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愛してはいけない人

23(終)

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「言い訳をするつもりはない、私が全て悪い。そう思っています」
「子どもは…」
「無事に育っている」
「そうですか…」

 子どもに罪はないことは、母である私は分かっている。子どもを恨む気はない。

「何か彼女の好きな言葉、色、花でもいい。何か教えてもらえないだろうか…子どもの名前が決まっていないのだ。顔も姿も全く似ていないのだが、せめて名ぐらいは、何か思い入れのあることを、付けさせてもらえないだろうか」
「名前を決めなかったのですか」
「頼んだのだが、私は呼ぶことはないだろうからと…聞き入れては貰えなかった」
「なら私には答えられません」

 姉が聞き入れなかったのならば、望まないということだ。教える必要はない。

「…そうか、無理を言った」
「おそらく姉は、子どもの母親になる人のことを考えたのだと思います」
「そんな人はいない!」
「そうだとしてもです。権利を放棄していると示すために」

 姉はそういう人だ、獣人である子どもを私に託すことはない、ならば別の誰かが育てる。名前は母が付けたということすら不要としたのだ。

「今日、一晩、最期に姉と一緒に過ごさせてもらえませんか」
「勿論だ、明日、王家の方も来てくださるそうだ」
「そうですか…」

 王家が葬儀に来るなど異例ではあるが、レンバー伯爵家では異例ではない。兄も母も父の時も来ていた。そんなことで、ルビーナの胸の内が晴れることはない。

「ノイア殿、こちらを」

 レイラはノイアにも文を書いていたが、出す前に亡くなってしまった。

「ありがとうございます。お子様は、お嬢様には似ていないのですか」
「似ているところを探したのですが…」
「えくぼはどうでしょうか?」
「えくぼ?」
「今は痩せて分かりにくいですが、お嬢様は右にだけ、えくぼがございます」
「帰って確認してみます。ノイア殿は怒っていないのですか」
「お嬢様が決めたことですから、婆は受け止めるだけです。しばらくすれば会える年ですから」

 確かにそうかもしれないが、先に死なれるなどと思っていなかっただろう。

「あの事件の護衛の中に息子がおりました」
「それは…」

 護衛は…あの男に皆殺されたと聞いている。その中に息子がいたとは。彼女も被害者の遺族ではないか。

「守れなかったのは息子の方です」
「それは、違います。全てあの男が悪いのです」
「でも、お嬢様が悪いなんて誰も思っていませんのに、ギルを奪って、ごめんなさいと謝るのです。ギルというのは息子のギルバートです。お嬢様は私が大きかったら、強かったらと、ボロボロの体で…おっしゃるのです。私は弟君、アルル様を背負って戻られた、お嬢様の姿が今でも鮮明に思い出せます。7歳のお嬢様に全てを背負わせてしまったのです」

 7歳の体で、怪我をした体で、よく背負って帰って来れたと思った。その場で泣き喚いてもいいはずが、冷静に判断して戻り、何を責めることがあるか。

 邸に着いても、倒れてもいいはずなのに、場所や相手のことを伝えて、早くお母様と護衛たちを助けて欲しいと、執念を感じるほどだった。

「そのことで狂気が生まれたのだと思います。夜中に飛び上がって、殺しに行かなくちゃと言い出したり。アルル様が泣いていると言ったり。狂気でバランスを取っていたのだと思います」
「ケーキを、買いに行こうと言ったと聞きました」
「お嬢様が話したのですか?」
「はい…」
「その話を冷静に出来たということは、そちらの暮らしも、お嬢様には悪いものではなかった証拠でしょう。それなら、ようございました」

 レイラの葬儀は領民にも知らせ、多くの人がその死を嘆いた。そしてあの男さえいなければ、あの男さえという言葉を何人もが口にした。

 それは私ではない男のはずだが、自分にも言われいるようにも思えた。いや、自分も含まれているのだ。

 私たちが殺したのだ…私も背負って生きて行かなくてはならない。

 キア皇国に戻ると、ミクサーは乳母だと入り込もうとしたそうだが、叩き出されて、今度は門で騒いでいたそうだが牢に入れられ、公爵邸に接近禁止となったため、王家の計らいで解放は王都外で行われ、その後の行方は分かっていない。

 そして、私は息子の右頬にえくぼを見付けると、涙が零れた。

 大丈夫、私は何があっても、この子を愛せると思った瞬間だった。名前はアレイと付けた、たくさん呼ぼう。レイラの分まで。


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最後までお読みいただきありがとうございます。

ハッピーエンドとは呼べない代物になりましたが、
また明日からは別の番の話を投稿していきます。

どうぞよろしくお願いいたします。
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