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愛してはいけない人

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 自分の部屋に戻ったクノルは、初めてあんなにレイラと話した。だが、こんな会話の予定ではなかった。

「クノル様、大丈夫ではないと思いますが…お酒でも用意しましょうか」
「いや、いい。ミクサーは?」
「今日は休みです」
「どこかにやってくれ、顔を見たくない。見たら怒鳴りつけてしまう」

 自分が狂気のまれたせいであることは分かっているが、避妊薬をミクサーが服用させていたらと思わずにはいられない。

「申し訳ありません…」
「もし事実を知って、避妊薬のことを謝罪する可能性もある。そうなれば、レイラも他の使用人もさらに混乱するだろう」
「承知しました」
「ミクサーも自害する可能性もあるだろう」
「奥様に粗相したことで遠ざけましょう」
「ああ、そうしてくれ」

 翌日、サイワは出勤してきた、何も知らないミクサーを捕まえた。

「クノル様から別荘の管理を任せたいとのことだ」
「いいえ、もうすぐお子様が生まれるのに、そのようなところには行けません。私は乳母ですから」
「誰がそんなことを言った?」

 乳母は妊娠が分かった時に、既に見付けてある。なぜミクサーが乳母になることになるのか理解が出来ない。

「ですが、授乳は出来ませんが、私より相応しい者はいないはずです」
「奥様に何度も粗相し、嫌われていると思われている者に、わざわざ乳母を任せるはずがないでしょう」

 ミクサーが勝手にレイラに願い出たこと、良かれと思ったことでも、嫌われていると言われたことは別の使用人から聞いて、クノル様から二度とするな、お前に責任が取れるのかと、その都度叱られている。

「ですが」
「いい加減にしろ!何でも坊ちゃんのためと言えばいいと?全てクノル様のせいにすればいいと?そう思っているとしか思えない」
「そのようなことは、誤解です。奥様には謝罪します」
「結構だ、奥様を煩わせるのはもう沢山だ。受け入れないのであれば、解雇するようにと言われている。別荘に行くか、解雇しかない」
「…別荘に参ります」

 ミクサーはそのまま何も洩らさぬようにと、馬車で2日は掛かる別荘に閉じ込めた。一人で行うために、外部から話を聞くことは当面ないだろう。

 クノルはエルカン皇太子から休みを与えられ、レイラとの時間を作った。ずっと側にいる訳ではないが、レイラも嫌がることなく、受け入れてくれた。

 だが、子どもに関することだけは、私はおそらく抱くことも出来ないでしょうからと、一切関わることはしなかった。

 そして―――予定日より早くに陣痛が始まり、邸は一気に緊張感を走らせた。

 腹を切る案もあったが、医師はそれは余計に危険だと、全ての医師が言ったために、却下された。

 レイラは産み落とす前に、子宮の出血が酷く、そのまま気を失い、子どもは取り上げたが、出血は止まることはなかった。医師も治癒師も万全を尽くしたが、レイラは意識が回復することはなく、子どもを一目見ることもなく、人生の幕を下ろした。

 レイラ・フォッド、享年27歳。皮肉にもアリナリア・レンバーが殺されて、亡くなった年と同じだった。

 クノルは亡くなったレイラを強く抱きしめるも、魂は既にないことを、番である自身だけが分かっていた。唯一の番は逝ってしまった。

 狂っていないのは二人の子どもが誕生しているからではあるが、生まれた息子は髪色、瞳の色、顔立ち、何一つ、レイラには似ていなかった。獣人などに、引き継がせるものかという意思を感じるほどであった。

 だが抱くこともないと言ったレイラの腕に、息子を置き、最初で最後の触れ合いだと、その姿を目に焼き付けた。

 邸は喜びではなく、悲しみに飲み込まれていった。すすり泣く声がそこら中から聞こえて来る。

 そして、別荘にいるはずのミクサーがなぜか邸にいた。
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