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番外編2
フィラビ・ロエン5
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自分が動けなくなるかもしれないと、薄々分かっていたからこそ、止められてしまう前に、走り切りたかったのだろう。サリー様はそういう人だ。分かっている、そんな人だからこそ仕えて来た、だが失う恐怖は日に日に高まっていた。
そして、あの日、サリー様に呼ばれた。
お互い欲しいと思うようなものは、この世に大してなかった。他愛ないお喋りと、翻訳や絵を描く楽しさ、たったそれだけだった。
サリーが亡くなった朝、フィラビは本当にすべてを失ったと感じた。
誰にも見付からないままサリーを看取り、葬儀が終わると、また誰にも知られることもなく姿を消した。
この世にフィラビと呼ぶ者はもういなくなってしまった。
それからフィラビはフィーナと暮らした家を、クレア王妃陛下から買い上げて貰っていたので、そこでサリーを忘れない様に絵を描くことにした。
サリー様がお好きだった方も、忘れないで欲しいという願いを込めて、ミーラ殿下、ペルガメント侯爵、ルアース・ベルア様、そして財団にも、『ミミとビビ』の発売日に届けることにした。
大事に飾られるだろうことは分かっていたが、新聞までにも取り上げられるとは思わなかった。
それぞれをサリー様が見つめる姿を描いた。サリー様のような記憶力を持っていない、私の記憶から消えてしまうことが怖かったからでもあった。
トール殿下には贈らなかったのも、許すことが出来なかったからだ。夫であるのに自分だけには届かない、それがフィラビの意地悪な報復だった。
それでもサリー様は私のことを一切洩らすことはなかったので、フィラビ・ロエンを探しているという噂を聞いたこともあったが、辿り着くこともなかった。
偽物が現れたりもしたそうだが、本物にはキャンバスの裏に、簡単なラビットの絵とサリー・オールソンのサインが描かれていることを秘匿していたために、簡単に偽物だと判断することが出来た。
絵もサインも、キャンバスを贈ってくれたサリー様が、上手く描けますようにと願いを込めて、描かれたものである。見た者もサリーがフィラビ・ロエンを支援していたのだと思ったという。
そして二十四ヶ国が発売されて出版社に、『コルボリット』の完結にルアース・ベルア様に贈った。
サリーの二十四ヶ国語に、フィラビは六を足すために、六枚の絵を描いたのだ。
そして、サリーがいなくなって、ほぼ十年後にフィラビもこの世を去った。
サリー様の叶えられなかった旅行をしたりしながら、絵も沢山描いていたが、死ぬ前に『ミミとビビ』を六枚と、フィラビが部屋に飾っていた初めて会った時、学生時代、結婚式、亡くなる年のサリーの肖像画が四枚、サリー・オールソン、サリー財団のお役に立ててくださいというメッセージと共に、財団に届けられた。
そこでようやく、フィラビ・ロエンは幼い頃からサリーと知り合いだったということだけが分かった。
その他の絵はすべて焼却処分し、これでサリーの描かれた肖像画は十枚となり、サリーの喜びそうなキリのいい数字になった。
フィラビはサリーの肖像画を部屋に飾って見ていたこともあって、最期までしっかりと憶えていた。初めて見たサリー様の顔も思い出せる。
「フィラビ・ロエンです」
「サリー・ペルガメントです。なんて呼べばいいかしら?フィー?ラビ?それともフィラビ?」
「家ではフィラビと呼ばれています」
「じゃあ、私はラビって呼んでもいい?私ね、サリーって渾名が付けにくいでしょう?自分は無理でも、呼んでみたかったの」
「っはい」
「ありがとう。これからよろしくね、ラビ」
あの時の笑顔も、涙を流す顔も、怒っている顔も、報復を始めると言った時に冷たい眼差しも、私のことを友人だと言ってくれた時の顔も、憶えていた。サリーへの感謝を抱えて、フィラビもサリーの元へ旅立った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
長々と最後までお読みいただきありがとうございました。
フィラビ・ロエン編終了で、完全に完結します。
どうやって殿下の不貞を詳しく知ったのかという点で、
このフィラビを最後には決めていたのですが、
番外編が思った以上に非常に長くなってしまい、
