を思い出す。 父が他国より勝手に連れてきた自称"番(つがい)"である少女。 5年間、古びた離れに監禁していた彼女に最後の別れでも伝えようと出向くと、そこには誰よりも美しく成長した番が待ち構えていた。 基本ざまぁ対象目線。ほんのり恋愛。

命を狙われたお飾り妃の最後の願い

幌あきら
恋愛
【異世界恋愛・ざまぁ系・ハピエン】 重要な式典の真っ最中、いきなりシャンデリアが落ちた――。狙われたのは王妃イベリナ。 イベリナ妃の命を狙ったのは、国王の愛人ジャスミンだった。 短め連載・完結まで予約済みです。設定ゆるいです。 『ベビ待ち』の女性の心情がでてきます。『逆マタハラ』などの表現もあります。苦手な方はお控えください、すみません。

【完結】私だけが知らない

綾雅(りょうが)祝!コミカライズ
ファンタジー
目が覚めたら何も覚えていなかった。父と兄を名乗る二人は泣きながら謝る。痩せ細った体、痣が残る肌、誰もが過保護に私を気遣う。けれど、誰もが何が起きたのかを語らなかった。 優しい家族、ぬるま湯のような生活、穏やかに過ぎていく日常……その陰で、人々は己の犯した罪を隠しつつ微笑む。私を守るため、そう言いながら真実から遠ざけた。 やがて、すべてを知った私は――ひとつの決断をする。 記憶喪失から始まる物語。冤罪で殺されかけた私は蘇り、陥れようとした者は断罪される。優しい嘘に隠された真実が徐々に明らかになっていく。 【同時掲載】 小説家になろう、アルファポリス、カクヨム、エブリスタ 2023/12/20……小説家になろう 日間、ファンタジー 27位 2023/12/19……番外編完結 2023/12/11……本編完結(番外編、12/12) 2023/08/27……エブリスタ ファンタジートレンド 1位 2023/08/26……カテゴリー変更「恋愛」⇒「ファンタジー」 2023/08/25……アルファポリス HOT女性向け 13位 2023/08/22……小説家になろう 異世界恋愛、日間 22位 2023/08/21……カクヨム 恋愛週間 17位 2023/08/16……カクヨム 恋愛日間 12位 2023/08/14……連載開始

あなたの運命になりたかった

夕立悠理
恋愛
──あなたの、『運命』になりたかった。  コーデリアには、竜族の恋人ジャレッドがいる。竜族には、それぞれ、番という存在があり、それは運命で定められた結ばれるべき相手だ。けれど、コーデリアは、ジャレッドの番ではなかった。それでも、二人は愛し合い、ジャレッドは、コーデリアにプロポーズする。幸せの絶頂にいたコーデリア。しかし、その翌日、ジャレッドの番だという女性が現れて──。 ※一話あたりの文字数がとても少ないです。 ※小説家になろう様にも投稿しています

処理中です...