自分でも大丈夫か?と思いながら書いていました。
番外編も含め、多くの方にお読みいただき、
読んで貰えて嬉しいという気持ちを与えてくれた作品となりました。
本当にありがとうございました。
そして、あの日、サリー様に呼ばれた。
お互い欲しいと思うようなものは、この世に大してなかった。他愛ないお喋りと、翻訳や絵を描く楽しさ、たったそれだけだった。
サリーが亡くなった朝、フィラビは本当にすべてを失ったと感じた。
誰にも見付からないままサリーを看取り、葬儀が終わると、また誰にも知られることもなく姿を消した。
この世にフィラビと呼ぶ者はもういなくなってしまった。
それからフィラビはフィーナと暮らした家を、クレア王妃陛下から買い上げて貰っていたので、そこでサリーを忘れない様に絵を描くことにした。
サリー様がお好きだった方も、忘れないで欲しいという願いを込めて、ミーラ殿下、ペルガメント侯爵、ルアース・ベルア様、そして財団にも、『ミミとビビ』の発売日に届けることにした。
大事に飾られるだろうことは分かっていたが、新聞までにも取り上げられるとは思わなかった。
それぞれをサリー様が見つめる姿を描いた。サリー様のような記憶力を持っていない、私の記憶から消えてしまうことが怖かったからでもあった。
トール殿下には贈らなかったのも、許すことが出来なかったからだ。夫であるのに自分だけには届かない、それがフィラビの意地悪な報復だった。
それでもサリー様は私のことを一切洩らすことはなかったので、フィラビ・ロエンを探しているという噂を聞いたこともあったが、辿り着くこともなかった。
偽物が現れたりもしたそうだが、本物にはキャンバスの裏に、簡単なラビットの絵とサリー・オールソンのサインが描かれていることを秘匿していたために、簡単に偽物だと判断することが出来た。
絵もサインも、キャンバスを贈ってくれたサリー様が、上手く描けますようにと願いを込めて、描かれたものである。見た者もサリーがフィラビ・ロエンを支援していたのだと思ったという。
そして二十四ヶ国が発売されて出版社に、『コルボリット』の完結にルアース・ベルア様に贈った。
サリーの二十四ヶ国語に、フィラビは六を足すために、六枚の絵を描いたのだ。
そして、サリーがいなくなって、ほぼ十年後にフィラビもこの世を去った。
サリー様の叶えられなかった旅行をしたりしながら、絵も沢山描いていたが、死ぬ前に『ミミとビビ』を六枚と、フィラビが部屋に飾っていた初めて会った時、学生時代、結婚式、亡くなる年のサリーの肖像画が四枚、サリー・オールソン、サリー財団のお役に立ててくださいというメッセージと共に、財団に届けられた。
そこでようやく、フィラビ・ロエンは幼い頃からサリーと知り合いだったということだけが分かった。
その他の絵はすべて焼却処分し、これでサリーの描かれた肖像画は十枚となり、サリーの喜びそうなキリのいい数字になった。
フィラビはサリーの肖像画を部屋に飾って見ていたこともあって、最期までしっかりと憶えていた。初めて見たサリー様の顔も思い出せる。
「フィラビ・ロエンです」
「サリー・ペルガメントです。なんて呼べばいいかしら?フィー?ラビ?それともフィラビ?」
「家ではフィラビと呼ばれています」
「じゃあ、私はラビって呼んでもいい?私ね、サリーって渾名が付けにくいでしょう?自分は無理でも、呼んでみたかったの」
「っはい」
「ありがとう。これからよろしくね、ラビ」
あの時の笑顔も、涙を流す顔も、怒っている顔も、報復を始めると言った時に冷たい眼差しも、私のことを友人だと言ってくれた時の顔も、憶えていた。サリーへの感謝を抱えて、フィラビもサリーの元へ旅立った。
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長々と最後までお読みいただきありがとうございました。
フィラビ・ロエン編終了で、完全に完結します。
どうやって殿下の不貞を詳しく知ったのかという点で、
このフィラビを最後には決めていたのですが、
番外編が思った以上に非常に長くなってしまい、
自分でも大丈夫か?と思いながら書いていました。
番外編も含め、多くの方にお読みいただき、
読んで貰えて嬉しいという気持ちを与えてくれた作品となりました。
本当にありがとうございました。
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